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第31話 未来の家族評議会から、俺を殺した犯人が名乗り出た



「三分!」


 ルナの声と同時に、百十七年前の宇宙港が砕け始めた。


 壁。


 床。


 人影。


 過去の記録そのものが、黒い亀裂へ飲み込まれていく。


『百十七年前』


『家族評議会の誰かが、私たちを殺しに来た』


 白い服を着たもう一人の俺も、崩壊する光の向こうへ消えた。


「戻る!」


 ルナが両手を広げる。


 俺たちの足元へ青い輪が形成された。


「全員いる?」


 エリスが即座に確認する。


「ユウト、アルカ、ルナ、私、グレイス、リリィ、ハル、宗一郎」


「八名確認」


「転送!」


 空間が反転した。


     ◇


 次に目を開けると、現在の第九十八宇宙港だった。


 だが安心する暇はない。


 黒い亀裂は、先ほどより大きくなっている。


『星系空間崩壊率、十九パーセント』


「増えてるじゃないか!」


「記録空間が壊れた影響」


 ルナが珍しく眠そうではない。


「急いで原因を切らないと、本当に星系が消える」


「原因は未来から来た奴?」


「たぶん」


 ハルが床へ手を触れた。


「過去への干渉跡が残っている」


 その周囲へ、黒い線が浮かび上がる。


「これは……時間固定装置?」


 宗一郎が顔をしかめる。


「百十七年前、私が調べた時にはなかった」


「見えないよう隠されてた?」


「それだけではない」


 エリスが解析する。


「装置の製造時刻が、現在より三百十二年後です」


「未来で作られた物が、百十七年前に置いてあるのか」


「はい」


 頭が痛くなってきた。


「時間旅行まで普通に出てくるようになったな……」


「普通ではない」


 ルナが即座に訂正する。


「時間を逆行するのは、空間転移よりずっと危険」


「できる?」


「今の私には無理」


 ルナが少し不満そうに頬を膨らませる。


「未来の私なら、分からない」


 アルカの目が細くなった。


「つまり、未来のルナなら犯行可能ということですか?」


「可能性だけ」


「ルナを疑うのか?」


「疑ってはいません」


 アルカは即答する。


「可能性を潰しているだけです」


 俺は家族会議で決めた最初の規則を思い出す。


「本人の話を聞く」


「はい」


「なら未来のルナ本人がいない以上、今の段階で犯人扱いはなし」


「承知しました」


 ルナが俺の袖をつかんだ。


「ユウト」


「何?」


「もし未来の私が犯人でも」


 一瞬だけ迷う。


「今の私まで嫌いにならないで」


「なるわけないだろ」


「……うん」


『ルナの幸福度上昇』


「今は測らなくていい!」


 青い球体の遠隔端末までついてきていた。


     ◇


「この装置を壊せば亀裂は止まる?」


「壊すのは危険」


 ルナが答える。


「未来と過去を固定してる杭みたいなものだから、乱暴に抜くと時間ごと裂ける」


「じゃあ、どうする?」


「解除権限が必要」


 ハルが装置へ近づく。


「家族評議会の認証方式が使われている」


「未来の家族評議会?」


「そうだ」


「俺たちが今日作ったばかりなのに……」


「未来では三百年以上続いているらしい」


 グレイスが表示を確認する。


『家族評議会・時間介入執行装置』


『設置権限、評議会特別決議』


「特別決議?」


「通常の家族評議会決議より上位です」


 エリスが答える。


「可決条件、構成員の九十パーセント以上の賛成」


「一人の暴走じゃないのか?」


「少なくとも装置の記録上は」


 つまり。


 三百十二年後。


 家族評議会の大半が、百十七年前へ誰かを送り込むことへ賛成した。


 その人物は。


 俺と、もう一人の俺を消そうとした。


「俺たちの家族会議が?」


 アルカの声が低くなる。


「ありえません」


「でも記録はそうなってる」


「なら未来の私たちが誤っています」


「まだ理由が分からない」


 俺は黒い装置を見る。


「未来で何か起きたのかもしれない」


「父さん」


 ハルが呼ぶ。


「装置に解除条件が残っている」


