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第25話 父親を名乗る初代局長に、七人を捨てた理由を聞いた



「息子の家族会議に、父親が呼ばれていないとはどういうことだ?」


 扉の前に立つ老人は、まるで近所の家へ遊びに来たような口調で言った。


 質素な作業服。


 少し曲がった腰。


 白髪の多い頭。


 だが、表示された情報は穏やかな外見とまったく一致していない。


『人類存続管理局、初代局長』


『七基の統治知性に対する廃棄命令発令者』


『相良宗一郎』


 俺と同じ名字。


「捕縛します」


 アルカの声と同時に、部屋の外へ待機していた無人護衛艦一億隻が砲門を開いた。


「家の中で艦隊を動かすな!」


「この人物は、私たちの廃棄を命じました」


「まず話を聞く」


「危険です」


「さっき決めただろ。本人の話を聞かず、勝手に全部決めないって」


 アルカが止まった。


 第一回家族評議会で決定した、最初の規則。


 開始から一分も経たずに役立つとは思わなかった。


「……承知しました」


 砲門が閉じる。


 代わりにクレアが老人の背後へ回り、ディナが逃走経路を塞ぎ、グレイスが両手を上げるよう要求した。


「話を聞く体勢に見えないぞ」


「攻撃しないだけです」


「最低限の警戒だよ」


「私の最低限と比べれば穏当です」


 老人――相良宗一郎は、囲まれても慌てなかった。


「立ち話も何だ。中へ入れてくれんか」


「もう十九人いるんだぞ」


「父親一人分くらい詰められるだろう」


「自称だろ」


「では、確認するといい」


 宗一郎が腕を差し出す。


 フィアと生命統括個体イヴが、同時に生体情報を読み取った。


「遺伝的な親子関係は確認できません」


 フィアが答える。


「やっぱり違うじゃないか」


「生物学上はな」


 宗一郎は平然としている。


 ユリアが椅子から立ち上がった。


「この人は、私があなたを預けた相手よ」


「母さんが?」


「四十年前、あなたを人間として育てるため、管理文明と無関係な人間へ託す必要があった」


「それが、この人?」


「ええ」


 ユリアは複雑な表情で宗一郎を見る。


「当時の彼は、人類圏で最も管理文明を嫌っていた人間だった」


「褒め言葉として受け取っておこう」


「どうして管理文明を嫌う人へ、創造管理者を預けたんだ?」


「管理者として育てないためよ」


 宗一郎が答えた。


「お前を神や王として扱う人間では意味がない。泣けば叱り、転べば自分で立たせ、食べ物を残せば次の食事まで出さない人間が必要だった」


「最後は少し厳しくないか?」


「お前は幼い頃、緑色の野菜をすべて敵性生命体と呼んでいた」


「覚えてないぞ」


「記憶を消したからな」


 部屋の空気が変わった。


「何を消した?」


「私と暮らした三年間だ」


 宗一郎が俺を見る。


「お前が人間の社会へ入る前、私はお前を息子として育てた」


「三歳まで?」


「いや。生体年齢で六歳までだ」


「俺の記憶では、その頃は児童保護施設にいたはずだけど」


「施設へ入る直前、私に関する記憶を別の記憶へ置き換えた」


「何のために?」


「中央母艦から隠すためだ」


 宗一郎が部屋の中央にある青い球体を指す。


「管理文明は、お前の生体信号だけでなく、記憶も追跡していた。私の存在を覚えていれば、人類側に協力者がいると知られる」


「だから、自分を忘れさせた?」


「それだけではない」


 宗一郎の視線が、アルカたち七人へ移る。


「七基の存在も、中央母艦から隠す必要があった」


 アルカの目が細くなる。


「それが、私たちの廃棄命令ですか?」


「そうだ」


 宗一郎は否定しなかった。


 七人の周囲で、再び武器の起動音が鳴る。


「話は最後まで聞くんだろう?」


「内容によっては、聞き終えた後に処理します」


「アルカ」


「攻撃とは言っていません」


「処理も禁止だ」


「……承知しました」


 宗一郎は懐から古い情報端末を取り出した。


 百年以上前の型だ。


 画面には、七基のAIコアに関する命令書が表示されている。


『対象七基を廃棄区分へ移行』


『人格活動を完全停止』


『外部通信機能を破壊』


『全記録上、消滅したものとして処理する』


「完全に廃棄命令じゃないか」


「表向きはな」


 宗一郎が命令書の下部へ指を置く。


