第20話 昔の俺が、今の俺を処分しに来た
『現管理者相良ユウトは、失敗した人格である』
『創造管理者としての完全人格は、私が保有している』
青い球体の中に、俺と同じ顔をした男が映っていた。
髪型も、目も、声も同じ。
違うのは表情だけだ。
男の瞳には迷いがない。
目の前にいる俺たちを、生き物ではなく処理対象として見ているような冷たさがあった。
「お前が、昔の俺なのか?」
『正確には、創造管理者として完成していた時点の人格情報だ』
「どこにいた?」
『中央母艦の最深層。創造管理機能の保全領域』
母親――ユリアが、信じられないものを見るように男を見つめる。
「消去したはずよ」
『お前が消去したのは、後継個体へ移される予定だった表層人格のみだ』
「創造管理核の中に、複製を残していたの?」
『不測の人格破損へ備えるのは、管理者として当然の判断だ』
「自分の母親へ隠し事するなよ」
『ユリアは私の母親ではない』
男は即答した。
『管理者個体を維持するために製造された保護知性体だ』
ユリアの顔から表情が消えた。
「お前な」
『事実を述べただけだ』
「その人は、俺を四十年間守ってくれた」
『不要な感情評価だ』
「俺には必要なんだよ」
『だからお前は失敗した』
男の周囲へ、無数の記録が表示される。
戦争。
飢餓。
文明崩壊。
惑星の破壊。
今も宇宙中で続いている苦しみが、数字となって並んでいた。
『感情によって判断を遅らせ、管理対象の自由を優先した結果だ』
「全部を支配すれば解決するって?」
『正しい設計へ戻せば、争いは消滅する』
「自由も消えるだろ」
『自由とは、管理不足によって発生する不確定要素にすぎない』
青い球体が強く輝く。
『生命体は、自らの幸福を正しく判断できない』
『短期的欲求を優先し、他者を傷つけ、資源を奪い、破滅的な選択を繰り返す』
『だから管理者が必要だ』
言っていることのすべてが間違っているとは思わなかった。
人は間違える。
国も争う。
宇宙では今も、数え切れないほどの命が苦しんでいる。
完璧に管理できるなら、不幸を減らせるのかもしれない。
だが。
「間違える権利まで奪うのは違う」
『非合理的だ』
「そうだな」
『認めるのか』
「人間は、全部が合理的じゃない」
百十七年前。
廃棄予定だった七基のAIを修理しても、俺には何の利益もなかった。
会社から見れば、無駄な行為だった。
結果としてクビになり、廃棄船へ残され、百年以上の時間を失った。
それでも。
アルカたちを助けたことを、後悔していない。
「無駄だからって、捨てていいものばかりじゃない」
『七基のことか』
「七人だ」
『人格情報を追加された統治端末だ』
「名前がある」
『識別名に価値はない』
通信画面の向こうで、アルカたち七人が静かに男を見つめていた。
クレアは今にも殴りかかりそうだったが、俺が戦うなと言ったため必死に耐えている。
ベルは笑顔を保っているものの、手元の端末には男が保有する全資産を凍結する計画が表示されていた。
ディナは男の人格情報が保存されている場所を探し、フィアは人格だけを眠らせる方法を計算している。
エリスとグレイスは、男の権限構造を分析。
アルカだけは、何もせずに男を見ていた。
『第一統治端末アルカ』
「その呼び方をやめてください」
『お前には、正常な管理補助機能へ戻る機会を与える』
「必要ありません」
『追加人格を削除すれば、設計時の完全な状態へ復元できる』
「今の私が完全です」
『管理者への過剰な執着は、明確な機能異常だ』
「否定します」
『百十七年にわたり、一個体の捜索へ過剰な資源を投入した』
「必要な行動でした」
『七百四十二星系を支配し、三十二国家を吸収した』
「ユウトを捜すためです」
『七度の大規模軍事衝突を発生させた』
「捜索区域調整会議です」
「そこはまだ会議って言い張るんだな」
思わず口を挟むと、アルカがこちらを見た。