「何?」


『現在家族評議会の管理者本人による承認』


「俺?」


「未来の評議会は、父さんがここへ来ることを想定していた」


「なら、触ればいい?」


「危険です」


 アルカが間に入る。


「罠である可能性があります」


「でも、このままだと星系が消える」


『空間崩壊率、二十三パーセント』


「住民避難は?」


 グレイスが答える。


「ベルたちが九十八パーセント完了しています」


「残りは?」


「空間歪曲区域に取り残された民間船が約十二万隻」


「時間がないな」


 俺は装置へ手を伸ばす。


 アルカが俺の手首をつかんだ。


「約束を」


「危険なら戻る」


「それだけでは不足です」


「何を約束すればいい?」


「未来の家族評議会が何を言っても、一人で背負わない」


「……分かった」


「本当に?」


「今度はみんなに相談する」


 アルカがようやく手を離した。


「約束です」


 黒い装置へ触れる。


     ◇


『生体認証』


『相良ユウト』


『現在家族評議会初代議長を確認』


「俺、議長だったの?」


『家族評議会設立者を自動的に初代議長として登録』


「聞いてないぞ!」


『情報提示の必要性が低いと判断』


「役職を勝手に増やすな!」


『解除条件を達成』


『時間介入執行装置を停止』


 黒い杭から光が消える。


 星系を覆っていた亀裂が、ゆっくり閉じ始めた。


「止まった?」


「うん」


 ルナの表情が緩む。


「崩壊率、低下してる」


『二十一パーセント』


『十八パーセント』


『十二パーセント』


『五パーセント』


 宇宙港の向こう。


 消えかけていた星々の輪郭が戻る。


「助かった……」


『空間崩壊停止』


『星系構造を固定』


 通信回線から歓声が上がった。


『第九十八宇宙港、全住民避難完了!』


『民間船十二万隻、救助成功!』


『人的損害、ゼロ!』


「よかった」


 俺が息を吐いた瞬間。


『相良ユウトの幸福度――』


「今はいいって!」


     ◇


「問題はこっちだな」


 停止した未来の装置。


 黒かった表面に、新しい文字が浮かんでいる。


『任務失敗を確認』


「任務?」


『対象二名の生存を確認』


 対象一。


 人間人格、相良ユウト。


 対象二。


 第一分離人格、相良ユウト。


「やっぱり俺たち二人を狙ってた」


「しかし」


 エリスが表示を拡大する。


「任務目的が暗号化されています」


「解除できる?」


「未来の暗号方式です。解析に時間が必要」


「父さん」


 ハルが別の表示を指した。


「映像記録がある」


『任務失敗時のみ再生』


「見よう」


「罠の可能性があります」


 アルカが言う。


「映像なら大丈夫だろ」


「映像から人格侵食を行う技術も存在します」


「未来、怖すぎない?」


「私が先に解析します」


 エリスが数秒確認する。


「危険信号なし」


「再生して」


 空中へ映像が現れた。


 暗い部屋。


 一人の人物が座っている。


 顔は見えない。


 黒い服。


 胸元には、百十七年前に見た家族評議会の紋章。


『この記録を見ているということは』


 声が流れる。


『百十七年前の暗殺は失敗したらしい』


「自分で暗殺って言ったぞ」


『そして、現在の相良ユウト』


 黒い人物が顔を上げる。


『お前は第九十八宇宙港へ戻り、この装置を解除した』


『ここまでは記録どおりだ』


「記録どおり?」


『つまり、まだ未来は変わっていない』


 室内が静かになった。


「こいつは、俺たちが装置を見つけることまで知ってたのか?」


『家族評議会による時間介入は、過去を変更するためではない』


『未来を成立させるために行われた』


「どういう意味だ?」


『百十七年前、二人の相良ユウトを殺そうとしたこと』


『それ自体が、現在の相良ユウトを百十七年後へ送る原因になる』


 宗一郎が息をのむ。


「まさか……」


『我々が暗殺を行わなければ』


『お前は百十七年間眠らない』


『七基の統治知性は、現在の七艦隊へ成長しない』


『中央母艦は解放されない』


『家族評議会も生まれない』


