第23話 恒星の中へ入ったら、三千文明から王になってほしいと頼まれた
『家族評議会へ参加したければ、相良ユウト本人が私の内部へ来い』
赤い恒星の表面に、惑星より巨大な目が開いていた。
『お前が本当に宇宙を支配しない者なのか』
『私が直接、確かめる』
「内部って、恒星の中だよな?」
『肯定』
「入ったら普通は燃えるだろ」
『お前は普通の生命体ではない』
「できれば普通の人間として扱ってほしいんだけど」
候補者番号六百六十六。
種族、恒星生命体。
体内には三千もの文明を封印しているという。
こいつが賛成しなければ、家族評議会は成立しない。
そして二十二時間後には、リリィを含む候補者たちの人格が回収される。
「行くしかないな」
「反対します」
アルカが即座に答えた。
「内部構造も目的も不明な恒星へ、ユウト一人を送り込むことはできません」
「本人だけ来いって言ってる」
「恒星を分解し、内部へ安全な通路を作ります」
「分解するな」
「外側だけです」
「恒星に外側だけとかあるのか?」
ノアが手を上げる。
「代替恒星を製造できます。対象を停止し、中の文明を新しい恒星へ移しましょう」
「まだ話し合いもしてないだろ」
「恒星生命体の体内へ入るのであれば、私が同行します」
フィアが一歩前へ出た。
「生命構造の解析と、お兄様の耐熱処置を担当できます」
『相良ユウト以外の侵入は認めない』
「母親候補は家族です」
『未登録個体である』
フィアの笑顔が固まった。
「登録を急ぐ必要があります」
「今はそこじゃない」
リリィが俺の服を握る。
「私も行きます」
「今回は待っててくれ」
「恒星の内部は危険です」
「だから子供は連れていけない」
「私は戦艦三隻分の耐久力があります」
「それでも駄目だ」
「お父様は戦艦何隻分ですか?」
「比較できるほどないと思う」
「では、私の方が安全です」
正論のようで何かがおかしい。
ハルが赤い恒星を見つめた。
「候補者六百六十六は、創造管理者制度が開始される以前から存在する」
「知ってるのか?」
「完全人格だった時の記録にある。恒星生命体アグニ」
『その名を記憶していたか』
「過去の私は、お前の体内文明を初期化しようとした」
恒星表面の炎が大きく揺れた。
『九千二百年前』
『創造管理者は、我が内に生きる文明を管理基準から逸脱した失敗作と判断した』
「何があったんだ?」
「三千文明が一つの恒星内部で共存しながら、統一国家を作らなかった」
ハルが答える。
「宗教、文化、種族、政治制度が異なり、争いも絶えなかった。完全人格は非効率と判断し、すべてを一つの文明へ再編しようとした」
『私は拒絶した』
「それで三千文明を封印したのか?」
『守るためだ』
外から干渉されないよう、自分の体内へ隠した。
九千年以上。
アグニは三千文明を守り続けてきたらしい。
『現在の相良ユウト』
『お前が過去の創造管理者と違うなら、内部へ来て証明せよ』
「分かった」
「ユウト」
アルカが俺の腕をつかむ。
「必ず戻ってきてください」
「ああ」
「約束です」
「約束する」
「約束は最優先命令と同義です」
「知ってるよ」
◇
ルナが恒星の近くまで、小型転送艇を移動させた。
俺一人が格納室へ立つ。
十三人と子供二人、ユリアまでが透明な隔壁の向こうから見ていた。
「戻らなかった場合、恒星を開きます」
アルカが通信越しに告げる。
「開くって何だ?」
「物理的に」
「絶対にやるな」
「帰還されれば問題ありません」
脅迫に近い見送りだった。
『相良ユウトの受け入れを開始』
赤い光が全身を包む。
熱さはない。
次の瞬間には、俺は見知らぬ都市の中央に立っていた。
「恒星の中……なのか?」
頭上には青空。
地面には草が生え、遠くには海まで見える。
ただし、空には太陽がなかった。
世界そのものが淡く発光している。
『ここは我が内部に存在する第一文明圏』
アグニの声が空から響く。
「三千も、こういう世界があるのか?」
『それぞれ異なる環境を持つ』
周囲へ人々が集まってくる。
人間に似た者。
獣の耳を持つ者。
金属の体を持つ者。
透き通った体で空中を漂う者。
全員が俺を見ていた。
「創造管理者」
白い衣を着た老人が、俺の前へ歩み出る。
人々が一斉に膝をついた。
「我ら三千文明を一つに導いてください」
「待ってください。俺はそのために来たんじゃありません」
「九千年、我々は争い続けました」
老人が言う。
「同じアグニ様の体内にありながら、思想も文化も異なり、一度も完全な平和を実現できなかった」
「だから、俺に統一してほしい?」
「はい」
周囲から次々と声が上がる。
「法律を一つに」
「宗教を一つに」
「種族間の違いをなくしてください」
「正しい生き方を決めてください」
「創造管理者なら、争いのない世界を作れる」
昔の俺なら、喜んで実行したのだろう。
言語を統一し、価値観を揃え、争う原因をすべて消す。
確かに平和にはなる。
「嫌です」
人々が静まり返った。
「なぜですか?」
「俺が正しい生き方を決めたら、皆さんは俺の命令どおりに生きるだけになる」
「争いはなくなります」
「幸せにもなれますか?」
「それは……」
「俺は、皆さんが何を幸せだと思うか知りません」
老人が顔を上げる。
「でも創造管理者には、すべてを知る力があるのでしょう」
「昔の俺は、知ってるつもりだったみたいです」
相手の望みを聞くより、最も効率の良い答えを与えた。