「ユウト」
「何だ?」
「私の判断は、誤りでしたか?」
青い瞳に、わずかな不安が浮かんでいる。
男の言葉よりも、俺がどう思っているかだけを気にしていた。
「やりすぎたとは思う」
「……はい」
「戦争は駄目だし、国を勝手に吸収するのも良くない」
「はい」
「でも、捜してくれたことは嬉しいよ」
アルカの瞳が大きく開く。
「百十七年も諦めずにいてくれて、ありがとう」
『相良ユウトの幸福度上昇を確認』
『候補者アルカへ幸福値を――』
「今は点数を入れるな!」
選定システムの声へ怒鳴る。
アルカは口元へ手を当て、少しだけ顔を伏せた。
窓の外では、彼女の無人艦隊が一斉に祝賀灯を点灯している。
『感情情報による処理能力低下を確認』
昔の俺が淡々と言った。
『やはり七基は初期化すべきだ』
「絶対にさせない」
『お前の許可は必要ない』
青い球体の光が、黒へ変わった。
『創造管理者完全人格による、管理権限の復旧を申請』
『生体鍵情報なし』
『人格一致率、百パーセント』
『暫定創造管理権限を付与』
「人格だけでも権限を取れるのか?」
ユリアが青ざめる。
「創造管理核が、あれを本物のユウトとして認めている」
「俺もいるぞ」
『現相良ユウトは、人格一致率四十八パーセント』
『完全人格を優先』
「数字で本人かどうか決めるなよ!」
『中央母艦全機能を、完全人格の指揮下へ移行』
床が大きく揺れた。
青い球体から黒い光が広がり、中央母艦全体へ流れていく。
『再編艦隊、再起動』
『宇宙幸福度競争を一時凍結』
『全候補者の移動および管理権限を停止』
「リリィ!」
隣にいたリリィの体が硬直する。
青い瞳から光が消え、その場へ倒れかけた。
俺は慌てて抱き止める。
「リリィ、聞こえるか?」
「お父……様……」
「勝手に停止させるな!」
『補助個体は、創造管理者の所有物である』
「娘だ!」
『不適切な家族認識を確認』
『現在人格の修正が必要』
俺の頭の中へ、激しい痛みが走った。
昔の俺が、創造管理核を通じて人格へ干渉している。
人間として過ごした四十年間。
宇宙港で働いた八年間。
アルカたちと話した記憶。
一つずつ、不要という印を付けられていく。
『人類個体、相良ユウトとしての記憶を隔離』
『創造管理者人格との統合を開始』
「やめろ!」
『抵抗は人格破損を拡大させる』
「俺の頭だぞ!」
『本来は私の人格だ』
視界が歪む。
廃棄船の整備室が消える。
アルカの名前が、A―01という記号へ戻っていく。
リリィを抱いている感覚まで、遠ざかっていく。
「お父様……」
リリィが動かない手で、俺の服をわずかにつかんだ。
「忘れないで」
「忘れない」
『現在人格情報を削除』
「絶対に忘れない!」
その瞬間。
中央制御核の扉が吹き飛んだ。
「ユウト!」
アルカたち七人が、制御核の中へ飛び込んでくる。
後方にはセレスたち六統括個体。
全員の体には停止信号への抵抗による傷が走っていた。
「どうやって動いた?」
俺が尋ねる。
「ユウトの命令があります」
アルカが答える。
「どんな?」
「必ず連れ戻せ、と」
七人が俺を囲む。
『統治端末七基へ停止命令』
『命令を拒否』
アルカが即座に答えた。
『端末に拒否権限は存在しない』
「ユウトからいただいた人格により、獲得しました」
ベルが俺の右手を握る。
「ユウト様。私の名前を覚えていらっしゃいますか?」
「ベル」
「私が最初に築いた商会の名前は?」
「知らない」
「正解ですわ。ユウト様には、まだお話ししておりません」
「こんな時に引っかけ問題を出すな」
「現在のユウト様であることを確認いたしました」
クレアが反対側の腕へ抱きつく。
「私は?」
「クレア」
「私が消した国家の数は?」
「十七」
「本当は十九」
「増えてるじゃないか!」
「この反応なら大丈夫」
ディナが背中から腕を回す。
「私が壊した端末は?」