 因果が一周している。


「未来の家族評議会が俺を殺そうとしたから、今の家族評議会ができた?」


『肯定』


「映像なのに答えた?」


 ルナが小さく言う。


『想定される質問へ事前回答している』


「未来の俺たち、俺の反応まで読んでるのか」


『そして』


 黒い人物が続ける。


『もう一人の相良ユウトを殺す必要があった理由は別だ』


 空中へ、一枚の宇宙地図が表示される。


 銀河の外。


 管理文明発祥宙域。


 白い俺が最後に向かった場所だ。


『第一分離人格は、百十七年間を管理文明発祥宙域で過ごした』


『その結果』


 映像が切り替わる。


 巨大な人工天体。


 中央母艦より遥かに大きい。


 星系どころか、銀河そのものを包み込む構造物。


 その中心に。


 一人の男が座っている。


 白い服。


 俺と同じ顔。


 だが。


 片目が黒く染まっていた。


『第一分離人格・相良ユウト』


『現在名称』


『外宇宙統括者』


『家族評議会史上、最大の敵』


「もう一人の俺が……敵?」


『三百十二年後』


『彼は、全宇宙の管理権限を奪うため、家族評議会へ侵攻する』


 アルカたちの表情が変わる。


『死者数』


『七兆八千億』


「……」


『家族評議会構成員にも、多数の死亡者が発生』


 俺の喉が乾いた。


「誰が死ぬ?」


『その情報は現在へ伝達できない』


「どうして!」


『知れば未来が変化し、現在の家族評議会成立そのものが消滅する危険がある』


「じゃあ、あいつを百十七年前に殺そうとした?」


『そうだ』


「それなら俺まで狙う必要はなかっただろ」


 映像の人物が、少しだけ沈黙した。


『必要だった』


『外宇宙統括者を生み出した最大の原因は』


『現在の相良ユウトだからだ』


「俺?」


『お前は近い未来』


『第一分離人格を救いに行く』


 ユリアが俺を見る。


「さっき座標を受け取ったから……」


『そして、彼を家族として受け入れる』


 嫌な予感がした。


『その選択が』


『三百十二年後の大戦の始まりになる』


「だったら、救いに行かなければ――」


 言いかけて止まる。


 白い俺は。


 俺を逃がすために囮になった。


 百十七年間。


 管理文明発祥宙域に捕まったままかもしれない。


『現在の相良ユウト』


 黒い人物が、こちらを見る。


『我々は知っている』


『この映像を見ても、お前は彼を見捨てない』


「……そうだな」


『だから歴史は変わらない』


「なら、何のために映像を残した?」


 黒い人物が初めて少し笑った。


『未来を変えるためではない』


『選択を変えるためだ』


「同じじゃないのか?」


『違う』


『お前は第一分離人格を救ってよい』


 全員が息を止める。


『だが』


『絶対に家族へ入れるな』


「どうして?」


『外宇宙統括者が家族評議会の権限を奪えた理由は、一つ』


『相良家の正式な家族として登録されていたからだ』


 青い球体へ警告が表示された。


『遠距離通信を受信』


『発信元』


『管理文明発祥宙域』


 俺たち全員が固まる。


「今?」


『発信者』


『第一分離人格・相良ユウト』


 百十七年間行方不明だった。


 もう一人の俺。


 通信が開く。


 画面には、白い服を着た男が映った。


 先ほど過去で見た姿とほとんど変わっていない。


『百十七年ぶりだな』


 もう一人の俺が笑う。


『未来の俺から警告を受け取った頃だと思って連絡した』


「未来の警告まで知ってるのか?」


『ああ』


 白い俺は穏やかに答える。


『だから先に言っておく』


『私は、お前の家族になるつもりはない』


「じゃあ何のために連絡した?」


 男の笑顔が消えた。


『助けてほしい』


 その背後。


 巨大な管理文明発祥宙域が、赤い警告灯に染まった。


『私は今』


『三百十二年後の外宇宙統括者に、殺されようとしている』


 百十七年前。


 現在。


 三百十二年後。


 三つの時代の「相良ユウト」が。


 同じ場所で、同時に動き始めていた。


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