それで宇宙を九千回も作り直した。
「意見が違えば、話し合えばいい。どうしても一緒に暮らせないなら、距離を置いてもいい」
「それでは完全な統一はできません」
「統一する必要がありますか?」
「一つにならなければ、また争いが起きます」
「一つになっても争う時は争いますよ」
家族候補だけでも十四人。
誰が俺の隣へ座るかで、毎日のように揉めている。
同じ目的を持つアルカたち七人でさえ、捜索区域を巡って艦隊をぶつけた。
「違うまま一緒にいられる方法を探した方がいい」
「見つからなかったら?」
「また考えればいい」
「無責任です」
「そうですね」
俺は認めた。
「でも、一人が全部を決めるよりはましだと思います」
老人は長い間、俺を見つめていた。
やがて周囲の人々へ視線を向ける。
誰も膝をついた姿勢から動かない。
『第二文明圏へ転送する』
アグニの声が響いた。
◇
次の世界では、二つの種族が戦争をしていた。
「どちらが正しいか決めてください」
「分かりません」
さらに別の世界。
資源が不足し、一部の都市だけが豊かに暮らしている。
「富を公平に分配してください」
「住民同士で決めてください」
次は、病気を持つ者を社会から隔離している文明。
「正しい制度を与えてください」
「まず隔離されている人たちの話を聞きましょう」
何度も、同じような問いを投げられた。
正解を決めてほしい。
悪い者を選んでほしい。
誰を救い、誰を切り捨てるか命じてほしい。
俺はそのすべてを断った。
「お前には、何も決められないのか」
アグニの声が低く響く。
「俺一人で決めたくないんです」
『管理者とは、決断する者だ』
「話を聞いて、最後に決断する責任は必要だと思います」
『なら、なぜ決めない』
「今は本人たちが決められる状況だからです」
『争い続けるとしても?』
「止める手助けはします。でも、全員の考えまで同じにするつもりはありません」
『非効率だ』
「昔の俺にも言われました」
『管理を放棄しているだけではないのか』
「そうかもしれません」
俺には完璧な答えなどない。
ただ、勝手に人生を作り変えられたくない気持ちは分かる。
「だから家族評議会を作ります」
『他者へ責任を分散するのか』
「一人で間違えるより、みんなで止め合った方がいい」
『家族が誤った場合は?』
「俺が止めます」
『お前が誤った場合は?』
「家族に止めてもらいます」
しばらく返事がなかった。
やがて世界全体が赤い光に包まれる。
俺は最初の都市へ戻されていた。
先ほど膝をついていた人々が、今度は立ったまま俺を待っている。
老人が一歩前へ出た。
「我々を統一してくださらないのですね」
「はい」
「戦争が起きても?」
「助けを求められれば止めに来ます」
「正しい答えは与えない?」
「一緒に考えることならできます」
老人は隣に立つ別種族の女性を見た。
二人は少し話し合った後、俺へ向き直る。
「ならば我々は、三千文明会議を作ります」
「会議?」
「一つの文明になるのではなく、違う文明のまま話し合う場所です」
「良いと思います」
「創造管理者には、議長をお願いしたい」
「断ります」
「即答ですね」
「俺ではなく、皆さんから選んでください」
老人は初めて笑った。
「本当に支配する気がないらしい」
『確認を終了する』
空に、巨大な目が開いた。
『候補者六百六十六、家族評議会設立へ賛成する』
青い光が世界中へ広がる。
『全候補者の同意を確認』
『緊急分散継承規定の発動条件を達成』
「これで全員助かるのか?」
『まだだ』
「まだ条件があるのか?」
『家族評議会の構成員に欠員が存在する』
「誰が足りない?」
『恒星生命体代表』
「聞いてないぞ」
『今決めた』
「勝手に条件を増やすな!」
『私が賛成する条件だ』
恒星の光が一点へ集まり、人の形を作り始める。
現れたのは、赤い髪を持つ幼い少女だった。
年齢はリリィと同じくらいに見える。
「まさか、アグニ?」
「恒星全体では、お前の部屋へ入れない」
「入るつもりなのか?」
「家族評議会の構成員には、家族関係が必要なのだろう」
「保証者として参加するだけでいいはずだ」
「候補者たちは、リリィとハルをお前の子供として認識している」
少女は俺の前へ来ると、両腕を広げた。
「私も娘として登録しろ」
「どうしてそうなるんだ!」
「拒否するなら、賛成票を撤回する」
「脅迫じゃないか!」
「家族とは、互いの要望を話し合うものだと、お前が教えた」
「話し合いと脅迫は違う!」
少女は首を傾げる。
「では、お願いする」
「言い直しても内容は同じだ」
「父と呼ぶ許可を求める」
リリィに続いてハル。
さらに今度は、三千文明を抱える恒星まで娘になろうとしている。
俺が返事に困っていると、アルカから緊急通信が届いた。
『ユウト、急いで帰還してください』
「何かあったのか?」
『家族評議会設立の情報が全宇宙へ公開されました』
「それが?」
『参加資格を得るため、家族登録申請が殺到しています』
目の前に申請数が表示される。
現在、四十八億件。
しかも一秒ごとに数千万ずつ増えている。
『全宇宙の候補者が、ユウトの家族になりたいと申請しています』
宇宙を支配しないために作った家族評議会は。
設立前から、家族四十八億人の大家族になろうとしていた。
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