第30話 百十七年前、俺は二人いたらしい
『搭乗者』
『相良ユウト』
「……俺?」
青い球体に表示された名前を、何度見ても変わらない。
相良ユウト。
年齢。
勤務先。
生体情報。
全部、百十七年前の俺と一致している。
「記録ミスじゃないのか?」
「違います」
エリスが一瞬で照合を終える。
「当時の第九十八宇宙港には、二名の相良ユウトが存在しています」
「同姓同名?」
「遺伝情報まで完全一致」
「じゃあ双子?」
「完全一致です」
「複製……」
ハルが静かに言った。
俺を見る。
「私と似た存在かもしれない」
「昔の俺が、また自分を増やしてたってことか?」
「可能性はある」
「もう昔の俺が何をやってても驚かない気がしてきた」
そう言った直後。
『第九十八宇宙港周辺、空間崩壊率十二パーセント』
「今はそっちが先だ!」
ルナが巨大な星系図を展開する。
宇宙港を中心に、空間へ黒い亀裂が走っていた。
星。
惑星。
航路。
そのすべてが、紙を破るように少しずつ消えていく。
「止められる?」
「外から塞ぐのは難しい」
「理由は?」
「崩壊の中心が、百十七年前に固定されてる」
「昔が原因?」
「うん」
ルナは眠そうな顔のまま、珍しく早口になった。
「現在だけ修復しても、過去から同じ亀裂が流れてくる。元を閉じないと何度でも壊れる」
「過去に行く必要があるのか?」
「そこまではしなくていい」
ルナが空間を指でなぞる。
「百十七年前から残ってる裂け目に、今から入れる」
「それを先に言ってくれ」
「ただし」
「何だ?」
「入ったら、時間の流れが安定しない」
「百十七年また飛ばされる可能性は?」
「ある」
アルカたち七人の顔が同時に変わった。
「却下します」
「俺、まだ行くって言ってないぞ」
「今から言う顔でした」
「顔で判断するな」
「百十七年待ちました」
アルカが俺の腕をつかむ。
「二度目は認めません」
「今回は一人で行かない」
アルカの手が止まった。
「全員で行く必要もないけど、ルナと空間に詳しい人、それから救助部隊」
「私も行きます」
「私も」
「私もだよ!」
「七人全員は多いって」
「最低限です」
「最低限の基準がおかしい」
セレスたち六人まで立ち上がる。
「管理文明側からも同行します」
「だから全員で来たら救助艦隊だけで星系が埋まるだろ」
俺は全員を見る。
「家族会議で決めたよな。本人の話を聞くって」
沈黙。
「俺は行く。でも、一人では行かない。危険なら戻る。無理もしない」
「最後の二つは信用できません」
グレイスが即答した。
「信用を積むところからやらせてくれ」
◇
十分後。
救難隊は、かなり小さくなった。
俺。
アルカ。
ルナ。
エリス。
グレイス。
リリィ。
ハル。
そして宗一郎。
「どうしてあんたまで来るんだ?」
「百十七年前の事故を、一番近くで調べていたのは私だ」
「危なくないか?」
「お前にだけは言われたくない」
反論できなかった。
残った者たちは、星系外から避難誘導と空間固定を担当する。
ベルは住民の退避先確保。
クレアは崩壊宙域へ近づく大型残骸の排除。
ディナは民間船の誘導。
フィアは負傷者対応。
セレスたち六人も、空間安定設備の構築へ回った。
「ユウト」
ベルが通信越しに微笑む。
「必ず夕食までにお戻りくださいませ」
「カレー残ってる?」
「もちろんです」
「なら戻る理由は十分だな」
「私よりカレーですか?」
「比較する話じゃないだろ!」
通信の向こうで、なぜか十四人全員が少し安心した顔をした。
◇
第九十八宇宙港。
百十七年前。
俺が毎日通っていた場所。
今は周囲に新しい都市が作られ、旧宇宙港そのものは記念施設として保存されている。
その中心に。
黒い亀裂があった。
「懐かしいな」
壊れかけた格納庫。
古い整備通路。
俺がアルカたち七人のコアを隠れて修理していた廃棄区画。
「ここで私たちは目覚めました」
アルカが隣を歩く。
「覚えてる?」
「全部」
「俺は忘れてた時期もあったけどな」
「百十七年間、私が覚えていました」
「ありがとう」
「……はい」
自由化されてから、アルカは以前より少しだけ返事に間ができるようになった。
命令ではなく、自分で言葉を選んでいるのだろう。
「亀裂は奥」
ルナが指す。
そこには、かつて俺が乗っていた廃棄船の発進区画があった。
床が半分消えている。
空間そのものに、穴が開いていた。
「この先?」
「うん」
「中は?」
「百十七年前」
「その言い方、怖いな」
「正確には、百十七年前の情報が残ってる場所」
ルナが空間固定装置を展開する。
「十分だけ開ける」
「十分を超えたら?」
「現在に戻れない可能性が高い」
アルカが俺を見る。
「九分で戻ります」
「一分余裕を残すのか」
「あなたを信用していないわけではありません」
「顔に書いてあるぞ」
「七分でも構いません」
「短くするな!」
亀裂へ入る。
◇
音が戻った。
機械音。
警報。
誰かの怒鳴り声。
目の前に、百十七年前の宇宙港が広がっていた。
ただし誰も俺たちには気づかない。
「記録空間?」
「うん」
ルナが答える。
「過去を見るだけ。触れない」
廃棄船の発進区画。
若い俺が走っている。
「俺だ」
作業服。
工具箱。
