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第34話 宇宙を食べる奴が、うちの玄関でお腹を空かせていた



『そして最初の一体は』


『もう、この時代の宇宙へ入っている』


 黒い球体の中から、未来の俺が告げた。


「どこにいる?」


『分からない』


「そこ一番大事だろ!」


『三百十二年後の記録では、最初の侵入時期しか判明していない』


「いつ?」


『現在から、およそ百二十年前』


 俺がアルカたちと出会った頃と、ほとんど同じだった。


 エリスが即座に宇宙全域の記録へ接続する。


「百二十年前から現在までに発生した、原因不明の星系消失を検索」


 数秒。


 表示された数字に、俺は目を疑った。


「二万七千?」


「正確には、二万七千四百十二星系」


「そんなに消えてたのか?」


「多くは無人星系です」


 グレイスが補足する。


「恒星の異常崩壊、空間災害、観測不能領域への移行として処理されています」


「宇宙を食べる奴が原因?」


『すべてではない』


 未来の俺が答える。


『奴らの特徴は、食べた対象そのものだけではなく』


『対象が存在していたという情報まで薄くすることだ』


「情報まで食べる?」


『星を食べれば、星に関する記録が消える』


『文明を食べれば、文明を知っていた者の記憶まで失われる』


 部屋が静かになった。


「じゃあ」


 アルカが顔を上げる。


「記録に残っている二万七千星系は、むしろ違う可能性が高い?」


『そうだ』


「本当に食われた星系は、誰も覚えてない……」


 嫌な敵だ。


 被害が増えるほど、存在そのものを発見できなくなる。


「父さん」


 ハルが青い球体を見つめる。


「一つ方法がある」


「何?」


「記録ではなく、空白を探す」


「空白?」


「周囲の星系配置から考えて、本来何かが存在するはずなのに、誰も疑問に思っていない場所」


 エリスがすぐに理解した。


「銀河構造の重力分布と、現在の天体配置を比較します」


 宇宙地図が広がる。


 重力。


 航路。


 文明圏。


 物資流通。


 それらを重ねていく。


「不自然な空白領域を十二万九千確認」


「多いな」


「さらに絞ります」


 十二万。


 一万。


 八百。


 三十二。


 最後に。


 エリスの動きが止まった。


「一件」


「どこ?」


 全員が表示を見る。


 俺も見た。


「……ここ?」


「はい」


「いや、でもここって」


 宇宙地図に示された場所。


 中央母艦。


 俺たちが今いる家族評議会本拠地。


 そのすぐ隣だった。


「近すぎない!?」


「正確には」


 エリスがゆっくり顔を上げる。


「この家の玄関前です」


「は?」


     ◇


 全員が玄関へ移動した。


「誰もいないぞ」


 扉の外。


 普通の廊下。


 以前、宗一郎が立っていた場所だ。


「感知できません」


 アルカが言う。


「機械反応なし」


「生命反応なし」


 フィア。


「空間異常も……」


 ルナが途中で止まった。


「ある」


「どこ?」


「そこ」


 ルナが床を指す。


 何もない。


「見えないけど」


「空間が一個分、足りない」


「一個分?」


「うん」


 説明が分かりにくい。


 だがハルは理解したらしい。


「存在しているはずの空間座標そのものが欠落している」


「もっと分かりやすく」


「床に穴があるのに、全員が穴ではなく床だと思わされている」


「怖い!」


 その瞬間。


 リリィが俺の服を引いた。


「お父様」


「何?」


「何かいます」


「見えるの?」


「はい」


「どんな?」


 リリィが首を傾げる。


「黒いです」


「それだけ?」


「小さいです」


「どのくらい?」


「猫くらい」


「……猫?」


 全員が無言で床を見る。


「リリィだけ見える理由は?」


「私はお父様の現在人格情報を保存しています」


 リリィが答える。


「外部から記憶を書き換えられた場合、保存記録との差異を検出できます」


「つまり俺たち全員、見えてるのに見えてないことにされてる?」


「はい」


「解除できる?」


「共有します」


 リリィの額が青く光った。


 視界が一瞬だけ揺れる。


 次の瞬間。


「……いた」


 玄関マットの上。


 小さな黒い生き物が座っていた。


 猫に似ている。


 耳。


 尻尾。