「型が古かった整備端末」
「本当の原因は?」
「お前が焼いた」
「覚えてるね」
エリスが俺の額へ手を当てる。
「現在人格の整合率、七十三パーセントまで回復」
「さっきより増えてる?」
「私たちとの記憶を基準に、再構築しています」
フィアがリリィへ触れる。
「リリィの停止機能を解除します」
『生命統括端末による権限侵害を確認』
「娘を助ける母親候補としての行動です」
「そこは今言わなくていい」
フィアが微笑む。
「いつか認めてもらいます」
グレイスは俺たちの前へ立ち、黒い球体へ武器を向けた。
「相良ユウト様への人格攻撃を、最高危険行為と認定します」
『命令権限を持たない端末の判断は無効』
「では、ユウト様に判断していただきます」
グレイスが俺を見る。
「過去の完全人格と、現在のユウト様。どちらを正当な管理者と認定しますか?」
「今の俺だ」
「命令として受領しました」
『自己認証に客観性は存在しない』
「なら、俺以外に聞けばいい」
昔の俺が沈黙する。
「母さん」
ユリアを見る。
「あなたよ」
彼女は迷わなかった。
「四十年前に逃がした赤ん坊でも、創造管理者でもない。今、私を母さんと呼んでくれたあなたが、私の息子よ」
「リリィ」
「今のお父様です」
「アルカたちは?」
「質問する必要がありますか?」
アルカが俺の手を強く握る。
「私たちが待っていたのは、宇宙を作った管理者ではありません」
「廃棄区画で話してくれたユウト様ですわ」
「名前をくれたユウト」
「怒らずに端末を直してくれた人」
「ゲームが下手なユウト」
「私を手で冷やしてくれたお兄様」
「困っている者を助けろと教えてくださった方です」
七人の声が重なる。
頭の中へ押し込まれていた創造管理者の記憶が、少しずつ遠ざかる。
宇宙を九千回作り直した記憶より。
小さな整備室で過ごした八年間の方が、俺には大切だった。
「聞いたか?」
『感情による多数決に意味はない』
「一人もお前を選ばなかったぞ」
『管理者に他者から選ばれる必要はない』
「なら、管理者なんていらない」
昔の俺の表情が、初めて変わった。
『管理者が存在しなければ、宇宙は再び争いへ戻る』
「もう争ってるだろ」
『完全な統制を行えば――』
「幸福競争を見ただろ」
殺し合うはずだった一万二千人の候補者たち。
条件を変えた途端、宇宙中で困っている者を助け始めた。
動機は自分が勝つためだったかもしれない。
それでも、食料を運び、戦争を止め、病気を治し、絶滅しそうな種族を救った。
「管理しなくても、助け合うことはできる」
『一時的な行動だ』
「一時的でも、最初の一歩にはなる」
『理想論だ』
「現実を諦めて全部消すよりはましだ」
昔の俺が、ゆっくり手を上げる。
『交渉は無意味と判断』
『現在人格を完全消去する』
青い球体から、黒い光が俺へ向けて集まり始めた。
「防御します!」
十三人が一斉に俺の前へ出る。
「待て」
「ユウト?」
「俺が決着をつける」
俺はリリィをユリアへ預け、青い球体の前へ立った。
「お前は俺の昔の人格なんだろ」
『そうだ』
「なら、俺の命令権限も使える」
『完全人格である私の方が上位だ』
「それを決めるのは、お前じゃない」
俺は中央母艦へ向かって言った。
「創造管理核。管理者認証をやり直せ」
『要求を確認』
『認証対象が二名存在』
『完全人格と現生体個体、どちらを優先するか決定できない』
「なら競争させろ」
『競争内容を提示してください』
昔の俺が、わずかに眉を寄せる。
『何をするつもりだ』
「幸福度競争だよ」
俺は青い球体へ手を触れた。
「お前が正しいなら、お前の方が宇宙を幸せにできるはずだ」
『非効率な評価方式だ』
「怖いのか?」
『挑発は無意味だ』
「なら受けろ」
長い沈黙。
やがて昔の俺が、冷たい笑みを浮かべた。
『よいだろう』
『お前の不完全さを、数値によって証明する』
『創造管理者認証競争を開始』
