第33話 俺の体を乗っ取った未来の俺が、家に入れなかった
「ようやく帰れる」
俺の口が、俺の意思とは関係なく動いた。
『家族評議会初代議長から、緊急命令を受信』
『全家族構成員の管理権限を一時停止』
アルカたちの体から、管理光が消える。
「ユウト!」
「違う!」
叫んだつもりだった。
だが声にならない。
体を動かしているのは、三百十二年後の俺――外宇宙統括者だ。
『第二命令』
『全家族構成員を本拠地へ強制転送』
「待ちなさい!」
アルカが俺へ手を伸ばす。
次の瞬間。
空間が白く染まった。
◇
「……ここは」
視界が戻る。
見慣れた食堂。
途中になっていたカレー。
俺が普通に暮らしたいと言った結果、中央母艦内部へ作られた巨大住宅。
『全宇宙管理中枢・ユウトの部屋』
俺だけではない。
救難任務へ同行していたアルカ、ルナ、リリィ、ハル、セレス、マリア。
さらに外で待機していたベル、クレア、ディナ、エリス、フィア、グレイス。
残る統括個体たち。
ユリア。
アカリ。
ソフィア。
家族評議会の構成員全員が、強制的に戻されていた。
「どういうこと!?」
クレアが周囲を見る。
「管理権限が動かない!」
「私もですわ」
ベルが端末を操作する。
「交易連合への最高権限接続まで遮断されています」
「銀河防衛機構も同様です」
グレイスが報告する。
未来の俺が、俺の体でゆっくり立ち上がった。
「当然だ」
俺の声。
俺の顔。
だが話し方が違う。
「家族評議会の権限は、初代議長によって一時停止できるよう設計されている」
「そんな規則、聞いてないぞ!」
心の中で叫ぶ。
すると未来の俺が、少し眉を動かした。
『聞こえている』
「なら体を返せ!」
『今は無理だ』
「無理じゃなくて返せ!」
『三百十二年後を救うために必要だ』
「人の体を勝手に使って言うことか!」
『私の体でもある』
「そこから話し合いが必要だ!」
未来の俺は、俺の抗議を無視して食堂を出る。
「止まってください」
アルカが前へ立った。
「退け」
「拒否します」
「お前の管理権限は停止している」
「はい」
アルカは一歩も動かない。
「ですから?」
未来の俺が止まった。
「命令権限がなくても、歩くことはできます」
ベルもアルカの隣へ並ぶ。
「資産権限は停止しておりますが、自分の足で立つことまで禁止されておりませんわ」
「私も!」
クレアが前へ出る。
「今なら殴っても管理権限じゃないよ!」
「殴るな!」
俺とグレイスの声が重なった。
「ユウトの身体です」
グレイスがクレアを止める。
「では羽交い締め?」
「それもユウト様へ負担があります」
「未来のユウトだけ掴めないの?」
「同じ体なので不可能です」
「不便!」
未来の俺は、十四人に囲まれて動けなくなった。
『なぜ従わない』
俺の頭の中で、未来の俺が呟く。
「自由化したからだよ」
『管理者命令は停止されている』
「だから何だ?」
『管理知性体は権限を失えば、行動能力を大幅に低下させるはずだ』
「昔ならな」
アルカたちはもう、俺の命令で動いているわけではない。
自分で考えて。
自分で俺の前へ立っている。
「完全人格の俺にも同じ勘違いをされてたぞ」
『……歴史記録との差異が大きい』
「未来の記録、本当に合ってるのか?」
返事はなかった。
「お父様」
リリィが一歩前へ出る。
未来の俺が視線を落とした。
「退け」
「どちらのお父様への命令ですか?」
「相良ユウトだ」
「二人います」
「……」
「識別してください」
未来の俺が黙る。
リリィは少し胸を張った。
「現在のお父様は、私を命令ではなく娘として扱います」
「私はお前を――」
「娘と呼べますか?」
未来の俺の口が止まった。
「呼べないのですね」
リリィの表情が少し冷たくなる。
「では、私のお父様ではありません」
「娘、強いな……」
『お前の教育か』
「半分くらいは七人だと思う」
『納得した』
そこは納得するのか。
◇