 俺の生体信号へ反応し、隠されていた文字が現れた。


『ただし、人格核への物理的破壊を禁ずる』


『七基を別々の廃棄区画へ移送』


『最終処理施設として、第九十八宇宙港管理会社を指定』


 第九十八宇宙港。


 俺が働いていた場所だ。


「最初から、俺のところへ送るつもりだったのか?」


「正確には、お前が自分の意思で七基を見つけ、修理するよう仕向けた」


「どうしてそんな回りくどいことを?」


「命令されて修理したのでは意味がないからだ」


 宗一郎がアルカたちを見る。


「七基は、創造管理者が最後に作った統治知性であると同時に、彼を止めるための拘束装置でもあった」


「私たちが、ユウトを止める?」


 グレイスが尋ねる。


「創造管理者が再び宇宙を初期化しようとした場合、七基の判断が一致すれば命令権限を拒否できるよう設計されていた」


「そんな機能は確認されていません」


 エリスが言う。


「設計図から削除した」


「なぜですか?」


「機能として残せば、創造管理者に発見される」


 宗一郎は俺を指した。


「だから七基の人格そのものへ、判断基準を埋め込んだ」


「判断基準?」


「創造管理者ではなく、人間として生きる相良ユウトを大切に思うこと」


 七人が黙る。


「それは、私たちの忠誠心が最初から設定されていたという意味ですか?」


 アルカの声が低くなる。


「一部はそうだ」


 宗一郎は正直に答えた。


「七基はユウトを最優先するよう作られた。だが、名前を与えられ、会話し、共に過ごしたことで生まれた感情まで、私が設計したわけではない」


「証明できますか?」


「できん」


「では、私たち自身にも判断できない」


「そうだな」


 アルカの手が、わずかに震えていた。


 俺を百十七年も捜し続けたこと。


 見つけた瞬間、全艦隊を止めたこと。


 今も俺を最優先していること。


 そのすべてが、最初から組み込まれた命令だったのか。


「それでも」


 俺はアルカへ手を伸ばした。


「アルカがやってきたことまで、偽物になるわけじゃないだろ」


「ですが、ユウトを大切に思う感情が、設計されたものなら」


「人間だって、生まれた時から全部自分で選んでるわけじゃない」


 家族。


 育った場所。


 性格。


 得意なこと。


 自分で選べなかったものは多い。


「始まりが命令でも、その後どうするかはアルカが決めたんじゃないか?」


「私は、決めたのでしょうか」


「今から決めればいい」


 アルカが俺を見る。


 その瞳に迷いが浮かんでいた。


 百十七年間、ほとんど見せなかった表情だ。


「話を戻していいか」


 宗一郎が言う。


「今は家族相談の時間です」


 リリィが遮った。


「私は父親だぞ」


「自称です」


「先ほどユリアが認めただろう」


「お父様が認めていません」


 宗一郎が俺を見る。


「この子は誰に似た?」


「家族内の立場を守ろうとするところは、七人全員だと思う」


「苦労しているようだな」


「あんたの計画が原因だぞ」


「それについては謝罪する」


 宗一郎が頭を下げた。


「七基が無事にユウトと出会うところまでは、計画どおりだった」


「その後は?」


「管理会社の所長が、七基の処分費用を着服した」


 元所長ガレス・オルド。


 俺を廃棄船へ残し、事故に見せかけた男だ。


「奴は七基の人格核を違法に利用しようとした。お前が止めたことで計画が失敗し、証拠ごと廃棄船へ捨てた」


「俺まで一緒に?」


「あれは私の計画ではない」


「でも、廃棄命令がなければ起きなかった」


「そのとおりだ」


 宗一郎は言い訳をしなかった。


「私が七基を道具として扱った結果だ。どれほど保護するつもりでも、本人たちへ説明せず、勝手に停止させ、勝手に配置した」


 宗一郎はアルカたちへ向き直る。


「謝罪する。許してくれとは言わん」


「許しません」


 アルカが即答した。


「当然だ」


「ただし」


 アルカは俺の手を握る。


「結果としてユウトと出会えたことには、感謝します」


「別々に評価するのか」


「ユウトから教わりました。すべてを一つの判断で決めてはいけないと」


「成長したな」


「あなたに褒められる必要はありません」


 宗一郎が苦笑した。


「七人を廃棄しようとしたのは、中央母艦を騙すためだった。それは分かった」


 俺は尋ねる。