当時のまま。
若い俺は、慌てて古い船へ入っていく。
『待て、ユウト!』
後ろから誰かが叫ぶ。
宗一郎だった。
今よりずっと若い。
『その船は駄目だ!』
『でも、アルカたちのコアがまだ中にある!』
俺は立ち止まらない。
アルカが小さく息をのむ。
「私たちを回収しようとして……」
「そうだったのか」
自分では覚えていなかった。
俺が廃棄船へ残されたのは、単純な事故だと思っていた。
だが映像の俺は、自分から船へ戻っている。
『ユウト!』
宗一郎が追いかける。
その時。
別の方向から、もう一人が現れた。
俺と同じ顔。
同じ体格。
違う服。
白い管理文明の制服を着ている。
「本当に二人いる……」
もう一人の俺が、宗一郎の前へ立つ。
『追うな』
『お前……』
『この船は、予定どおり消える』
『何をした!』
『空間座標を切断した』
宗一郎が胸ぐらをつかむ。
『ユウトを巻き込んだのか!』
『あれは必要な退避だ』
『百十七年先へ送ることがか!?』
全員が止まった。
「百十七年って、最初から分かってたのか?」
宗一郎の現在の顔が青ざめる。
「私は、この会話を覚えていない」
「どういうことだ?」
「この直後の記憶が欠落している」
過去の映像が続く。
白い服の俺が、静かに宗一郎を見る。
『現在の人類圏では、あいつを守れない』
『何からだ』
『私から』
「自分から?」
ハルの表情が変わる。
「この個体は、完全人格ではない」
「分かるのか?」
「私より古い」
白い服の俺が、廃棄船へ視線を向ける。
『創造管理者人格が復旧する前に、人間としての時間を作る必要がある』
『だから百十七年も飛ばすのか?』
『七基が成長する時間も必要だ』
アルカが息を止める。
『七基はいずれ国家級の力を持つ』
『その時代なら、管理文明が再びユウトを回収しようとしても守れる』
「まさか」
俺は映像の中の、もう一人の自分を見る。
「アルカたちが強くなることまで計算してた?」
『計算ではない』
まるでこちらの声が聞こえたようなタイミングで、白い服の俺が言った。
『願っただけだ』
背筋が冷たくなる。
「今、俺に答えた?」
「記録空間のはず」
ルナが珍しく目を見開く。
「過去から現在を見てる」
『百十七年後の私へ』
白い服の俺が、まっすぐこちらを向いた。
全員の動きが止まる。
『この記録を見る頃には、完全人格と会っているだろう』
「俺たちを待ってたのか?」
『そして、おそらく選ばなかった』
ハルが俺を見る。
「この個体は、私が生まれることも予測していた」
『なら成功だ』
白い服の俺が笑った。
完全人格とは違う。
今の俺に近い笑い方だった。
『私は、創造管理者から切り離された最初の人間人格』
「最初の?」
『お前は二番目だ』
俺の頭が追いつかない。
「じゃあ俺は、複製?」
『違う』
白い俺が答える。
『私たちは、どちらも相良ユウトだ』
『一つの人格を二つに分けた』
『私は創造管理者の記憶を持ち』
『お前には、人間として生きるための感情を残した』
「じゃあ、なんで別の船に?」
『追手を分けるためだ』
宇宙港の外で、巨大な黒い艦影が出現した。
管理文明の船。
『管理文明は、生体信号だけでは個体を区別できない』
『同じ相良ユウトを二人用意すれば、一方を追わせられる』
白い俺が、自分の乗る船へ向かう。
『私は囮になる』
『お前は百十七年後へ逃げろ』
胸が苦しくなった。
「その後、お前はどうなった?」
白い俺は振り返らない。
『おそらく捕まる』
「おそらくって」
『未来は確定していない』
『ただし、一つだけ頼みがある』
宇宙港全体が激しく揺れる。
時間亀裂が拡大し始めた。
「記録崩壊」
ルナが叫ぶ。
「あと四分!」
『百十七年後、もし私がまだ生きていたら』
白い俺がこちらを見る。
『私を信用するな』
「何?」
『私は、創造管理者の記憶を保持したまま捕まる』
『長い時間、管理文明に触れ続ければ』
映像が乱れる。
『今の私のままではいられない可能性が高い』
「どこにいるんだ!」
『最後に確認した転送先を残す』
座標が表示される。
銀河の外。
中央母艦より、さらに遠い。
宇宙地図そのものの端。
その場所を見たユリアが立ち上がった。
「ありえない」
「知ってる場所?」
「管理文明の発祥宙域よ」
「そこに、もう一人の俺が?」
『そしてもう一つ』
白い俺の声が、途切れながら続く。
『百十七年前の事故は、私が起こした』
「やっぱり」
『だが』
映像の背後。
俺が乗った廃棄船とは別の場所で、三つ目の人影が動いた。
黒い服。
顔は見えない。
『空間崩壊まで起こしたのは、私ではない』
「第三者がいた?」
『ああ』
白い俺が、その人影を睨む。
『私たち二人を同時に消そうとした者がいる』
「誰だ?」
黒い人影が、わずかにこちらを向く。
顔が映る直前。
「三分!」
ルナが叫んだ。
空間全体が崩れる。
だが最後の一瞬。
黒い人物の胸元にある紋章だけが見えた。
家族評議会の紋章。
「待て」
俺たちが作ったばかりの組織。
百十七年前には存在しないはずの印だった。
『未来から来た者だ』
白い俺の声が響く。
『百十七年前』
『家族評議会の誰かが、私たちを殺しに来た』
記録空間が崩壊した。