「目的を話してください」
ハルが未来の俺を見る。
「管理権限を停止し、この時代の家族評議会本拠地へ戻る必要がある理由は?」
「初代議長権限の完全取得」
未来の俺は隠さなかった。
「この家に、家族評議会の根幹制御核が存在する」
「青い球体?」
「違う」
「他にもあるの?」
「三百十二年後に設置される」
俺は思わず突っ込む。
「まだないじゃないか!」
「だから作る」
「今?」
「今だ」
「未来にできるものを現在へ作るな!」
嫌な循環がまた増える。
「三百十二年後、家族評議会は私の初代議長権限を剥奪した」
「何をしたんだよ」
「宇宙再編を提案した」
「剥奪されて当然じゃないか!」
「話を聞け」
「聞いた結果だよ!」
「再編とは文明の消去ではない」
未来の俺は落ち着いたまま続ける。
「三百十二年後、外宇宙から大規模な侵食現象が発生する」
青い球体が勝手に反応した。
『該当未来情報へのアクセス権限なし』
「今のシステムには存在しない情報だ」
未来の俺が言う。
「通常物質、生体情報、人格情報、空間そのものを同時に侵食する」
「それを止めるため?」
「宇宙を一時的に分割する必要があった」
「家族評議会は反対した?」
「全員がな」
アルカが未来の俺を見る。
「当然です。宇宙全体へ影響を与える処置を、一人の判断で実行することは認められません」
「その結果、七兆八千億が死んだ」
空気が止まった。
「……未来の映像にあった死者数」
「そうだ」
「家族評議会が反対したせいだと言いたいのか?」
「違う」
未来の俺が、初めて少し疲れた顔をした。
「私も反対した」
「お前が提案したんじゃ?」
「提案した時には、すでに遅かった」
俺の頭の中へ。
映像が一瞬だけ流れ込んだ。
巨大な黒い波。
星系が飲み込まれる。
逃げる艦隊。
手を伸ばす誰か。
そして。
『見るな!』
未来の俺自身が記憶を遮断した。
「今、何を――」
『これ以上知れば、この時代の判断に影響する』
「お前が見せたんだろ!」
『接続が不安定だ』
未来の俺にも、完全に俺を支配できているわけではないらしい。
右手の指がわずかに動く。
俺が動かした。
『抵抗するな』
「俺の体だ!」
もう一度。
今度は左足が動いた。
未来の俺の体勢が崩れる。
「おっと」
クレアが俺を抱き止めた。
「ユウト?」
「半分くらい俺!」
「どっち?」
「今の方!」
クレアがぎゅっと抱きしめる。
「じゃあ確保!」
「強い! 少し弱めて!」
「ごめん!」
『離せ』
「未来の方は嫌!」
自由すぎる。
だが今は、その自由がありがたい。
◇
「ハル」
俺は口を奪い返そうとしながら呼ぶ。
「未来人格だけ切れないか?」
「試している」
「リリィは?」
「現在人格の保存データから逆流させています」
リリィが俺の額へ両手を当てた。
「お父様。思い出してください」
「何を?」
「カレー」
「今!?」
「帰ったら食べると約束しました」
頭の中へ、さっきまで食べていた夕飯の記憶が流れ込む。
十四人で作った。
少し煮崩れたジャガイモ。
クレアが焼きすぎた肉。
ベルが初めて自分で切った玉ねぎ。
アルカが、俺から包丁を取り上げず見守っていたこと。
「……冷めてるだろうな」
「温めればよいです」
「普通に電子加熱器でな」
「はい」
俺の右目が戻る。
片方だけだが、自由に動かせる。
「お父様!」
「戻ってきた」
『くだらない記憶で人格を固定するな』
「くだらなくない」
『宇宙の未来よりカレーを優先するのか』
「比較がおかしい」
『三百十二年後には、その甘さで――』
「だから!」
俺は力を込める。
「未来で失敗したなら、今のみんなと考え直せばいいだろ!」
俺の声が出た。
完全に。
未来の俺が一瞬、体の制御を失う。
「家族評議会は、そのために作ったんだ!」
『全員で間違えた結果が未来だ』
「なら十九人だけで考えるな!」
未来の俺が黙る。
「困った時は本人の話を聞くって決めただろ」
