第32話 もう一人の俺を助ける。でも家族にはしない
『私は今』
『三百十二年後の外宇宙統括者に、殺されようとしている』
通信画面の向こう。
白い服を着た、もう一人の相良ユウトは静かにそう言った。
「未来のお前が、今のお前を殺しに来てる?」
『正確には、私の人格を書き換えようとしている』
「殺すより悪そうだな」
『成功すれば同じ結果だ』
白い俺の背後では、巨大な施設が赤い警告灯に染まっている。
管理文明発祥宙域。
かつて創造管理者が生まれた場所。
そして百十七年前、俺を逃がすため囮になったもう一人の俺が送られた場所。
「あとどのくらい持つ?」
『二時間十二分』
「短いな!」
『外宇宙統括者は、三百十二年後から直接来ているわけではない』
「じゃあ、どうやって?」
『私の中にいる』
全員が黙った。
「……はい?」
『百十七年前、私は管理文明へ捕獲された』
白い俺が、自分の胸へ手を置く。
『その後、創造管理者の記憶を解析するため、何度も人格複製を作られた』
「まさか」
ハルが反応する。
「その複製の一つが、三百十二年後まで残った?」
『そうだ』
「でも未来の人格が、どうして今のお前へ戻ってこられる?」
『管理文明の人格保存領域には、通常時間が存在しない』
ルナが珍しく目を見開く。
「時間の外にある保存庫……」
『過去、現在、未来に保存された同一人格は、条件次第で接続できる』
「つまり」
エリスが整理する。
「三百十二年後の外宇宙統括者は、時間移動しているのではありません」
「人格だけ逆流させてる?」
「はい」
『その通りだ』
白い俺の右目が、一瞬だけ黒く染まった。
未来の映像で見たものと同じ。
『現在、侵食率三十七パーセント』
「切り離せないのか?」
『試した』
「結果は?」
『失敗したから、お前へ連絡している』
「なるほど」
自分で言われると妙に納得できる。
「なぜ俺なら助けられる?」
『私は創造管理者の記憶を持っている』
白い俺が答える。
『外宇宙統括者も同じ』
「俺にはない」
『だからだ』
一瞬、意味が分からなかった。
ハルが先に理解する。
「父さんには、接続対象となる創造管理者人格がほとんど残っていない」
『そうだ』
「未来の俺が入り込めない?」
『少なくとも、私よりは遥かに難しい』
なるほど。
昔の俺を捨てたことが、初めて明確な長所になった。
「それで何をすればいい?」
『こちらへ来てくれ』
アルカが即座に俺の腕をつかんだ。
「その前に確認します」
声が冷たい。
「あなたは、本当に現在の相良ユウトへ危害を加える意思がありませんか?」
『ない』
「家族評議会への加入意思は?」
『ない』
「ユウトとの家族登録は?」
『拒否する』
アルカの表情が少しだけ緩んだ。
「重要です」
「そこを一番気にするのか?」
「未来の警告で、最大の危険要因と指定されています」
確かにそうだけど。
『私も未来の記録を見た』
白い俺が言う。
『家族登録された私が、後に評議会権限を奪う』
「なら絶対に登録しない」
『それでいい』
「助けるけどな」
『……やはり来るのか』
「俺を百十七年先へ逃がすために残ったんだろ」
『それは私の判断だ』
「だからって見捨てる理由にはならない」
『未来の警告を無視することになる』
「無視してない」
俺は黒い未来装置を見る。
「助けるなとは言われてない」
『家族へ入れるな、か』
「なら、家族じゃない形で助ければいい」
リリィが手を上げる。
「保護対象として登録できます」
「そんな制度あるの?」
「今作ります」
「勝手に増やすな」
「家族評議会の規則として必要です」
ハルもうなずいた。
「家族でなくても助ける仕組みは必要だ」
「それはそうだな」
アカリも通信越しに加わる。
『三千文明も賛成した』
「早いな」
『反対二文明』
「理由は?」
『家族という名称が広すぎるため、友人制度を作るべきとの意見』
「それは後で考えよう」
「では」
リリィが青い球体へ入力する。
『家族評議会・一時保護対象制度を新設』
『対象者は評議会権限を取得しない』
『家族登録も行わない』
『生命、人格、財産について必要最小限の保護のみ実施』
「それでいい」
『第一号保護対象』
『第一分離人格・相良ユウト』
画面の向こうの白い俺が少し笑った。
