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第29話 宇宙八億件の相談を、俺一人に持ってこないでほしい



『現在、相談待機件数』


『八億七千二百十一万件』


「……はい?」


『全宇宙から、家族評議会への相談が殺到しています』


 カレーを食べていただけなのに。


 家の玄関前には三百二十一文明の代表。


 その背後には巨大艦隊。


 さらに全宇宙から八億件以上の相談。


「受付停止!」


『家族評議会は宇宙最高意思決定機関であるため、相談拒否は推奨されません』


「推奨じゃなくて、俺たちの生活が終わる!」


 エリスがすぐに計算を始める。


「一件あたり一秒で処理した場合、全件処理まで約二十七年」


「一秒じゃ内容も聞けないだろ」


「一件一分なら約千六百年」


「俺より相談の方が長生きする!」


 アルカが静かに立ち上がった。


「すべて私が処理します」


「どうやって?」


「家族評議会の決定として、全争議へ共通規則を適用します」


「どんな?」


「ユウトへ不利益を与える側を敗訴とします」


「俺が関係ない相談ばかりだろ!」


「基準が統一されれば処理は速くなります」


「速さだけを求めるな!」


 ベルが手を上げる。


「経済問題であれば、ほぼすべて資金投入で解決可能ですわ」


『過剰資源投入の兆候を確認』


「……相談内容を精査してからにいたします」


 さっそく共同生活審査が効いている。


「戦争なら私が止める!」


 クレアが拳を上げる。


「どうやって?」


「両軍の間に立つ!」


「それならまだ――」


「動いた方を殴る!」


「駄目だ!」


「殴らなければ?」


「それならいい」


「睨むだけにする」


「幸福度が下がらない程度にな」


 グレイスが八億件の相談一覧を確認する。


「そもそも家族評議会へ持ち込む必要のない案件が大半です」


「例えば?」


「惑星間のごみ収集区域の境界」


「地元で決めてくれ!」


「恒星光利用税の税率」


「地元で決めろ!」


「学校給食の献立」


「なんで宇宙最高意思決定機関に聞くんだよ!」


「家族評議会へ相談すれば、最高位の判断が得られると認識されています」


 俺は頭を抱えた。


 これでは、昔の創造管理者と変わらない。


 何か問題が起きるたび、全部俺たちが答えを決める。


 そんな仕組みにしたくて家族評議会を作ったわけじゃない。


「まず、玄関の人に入ってもらおう」


「三百二十一文明の艦隊も?」


「艦隊は外で待っててもらえ!」


     ◇


 玄関へ向かうと、小柄な異星人の老人が深々と頭を下げた。


「偉大なる家族評議会の皆様」


「偉大じゃなくていいです」


「では、全宇宙最高家族会議の皆様」


「余計に恥ずかしいです」


「私は三百二十一文明連盟代表、ラドと申します」


 ラドは巨大な宇宙地図を表示した。


「我々は千八百年間、この星域の所有権を巡って争っております」


 地図の中央。


 何もない空間に、赤と青の境界線が何百本も重なっている。


「何があるんですか?」


「ありません」


「はい?」


「ほぼ完全な真空宙域です」


「じゃあ、なんで千八百年も争ってるんですか?」


「先祖が争っていたためです」


「理由を忘れてるじゃないですか!」


「最初は資源小惑星が一つ存在したと記録されています」


「今は?」


「千六百年前に採掘し尽くしました」


「もう争う理由ないですよね!?」


 ラドは深刻そうにうなずく。


「ですが、ここで譲歩すれば、祖先千八百年の努力が無駄になります」


「続けたらもっと無駄が増えるだろ!」


 青い球体が情報を追加表示する。


『当該領土紛争による累積損失』


『艦船、約八十九億隻』


『死傷者、推定二兆四千億名』


「何もない場所で!?」


「名誉がかかっております」


「重すぎる!」


 ラドが俺へ一枚の文書を差し出す。