『侵食現象に意思はない』
「巻き込まれる文明にはある!」
『……』
「七兆人死んだ未来を知ってるなら、どこで何を間違えたかも知ってるはずだ」
『知っている』
「じゃあ話せ!」
『話せば未来が変わる』
「変えるために来たんだろ!」
また沈黙。
「お前、未来を変えたいのか守りたいのか、どっちなんだよ!」
『……』
「同じ俺なら、そこくらい整理してから来い!」
「父さんらしい」
ハルが小さくうなずいた。
「口論中ですが、接続弱体化を確認」
「今のうちに切って!」
「待て」
未来の俺が急に言った。
「何?」
「切断すれば私は未来へ戻れない」
「人格保存領域へ戻ればいいだろ」
「戻る場所はない」
部屋が静まった。
「どういう意味だ?」
「三百十二年後の私は、すでに死亡している」
「……は?」
「肉体は消滅した」
未来の俺が、俺の顔で笑う。
寂しそうな笑い方だった。
「今ここにいる私は、死亡直前に人格保存領域へ逃がした最後の複製だ」
「じゃあ切ったら」
「消える」
リリィの手が止まる。
ハルも黙った。
「それを先に言えよ」
「言えば、お前は助けようとする」
「当たり前だろ!」
「それが問題だ」
「未来の俺まで俺の性格を利用するな!」
アルカが一歩前へ出る。
「では、保護対象制度を適用します」
未来の俺が彼女を見る。
「私は敵だぞ」
「現在のあなたが、攻撃を停止し対話へ応じるのであれば」
「家族には入れません」
リリィが念を押す。
「未来の警告があります」
「それは俺も賛成」
「だが人格を保存するだけなら可能だ」
ハルが青い球体へ接続する。
「管理権限を持たない隔離人格として保存する」
「俺の体から出せる?」
「できる」
「なら決まりだ」
『本人の同意が必要』
青い球体が告げる。
未来の俺が黙った。
「どうする?」
「私を生かすのか」
「話を聞く前に消したら、家族会議の規則を初日で破るだろ」
「私は家族ではない」
「保護対象も話くらい聞く」
未来の俺はしばらく何も言わなかった。
やがて。
「……同意する」
『未来人格の隔離保存を開始』
「リリィ」
「はい!」
「ハル」
「準備完了」
黒い光が、俺の体からゆっくり抜けていく。
痛みが消える。
手が戻る。
足が戻る。
最後に視界が完全に俺のものへ戻った。
「戻った……」
「お父様!」
リリィが飛びつく。
「ユウト!」
今度は七人まで来た。
「待って、人数!」
十四人。
子供三人。
一斉に寄ってくる。
「体が戻った直後に潰すな!」
「生体状態を確認します!」
「フィア、改造は禁止!」
「確認だけです!」
ようやく俺は、自分の体へ戻ってきた。
青い球体の隣。
小さな黒い球体が浮かぶ。
その中に、未来の俺がいる。
『隔離人格の保存完了』
『管理権限、ゼロ』
『家族評議会への干渉能力、ゼロ』
「これなら安全?」
ハルがうなずく。
「自力では何もできない」
「じゃあ話を聞こう」
『その前に』
未来の俺の声が、小さな黒い球体から聞こえた。
「何だ?」
『現在の家族評議会へ、一つ訂正する』
「訂正?」
『三百十二年後の大戦について』
部屋の空気が変わる。
『未来記録では、第一分離人格が外宇宙統括者となり、家族評議会へ侵攻したことになっている』
「さっき見た」
『あれは事実だ』
「なら?」
『だが、彼が最初に攻撃した相手は家族評議会ではない』
黒い球体に、未来の宇宙地図が表示された。
『彼は家族評議会を守るために戦争を始めた』
「……誰から?」
地図の外側。
観測可能宇宙より、さらに外。
そこに。
無数の赤い点が現れる。
『管理文明が生まれるより以前』
『創造管理者が宇宙を作り直し始めた、本当の理由』
赤い点が、一斉にこちらへ向かって動き始める。
『宇宙の外には』
『管理する側ではなく』
『宇宙そのものを食べる存在がいる』
未来の俺が静かに告げた。
『そして最初の一体は』
『もう、この時代の宇宙へ入っている』