『同じ名前だと面倒だな』
「確かに」
『私に名前を付けるなよ』
「何で?」
『お前が名前を付けると、家族扱いされる可能性が高い』
アルカたちが一斉にうなずいた。
「危険です」
「命名は禁止いたしますわ」
「ユウト、名前つけるとすぐ家族増えるもんね」
「俺の特殊能力みたいに言うな!」
仕方ない。
「じゃあ、白い方」
『雑すぎる』
「第一分離人格」
『長い』
「もう一人の俺」
『それでいい』
「いいのかよ」
◇
救難作戦が決まった。
問題は、管理文明発祥宙域までの距離だった。
「通常航行なら?」
「現在の七艦隊最高速でも、約二千八百年」
エリスが答える。
「間に合うわけないな」
「中央母艦の長距離門を使用します」
マリアが表示を出す。
「所要時間、約四分」
「それで行こう」
「ただし」
「今日はただしが多いな」
「発祥宙域側から、転送門が封鎖されています」
「未来の俺?」
『おそらくな』
通信越しに、もう一人の俺が答える。
『侵食が進むほど、この施設の権限を奪われている』
「ルナなら開けられる?」
「外側までは」
「中へは?」
「無理」
「俺の権限は?」
ハルが首を振る。
「父さんの創造管理権限は家族評議会へ分散された。単独では強制侵入できない」
「じゃあ評議会で承認すれば?」
「できます」
グレイスが即座に会議画面を開いた。
『緊急家族評議会を開始』
「場所は?」
『全宇宙管理中枢・ユウトの部屋』
「今、第九十八宇宙港だぞ」
『遠隔参加を認める』
「最初から会議室いらなかったんじゃないか?」
『本拠地は必要』
「そういうものか……」
十九人の顔が空中へ並ぶ。
「議題」
俺は言った。
「第一分離人格相良ユウト救出のため、管理文明発祥宙域への強制転送を許可する」
「賛成」
アルカ。
「賛成ですわ」
ベル。
「行こう!」
クレア。
残る全員も次々と承認する。
最後に宗一郎。
「私は構成員ではないが、行くなら気をつけろ」
「父親っぽいこと言うな」
「父親だからな」
「まだ正式に認めてない」
「その件も後で家族会議にかけよう」
「議題を増やすな!」
『全構成員の賛成を確認』
『管理文明発祥宙域への緊急介入を承認』
ルナの前へ、巨大な空間門が開いた。
◇
今回。
俺が連れて行く人数については、かなり揉めた。
「十四人全員同行します」
「多い」
「妻候補の共同生活審査期間中です」
「救難任務をデート扱いするな!」
「共同作業評価です」
「言い換えても駄目だ!」
最終的には。
俺。
アルカ。
ルナ。
ハル。
リリィ。
セレス。
そしてマリア。
七人で向かうことになった。
「私たちを含めると七人ではありません」
アルカが言う。
「細かいところはいいんだよ」
他の艦隊は門の外側で待機。
何かあれば即座に突入できる。
「ユウト」
クレアが通信越しに言う。
「危なくなったら呼んで」
「どうする?」
「全部壊して助ける!」
「できれば呼ばずに済ませたいな」
「何で!?」
◇
門を抜ける。
景色が変わった。
「これが……管理文明発祥宙域?」
星がない。
惑星もない。
見渡す限り。
無数の人工構造物が並んでいる。
巨大な輪。
立方体。
塔。
中央母艦が小舟に見えるほど巨大な施設。
「全部、管理文明の遺産です」
マリアが静かに言う。
「現在稼働しているのは、零点〇〇〇一パーセント以下」
「それでも多すぎる」
その中心。
一つの白い構造物だけが、赤く点滅していた。
『こちらだ』
もう一人の俺から通信。
『急げ』
「侵食率は?」
『五十一パーセント』
「さっき三十七だったろ!」
『速度が上がった』
ルナが施設内部へ空間門を開く。
「入口まで」
「十分」
俺たちは中へ飛び込んだ。
◇
施設内部は静かだった。
真っ白な廊下。
人影はない。
ただ、壁の中を黒い線が走っている。
「未来人格の侵食信号」
ハルが触れずに解析する。
「施設全体へ広がっている」
「もう一人の俺はどこ?」
「最深部」
マリアが案内を表示する。
「人格保存中枢です」
「距離は?」
「三十七キロメートル」
「走る?」
「転送します」
ルナが一瞬で空間を折り曲げる。
「便利だな」
「褒めて」
「ありがとう」
「……うん」
『ルナの幸福度――』
「こんな所まで採点装置ついてきてるのか!?」
◇
人格保存中枢。