 四本の足。


 ただし顔には目が一つしかない。


 しかも体の黒さが異常だった。


 光を反射していない。


 そこだけ宇宙に穴が開いているように見える。


「これが宇宙を食べる奴?」


『そうだ』


 未来の俺の声が震えた。


『第一侵食個体』


『三百十二年後には、我々は《虚喰い》と呼んでいる』


 クレアが俺の前へ出る。


「倒す?」


「待て」


「でも未来では敵なんでしょ?」


「まず話を聞く」


 家族会議で最初に決めたことだ。


「相手が宇宙を食べる存在でも?」


「話せるならな」


 俺はしゃがんだ。


 黒い生き物と目線を合わせる。


「聞こえる?」


 返事はない。


「言葉、分かる?」


 黒い耳が少し動く。


 次の瞬間。


「……おなか」


「喋った!」


 全員が一歩下がった。


「おなか」


 黒い生き物がもう一度言う。


「すいた」


 未来の俺が叫ぶ。


『近づくな!』


「でも腹減ってるって」


『そいつは星を食う!』


「何を食べるか聞こう」


『星だと言っている!』


「本人に聞く!」


 黒い生き物を見る。


「何食べたい?」


「なんでも」


「危険な答えだな」


「ほし」


「ほら!」


 未来の俺が勝ち誇ったように言う。


「星以外は?」


 黒い生き物がしばらく考える。


「ひかり」


「光?」


「ねつ」


「熱?」


「じょうほう」


「最後のは駄目だ」


 黒い耳が下がった。


「……だめ?」


「人の記憶とか文明の記録を食べたら困る」


「でも」


 小さな一つ目が俺を見る。


「おなか、すく」


「食べなきゃどうなる?」


「いたい」


「死ぬ?」


「わからない」


 フィアが興味深そうに近づこうとする。


「触っても?」


「本人に聞いて」


「触ってもいいですか?」


 黒い生き物がフィアを見る。


「たべていい?」


「駄目です」


 フィアが即座に後退した。


「危険です」


「判断変わるの早いな」


「お兄様以外の生命体にも食欲を示しました」


「俺には?」


 黒い生き物が俺を見る。


 じっと見る。


 少し口を開く。


 アルカたち七人が同時に武器を起動した。


「待て!」


「食べようとしました」


「まだ口開いただけだ!」


「父上」


 通信参加していたアカリが告げる。


『恒星を一つ与える』


「いいの?」


『私は三千文明を抱える恒星生命体だ』


「自分を食べさせるのは駄目だぞ」


『廃棄予定の恒星がある』


「恒星にも廃棄予定ってあるのか?」


『寿命を迎え、周囲に生命も存在しない星だ』


「それなら……」


『待て!』


 未来の俺が強く叫ぶ。


『餌を与えるな』


「どうして?」


『虚喰いは食べるほど成長する』


「じゃあ、このまま飢えさせる?」


『消滅するまで隔離する』


 黒い生き物が未来の俺の声を聞いていた。


 耳が下がる。


「……ころす?」


 俺は黙った。


『そうするべきだ』


「未来では、それでうまくいった?」


 未来の俺が沈黙した。


「三百十二年後、宇宙を食われかけてるんだろ」


『……』


「隔離して殺した結果、仲間が怒ったとか?」


『記録にはない』


「なら試してない方法をやってみよう」


『ユウト』


「俺たちは未来をそのまま再現するために動いてるんじゃない」


 黒い生き物を見る。


「食事のルールを決める」


「るーる?」


「生きてる星は禁止」


「……うん」


「文明がある場所も禁止」


「うん」


「人の記憶も食べない」


「……むずかしい」


「難しいのか」


「におい、する」


「情報に匂いがあるの?」


「おいしい」


 エリスが真剣に記録する。


「情報を味覚として認識している可能性があります」


「でも我慢できる?」


 黒い生き物は少し考えた。


「ごはん、くれる?」


「ああ」


「なら、がまんする」


 単純だ。


 未来では宇宙最大級の脅威になるらしいが、今は腹を空かせた小動物にしか見えない。


「アカリ」


『廃棄恒星を転送する』


「家の玄関に恒星を出すなよ!」


『小型化したエネルギー塊に変換する』


「それなら頼む」


 数秒後。


 赤い光の球が一つ転送されてきた。


 黒い生き物の前に置く。


「どう?」


 鼻らしき場所を近づける。


 次の瞬間。


 ぱくり。


 光の球が消えた。


「一口!?」


「おいしい」


『恒星一個分の熱量が消失しました』