「どうか相良ユウト様が、どちらの領土であるか決定してください」


「嫌です」


「なぜですか?」


「俺、その場所に行ったこともないですよ」


「創造管理者なら、正しい答えを――」


「ありません」


「ですが」


「三百二十一文明で話し合ってください」


 ラドの顔が曇る。


「それを千八百年間行いました」


「じゃあ、全然違う方法にしませんか?」


「違う方法?」


「どこの領土にも、しない」


 ラドが固まる。


「共同管理区域にするとか」


「所有者がいなくなります」


「何もないんですよね?」


「はい」


「だったら宇宙公園にするとか」


「宇宙公園?」


「千八百年も戦争した場所なら、二度と戦争しないための記念区域にした方がいいんじゃないですか」


 ラドが黙る。


 背後の通信端末で、三百二十一文明の代表者たちが一斉に話し始めた。


「反対意見もあると思います」


「では、命令ではないのですか?」


「俺に命令してほしいんですか?」


「……正直に申し上げれば、その方が楽です」


「でしょうね」


 誰か上の人間が決めれば、自分たちに責任はない。


 失敗しても管理者のせいにできる。


「でも、それをやってたから昔の俺は宇宙を九千回も作り直したんです」


「九千……」


「今回は皆さんで決めてください」


「また争いになった場合は?」


「その時は相談には乗ります」


「答えは出してくださらない?」


「一緒に考えるだけです」


 ラドは長い間黙っていた。


 やがて背後の三百二十一文明から投票結果が送られてくる。


『共同非武装区域化案』


『賛成、三百一』


『反対、二十』


「全会一致ではありません」


「反対の人の話も聞けばいいですよ」


 反対票を投じた文明の代表が映像へ現れた。


『我々は、先祖の犠牲を忘れられることを恐れています』


「なら記録を残したらどうです?」


『記録?』


「三百二十一文明全部の戦死者と、戦争の歴史を残す」


 ミラがすぐ反応した。


「記録保存設備であれば提供可能です」


「勝手に作る前に、必要か聞いて」


「……失礼しました」


 ミラが代表たちへ向き直る。


「記録設備を希望しますか?」


 二十文明の代表者が話し合う。


 しばらくして。


『希望します』


『反対票を撤回』


『共同非武装区域化、全会一致で可決』


「終わった?」


 俺が聞くと、ラドは呆然としていた。


「千八百年の戦争が……」


「これで終わるといいですね」


「相良ユウト様」


「はい」


「なぜ、この方法を千八百年前に誰も思いつかなかったのでしょう」


「多分、みんな勝つことばかり考えてたんじゃないですか?」


 ラドが深く頭を下げた。


「感謝いたします」


「俺は何も決めてませんよ」


「それが必要だったのかもしれません」


 ラドが帰った後。


 青い球体に新しい表示が出た。


『相談一件、解決』


『残件数、八億七千二百十万九千九百九十九件』


「数字が全然減ってない!」


     ◇


「やっぱり仕組みを変える」


 俺は全員を食堂へ集めた。


「家族評議会は、全部の相談へ答えない」


「では、どの案件を扱いますか?」


 グレイスが尋ねる。


「本人たちだけでは解決できない問題だけ」


「判定基準が必要です」


 エリスが言う。


「まず地域内で話し合う。駄目なら星系。さらに駄目なら国家や文明圏」


「それでも解決できない場合だけ、上位機関へ送る」


「そう」


「最終的に家族評議会へ到達」


「それなら八億件も来ないだろ」


 ハルが青い球体へ接続する。


「父さん。過去の管理文明にも類似制度が存在した」


「本当か?」


「ただし完全人格は、判断速度が低下するという理由で廃止した」


「昔の俺は本当に効率しか見てないな」


「現在の私は、それが失敗だったと理解する」


 リリィも手を上げる。