巨大な部屋だった。
中央には一本の柱。
その中に、白い服を着た俺が立っている。
右半身が黒く染まっていた。
「来たか」
「思ったよりひどいな」
「侵食率、六十三パーセント」
ハルが確認する。
「助ける方法は?」
「接続を切るだけでは駄目だ」
もう一人の俺が答える。
「未来人格は、すでに私の内部へ人格種子を残している」
「種子?」
「切り離しても、時間が経てば再生する」
「じゃあ消せない?」
「方法はある」
もう一人の俺が、俺を見る。
「お前へ移す」
アルカが一歩前へ出た。
「却下します」
「最後まで聞け」
「ユウトへ危険を移す提案は、最後まで聞く必要がありません」
「家族会議のルール」
俺が言う。
「まず本人の話を聞く」
「……聞きます」
ものすごく不満そうだ。
「俺なら未来人格に侵食されにくいんだろ?」
「その通りだ」
「なら一時的に俺へ移して、その間に消す?」
「違う」
もう一人の俺が首を振った。
「お前の中へ入れば、未来人格は創造管理者記憶との接続を失う」
「弱体化する?」
「ほぼ無力になる」
「それなら――」
「ただし」
「まただ」
「未来人格の記憶も、一部お前へ流れ込む」
部屋が静かになる。
「どんな記憶?」
「三百十二年後の記憶」
俺は息を止めた。
未来。
家族評議会。
大戦。
そして。
誰が死ぬのか。
「未来の警告では、知ると歴史が変わるって言ってたぞ」
「だから危険なんだ」
「他の方法は?」
「私ごと人格保存中枢を消去する」
「却下」
今度は俺が即答した。
「やはりそう言うと思った」
「未来の俺にも読まれてたな」
「自分だからな」
黒い侵食が、さらに首元へ広がる。
「七十二パーセント」
ハルが告げる。
「父さん。時間がない」
俺はもう一人の自分を見る。
「移せ」
「ユウト」
アルカが俺の腕をつかむ。
「危険なら戻るって約束した」
「ああ」
「これは危険です」
「でも、戻ったらこいつが消える」
「保護対象です。家族ではありません」
「家族じゃなくても助けるために制度を作ったんだろ」
アルカが黙る。
「俺一人で背負わないとも約束した」
「はい」
「だから手伝ってくれ」
アルカは長く俺を見つめた。
そして。
「必ず戻します」
「ああ」
「未来の記憶に飲まれても」
「頼む」
リリィが俺の手を握る。
「現在人格の保存を開始します」
ハルも反対側の手を取る。
「未来人格が父さんを上書きしようとした場合、私が切断する」
「頼む」
セレスとマリアが、周囲へ防御領域を展開する。
ルナは転送経路を固定。
準備が整った。
「やってくれ」
もう一人の俺が目を閉じる。
「接続を開始する」
黒い光が柱から抜け出した。
俺の胸へ突き刺さる。
「ぐっ……!」
視界が白く染まった。
知らない記憶が流れ込んでくる。
三百十二年後。
巨大な家。
今より成長したリリィ。
大人の姿になったハル。
アカリ。
七人。
十四人の妻候補。
見覚えのある顔。
知らない顔。
笑っている。
喧嘩している。
また笑っている。
「これが未来……」
次の瞬間。
景色が赤く染まった。
燃える艦隊。
崩壊する星系。
家族評議会の本拠地。
俺の部屋だった場所が、巨大な戦場になっている。
「見ないで!」
リリィの声が遠く聞こえる。
だが記憶は止まらない。
一人。
誰かが倒れる。
二人。
また倒れる。
顔が見えそうになる。
「駄目だ!」
俺は必死に目を閉じる。
その時。
未来の俺の声が、頭の中から聞こえた。
『やっと入れた』
「……何?」
さっきまで通信で聞いた声ではない。
もっと冷たい。
三百十二年後の外宇宙統括者。
『現在人格相良ユウト』
『お前を殺す必要はない』
「じゃあ何をする?」
『借りるだけだ』
「何を?」
俺の右手が、勝手に持ち上がった。
家族評議会の紋章が浮かぶ。
『お前の体と』
『初代議長権限を』
青い球体が警告を発した。
『家族評議会初代議長から、緊急命令を受信』
「俺は何も命令してない!」
『命令内容』
『全家族構成員の管理権限を一時停止』
アルカたちの体から光が消える。
『第二命令』
『家族評議会本拠地への強制転送を開始』
「止めろ!」
未来の俺が、俺の口を使って笑った。
「ようやく帰れる」
その声は。
俺のものなのに。
俺のものではなかった。