 エリスが報告する。


「燃費悪すぎるだろ!」


「もっと」


「まだ食べるの?」


「おなか、ちょっとだけ」


「恒星一個でちょっと!?」


『だから危険だと言った!』


 未来の俺の意見が、少しだけ理解できた。


「父上」


 アカリが言う。


『廃棄予定恒星なら、三千文明圏周辺だけで十二万個ある』


「そんなに?」


『宇宙全域ならさらに多い』


 ベルがすぐに計算を始める。


「使用されていない恒星、崩壊予定の人工太陽、余剰反応炉……」


「餌として利用可能な廃棄エネルギーは、相当量ありますわ」


「つまりゴミ処理してもらえる?」


 ディナが笑う。


「宇宙一危険な生き物が、宇宙一大きなゴミ箱になるかもね」


『楽観的すぎる!』


「未来の俺、さっきから一番慌ててるな」


『私はこいつらに宇宙を半分食われたんだ!』


 それは怖かっただろう。


「でも、この子が食べたの?」


『第一侵食個体は大戦開始時には存在していなかった』


「死んでた?」


『不明だ』


「仲間を呼んだ可能性は?」


『……ある』


「じゃあ、なおさら今ここで殺さない方がよくないか?」


 未来の俺が黙った。


 黒い生き物が俺の足元へ近づく。


 アルカが警戒する。


「ユウトへ近づかないでください」


「たべない」


「信用できません」


「ごはん、くれた」


「だから?」


「ごはん、くれるひと、たべない」


「それがルール?」


「うん」


 意外と分かりやすい。


「じゃあ俺以外も食べるなよ」


 十四人。


 子供たち。


 両親。


 候補者たち。


「この家にいる人は全部駄目」


「いっぱい」


「多いけど覚えて」


 黒い生き物の一つ目が青く光る。


「おぼえた」


「本当に?」


「うん」


『家族評議会構成員十九名を捕食対象から除外』


 青い球体が表示する。


「待て」


『追加』


『相良ユウトが家族と認識する全存在を捕食禁止対象へ設定』


「どこまで入った?」


『現在、非常に多数』


「曖昧!」


 黒い生き物が尻尾を振る。


「たべない」


「ならいいか……」


『良くない!』


 未来の俺がまだ叫んでいる。


     ◇


「名前は?」


「ない」


 俺が尋ねると、黒い生き物は首を傾げた。


「種族名は虚喰いらしいけど」


『命名するな!』


 未来の俺。


「どうして?」


『お前が名前を付けると家族になる!』


「それは俺も学習した」


 アルカたちが強くうなずく。


「絶対に避けるべきです」


「ペット登録も禁止ですわ」


「でも呼び名がないと不便だよ」


 ディナが言う。


「本人に決めてもらえば?」


「それだ」


 黒い生き物を見る。


「自分で名前を決められる?」


「なまえ」


「何て呼ばれたい?」


 長い沈黙。


「ごはん」


「それは名前じゃない」


「ほし」


「もっと固有名っぽいやつ」


 黒い生き物は懸命に考えた。


 そして。


「クロ」


「……まあ黒いしな」


『自己命名を確認』


『個体名、クロ』


「これなら俺が付けたんじゃないからな!」


 リリィが確認する。


「家族関係は?」


『発生していない』


「よし!」


 初めて家族を増やさずに名前問題を解決できた。


「クロ」


「うん」


「とりあえず餌の管理を――」


『緊急通信』


 青い球体が赤く光った。


「今度は何?」


『全宇宙外縁部で、同一反応を確認』


 宇宙地図が表示される。


 一個。


 十個。


 百個。


 千個。


 赤い点が増えていく。


 未来の俺の声が凍りついた。


『早すぎる』


「何が?」


『本来、この規模の侵入は二百年以上先だ』


「未来が変わった?」


『違う』


 赤い点はさらに増える。


 一万。


 十万。


 百万。


 クロが地図を見上げる。


 尻尾が大きく振られた。


「くる」


「何が?」


「みんな」


「仲間?」


「うん」


 クロは嬉しそうに俺を見る。


「ごはん、あるって」


「誰が教えた!?」


 クロが自分の胸を指した。


「よんだ」


「お前か!」


「いっぱい、くる」


 未来では宇宙を食い尽くしかけた存在。


 その第一個体に飯を食わせた結果。


 宇宙の外にいた仲間百万体が。


 うちへ夕飯を食べに来ようとしていた。


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