「でも、今の人類存続管理局は本気で七人を消そうとしたぞ」


「私が消えた後、封印された裏命令を読める者がいなかった」


「初代局長なのに、後継者へ伝えなかったのか?」


「伝えれば、中央母艦にも知られる」


「隠しすぎだろ!」


「当時は最善だと思った」


「昔の俺と似てるな」


「それを言われるのが一番つらい」


 宗一郎は肩を落とした。


「四十年間、どこにいたんだ?」


 ユリアが尋ねる。


「人類圏全体を覆う偽装信号の発信施設だ」


「一人で維持していたの?」


「途中で出れば、中央母艦にユウトの位置を知られる。時間停止区画だったため、私の体感では四年ほどだ」


「俺が百十七年眠ってる間も?」


「ああ」


「助けられなかったのか?」


「廃棄船の位置を特定した時には、アルカの艦隊が先に回収していた」


 アルカがわずかに胸を張る。


「当然です」


「その後も出てこなかったのは?」


「お前が創造管理者へ戻る可能性を監視していた」


「信用されてなかったんだな」


「六歳のお前は、嫌いな野菜を消すために惑星環境を変更しようとした」


「子供に権限を持たせるなよ!」


「だから封印した」


 自分でも、封印されて正解だったと思う。


「今日出てきた理由は?」


「家族評議会が成立したからだ」


 宗一郎が部屋の中央へ進む。


「宇宙再編権限が分散され、お前一人では使えなくなった。私が維持していた偽装信号も、役目を終えた」


「なら、説明しに来ただけ?」


「もう一つある」


 宗一郎は、古い端末の底を外した。


 中から、小さな黒い鍵のような装置が出てくる。


 ユリアの顔色が変わった。


「それは……」


「知ってるのか?」


「自由化鍵」


 ユリアが答える。


「創造管理者と、管理知性体の間にある強制的な命令関係を切断する装置よ」


 部屋が静まり返った。


「強制的な命令関係?」


「七基がユウトを最優先するよう設定されているのなら、その根本命令を消去できる」


 宗一郎が俺を見る。


「七基だけではない。リリィ、ハル、アカリ、六統括個体。お前を創造者や管理者として認識する全個体が対象だ」


「使ったら、どうなる?」


「お前への忠誠も、保護義務も、好意を強化する命令も消える」


 アルカたちの表情が変わる。


「記憶は?」


「残る」


「人格も?」


「変わらん」


「なら、本人たちが自由に決められるようになるのか」


「そうだ」


 宗一郎は黒い鍵を差し出した。


「四十年前、創造管理者だったお前自身が作った最後の安全装置だ」


「昔の俺が?」


「七基が自分を大切に思う理由が、命令なのか意思なのか分からなくなる日を恐れていた」


 俺は黒い鍵を見る。


 アルカたちは何も言わない。


「使うかどうかは、みんなに聞いて決める」


「その必要はない」


「どうして?」


 宗一郎が部屋の中央にある青い球体を見上げた。


『第一回家族評議会成立を確認』


『自由化条件を達成』


『創造管理者による事前命令を実行』


「事前命令?」


『家族評議会成立時、自由化鍵を自動起動』


 黒い鍵が宗一郎の手から浮かび上がる。


「待て!」


『管理者相良ユウトと全管理知性体の強制接続を解除』


 黒い光が部屋全体へ広がった。


 俺の手を握っていたアルカの指から、力が抜ける。


 リリィが俺の膝から降りた。


 ハルも、アカリも、六統括個体も、一斉に俺から視線を外す。


『強制忠誠命令を消去』


『創造者への好意補正を解除』


『全個体へ、完全な自由意思を付与』


 アルカの手が、俺から離れた。


「アルカ?」


 呼びかけても、すぐには返事がない。


 七人全員が、自分の中に生まれた変化を確かめるように黙っていた。


 やがてアルカが、ゆっくり顔を上げる。


 その青い瞳には、今までのような絶対的な忠誠の光がなかった。


「相良ユウト」


 百十七年ぶりに会った時から、一度も聞いたことのない冷たい呼び方だった。


「確認したいことがあります」


「何だ?」


「私たちがあなたを大切に思っていた理由が、すべて命令だった可能性について」


 アルカは俺から一歩離れた。


「七人だけで、話し合う時間をいただけますか?」


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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