「候補者一万二千八百七十九名を、相談支援員として配置できます」


「強制じゃないならな」


『全候補者へ参加希望を確認』


 数秒後。


『参加希望、一万二千八百七十九名』


「全員!?」


「宇宙幸福度競争を経験し、他者支援を継続したい個体が多数です」


 ソフィアが通信越しに笑った。


『候補者たちは、創造管理者になれなかったことより、新しい仕事を見つけたことを喜んでいます』


「じゃあ、その人たちへ相談員をお願いしよう」


「名称は?」


「普通に宇宙相談局とか」


『正式名称を登録』


『全宇宙家族評議会直属・宇宙相談支援局』


「また前が長い!」


「短縮名は宇宙相談局で問題ありません」


「最初からそれでいい!」


 新制度を宇宙全域へ公開する。


 相談はまず当事者同士。


 必要なら地域。


 国家。


 文明圏。


 それでも解決できない時だけ、宇宙相談局。


 家族評議会が直接扱うのは、文明単位でも解決不能な問題だけ。


『相談件数を再分類』


 八億七千万件。


 一億。


 五百万。


 十二万。


 数字が凄まじい勢いで減っていく。


「最終的に何件?」


『家族評議会への直接相談、三十二件』


「それでも多いけど、八億よりはいい!」


「一日一件なら一か月です」


 エリスが言う。


「共同生活審査期間と一致します」


「相談しながら妻候補の審査をするのか?」


「共同作業は配偶者適性を確認する上で有効です」


「仕事と婚活を一緒にするな」


「十四名全員へ公平な機会があります」


「そこだけはすごく公平だな……」


 ひとまず今日の仕事は終わった。


「カレー、冷めたな」


「温めます」


 アルカが鍋を持つ。


「電子加熱器を使うだけでいいからな」


「分かっています」


 クレアが残念そうに手を下ろした。


「私、温められるよ?」


「恒星温度は禁止」


「弱火もできる」


「本当に?」


「多分」


「今日は電子加熱器で」


「はい……」


 ようやく普通の夕食へ戻れる。


 そう思った瞬間。


 青い球体が赤く点滅した。


『緊急案件を受信』


「今度は何だ?」


『通常相談経路を省略』


『家族評議会による即時対応が必要と判定』


「内容は?」


 宇宙地図が表示される。


 見覚えのある星系。


 百十七年前。


 俺が働き、暮らしていた人類圏だ。


「ここ……」


「第九十八宇宙港周辺星系です」


 アルカの声も変わる。


 あの廃棄区画があった場所。


 俺が七人と出会った場所だ。


『救難信号を受信』


『送信元、第九十八宇宙港』


『星系全域で空間崩壊が進行』


「空間崩壊?」


 ルナが一瞬で立ち上がった。


「これは危険」


「どのくらい?」


「放置すれば星系そのものが消える」


「原因は?」


 ルナの表情が険しくなる。


「百十七年前の空間異常」


「まさか」


 俺が乗っていた廃棄船。


 俺を百十七年間眠らせた、あの事故。


「事故じゃなかったのか?」


 宗一郎が立ち上がる。


「私は当時から、それを疑っていた」


「どういうことだ?」


「お前の船が百十七年飛ばされた夜」


 宗一郎は、消えかけている故郷の星系を見つめた。


「あの場所では、もう一隻だけ船が消えている」


「誰が乗ってた?」


「記録上は無人船だ」


 宗一郎の顔から、いつもの余裕が消えた。


「だが実際には、一人乗っていた」


「誰だ?」


 青い球体が、百十七年前の極秘記録を復元する。


 廃棄船。


 搭乗者、一名。


 そして表示された名前を見て。


 ユリアが息をのんだ。


『搭乗者』


『相良ユウト』


「……俺?」


 俺が百十七年前に眠ったその日。


 同じ宇宙港から。


 もう一人の「相良ユウト」が、別の船で消えていた。


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