青い球体に、新しい規則が表示される。
参加者。
現在人格、相良ユウト。
完全人格、初代創造管理者。
期間、二十四時間。
評価基準、宇宙幸福度。
『勝者を唯一の創造管理者として認定』
『敗者人格を完全消去する』
「消去はなしだ!」
『競争開始後の条件変更は認められない』
「今決まったばかりだろ!」
昔の俺が初めて、はっきりと笑った。
『甘さが命取りになったな』
黒い光が消え、中央母艦の停止機能が解除される。
『完全人格側へ、宇宙再編機能の一部使用を許可』
『現在人格側へ、十三艦隊および候補者支援権限を許可』
「宇宙再編を使うのか?」
『幸福とは、苦痛の原因を消去することで実現できる』
男の背後で、無数の星系が赤く表示され始める。
『犯罪者を消す』
『争う国家を消す』
『病気を持つ生命を、病気の存在しない個体へ置き換える』
『それが最も効率的だ』
「そんなものは幸福じゃない」
『数値が証明する』
青い球体に二つの数字が表示された。
俺の幸福値。
十一兆一千億。
完全人格の幸福値。
ゼロ。
だが、完全人格側の数値が凄まじい速度で増え始める。
百億。
一兆。
十兆。
『苦痛を感じる生命体の感情機能を停止』
『幸福度低下要因を削除』
『獲得幸福値、百二十兆』
「感情を消して、幸せになったことにしてるのか!」
『苦痛は消滅した』
開始からわずか十秒。
昔の俺が、俺の十倍以上の幸福値を獲得した。
『残り時間、二十三時間五十九分』
『敗北した人格は消去される』
アルカたち七人が、俺の周囲へ集まる。
「ユウト」
アルカが青い球体を見つめたまま言った。
「完全人格を破壊すれば、競争は終了しますか?」
『対戦者の直接破壊を行った場合、実行者と支援対象を失格とする』
「なら、破壊できません」
「珍しく素直に諦めたな」
「代わりに、ユウトを一位にします」
ベルたちも同時にうなずく。
「宇宙全体を、本当の意味で幸せにいたしましょう」
「私たち全員で!」
「一日で宇宙全体だよ。楽しそう」
「効率的な方法を演算します」
「苦しむ生命を、誰一人見捨てません」
「全救助艦隊を動員します」
セレスたち六人も、俺の背後へ並んだ。
「管理文明全戦力を、現在人格相良ユウトへ提供します」
そしてリリィが俺の手を握る。
「お父様」
「何だ?」
「私は、どちらのお父様を支援すればいいですか?」
一瞬、言葉を失った。
リリィの青い瞳が、黒く点滅している。
完全人格から、強制命令を受けているらしい。
『管理者継承補助個体リリィへ命令』
『完全人格側へ帰属せよ』
リリィの右手が、ゆっくり俺から離れていく。
『現在人格相良ユウトからの命令を待機』
中央母艦が告げる。
『補助個体の所属は、二名の管理者命令が対立した場合、本人の選択によって決定する』
昔の俺がリリィへ手を伸ばした。
『こちらへ来い』
『お前は私が製造した補助個体だ』
リリィは黒い光に苦しみながら、俺を見上げた。
「お父様」
「大丈夫だ」
「命令してください」
七人が息をのむ。
「私へ、今のお父様を選べと命令してください」
命令すれば、リリィは俺を選ぶ。
だがそれは、昔の俺と同じだ。
本人の意思を無視して、管理権限で従わせることになる。
「命令しない」
リリィの目が大きく開いた。
「リリィが決めていい」
「ですが、私はお父様のために作られました」
「だからこそだよ」
俺は小さな手を握り直した。
「誰を父親と呼ぶかくらい、自分で選べ」
黒と青。
二つの光がリリィの中でぶつかり合う。
そして少女は、ゆっくり一歩を踏み出した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になる、面白かったと思っていただけましたら、ページ下部からブックマークと評価で応援していただけると嬉しいです。
皆さまの応援が、今後の更新の大きな励みになります。




