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第19話 母の姉から求婚されたので、まず理由を聞くことにした



『私を、あなたの妻にしなさい』


 宇宙幸福度ランキング第二位。


 候補者番号一の女性は、全宇宙へ向けた映像の中で穏やかに微笑んでいた。


「姉さん!?」


 母親が勢いよく立ち上がる。


 その声が合図になったように、中央制御核へ到着した十三人も一斉に反応した。


「婚姻要求を拒否します」


 アルカが即答する。


「ユウト様の意思確認すらせずに妻を名乗るなど、契約として成立いたしませんわ」


 ベルが笑顔のまま、相手の所有資産を調べ始めた。


「どこにいるの? 今から話をしに行く」


 クレアが拳を鳴らす。


「殴るのは禁止だぞ」


「まだ話すだけ」


「拳を鳴らしながら言うな」


「候補者番号一の現在位置を特定したよ」


 ディナが帽子の下で笑う。


「転送妨害、通信遮断、逃走経路の封鎖。どれからやる?」


「何もやらなくていい」


「対象の精神状態を分析」


 エリスの周囲に数式が浮かぶ。


「発言時の感情反応に虚偽はありません。候補者番号一は、本気でユウトとの婚姻を希望しています」


「余計な確認をするな」


「お父様の配偶者候補は、すでに十三名います」


 リリィが俺の服を握った。


「増員は不要です」


「七人と六人を勝手に確定するな」


 セレスたち六人も、黙ってはいなかった。


「中央母艦によって選定された私たちを差し置き、外部候補が婚姻を要求する権利はありません」


 セレスが剣の柄へ手を置く。


「権利があればいい問題でもない」


「恒星を千個ほど贈れば、諦めるでしょうか」


 生産統括個体ノアが尋ねる。


「相手は幸福値二位だぞ。恒星くらい持ってるだろ」


「では銀河を一つ」


「贈り物の規模を上げるな」


「婚姻履歴を含む全記録を調べます」


 記録統括個体ミラが眼鏡を押し上げる。


「過去十二億年間、正式な配偶者は存在しません」


「正式ではない関係は?」


 ベルが鋭く尋ねる。


「二百八十一件」


 室内の空気が変わった。


 映像の女性が慌てて手を振る。


『待ちなさい。すべて外交上の偽装関係です』


「二百八十一回も?」


 母親の声が低くなる。


『ユリア。今は昔の話をしている場合ではありません』


「母さん、ユリアっていうのか?」


「そうよ」


 母親――ユリアは、少し気まずそうに俺を見た。


「名乗る機会がなかったわね」


「そっちの人は?」


『ソフィアです』


 映像の女性が優雅に頭を下げる。


『先代最高管理者ユリアの姉。管理文明創設時より、宇宙間外交を担当していました』


「つまり、俺にとっては伯母?」


『血縁という概念を使用するのであれば、その認識で正しいです』


「伯母が甥に結婚を申し込むのは正しいのか?」


『管理者種に遺伝的な血縁制限はありません』


「気持ちの問題を聞いてるんだけど」


『問題ありません』


「俺にはある」


 ソフィアの笑顔がわずかに固まった。


 背後では、アルカたちが満足そうにうなずいている。


「ユウトが拒否しました」


「婚姻要求は終了ですわね」


「艦隊を戻していい?」


「クレア、いつの間に出した?」


「半分だけ」


「全部戻せ」


『説明を最後まで聞きなさい』


 ソフィアの声が少し強くなる。


『婚姻は、私の個人的希望だけではありません』


「個人的希望も入ってるんだな」


『否定はしません』


「そこは否定してくれ」


 ソフィアが手を動かすと、青い球体に創造管理者選定の規則が表示された。


『現創造管理者と次期候補者が婚姻関係を結んだ場合、両者は共同管理者として扱われます』


「共同管理者?」


『二名の合意があれば、選定規則そのものを変更できます』


「今の俺一人では変更できないのか?」


『あなたの創造管理者人格は、四十八パーセントしか復旧していません。単独では三つの条件を追加することしかできない』


「だから、管理者になったソフィアと結婚すれば、選定を終わらせられる?」


『正確には、創造管理者制度そのものを廃止できます』


 室内が静かになった。


 俺が管理者を辞める。


 リリィや他の誰かへ押しつけるのではなく、宇宙を支配する役職自体をなくす。


 それができるなら、確かに一番いい。


「結婚以外の方法は?」


『共同管理者として認められる関係は、配偶者のみです』


「誰がそんな規則を作った?」


 ソフィアとユリアが、同時に俺を見た。


「昔の俺か……」


『創造管理者が、自分以外の存在を最も信頼した証として設定しました』


「昔の俺、面倒な仕組みを残しすぎだろ」


「お父様」


 リリィが手を上げる。


「私を配偶者として登録することはできませんか?」


「娘だろ!」


「共同管理者になるためです」


「駄目だ」


「即答されました」


「当たり前だ!」


 七人はリリィが却下されたことへ安心しつつ、今度は自分たちが名乗り始めた。


「婚姻関係が必要であれば、私が登録します」


 アルカが一歩前へ出る。


「ユウト様との共有資産規模で判断すれば、私が適任ですわ」


「強い妻の方が安心だよ」


「正式じゃなくてもいいって言ったけど、必要なら結婚するよ」


「お兄様の健康を永久に管理できます」


「共同管理効率では、私が最適です」


「法的手続きは銀河防衛機構が即時承認します」


「全員黙れ!」


 セレスたち六人まで手を上げ始める。


「中央母艦の制度上、私たち六名にも資格があります」


「増えるな!」


「十四名の中から選択してください」


 エリスが一覧を表示する。


「今すぐ選ばない!」


『残念ながら、時間はあまりありません』


 ソフィアの表情から笑みが消えた。


「どういう意味だ?」


『幸福度競争には、公開されていない規則が存在します』


 青い球体の表示が切り替わる。


『創造管理者選定とは、本来、最も優秀な一個体だけを残すための制度です』


「殺し合いは止めたぞ」


『殺害は禁止されました。しかし、敗者処分の規則は残っています』


 候補者数。


 一万二千八百八十一。


 その数字の横に、赤い文字が表示された。


『選定終了時、創造管理者に選ばれなかった候補者の管理権限および人格情報を回収する』


「人格情報を回収?」


 リリィが小さく息をのむ。


「それは、個体人格の消去を意味します」


 エリスが答えた。


 候補者たちは殺し合わなくてよくなった。


 しかし一年後。


 勝者以外は、選定システムによって消される。


「どうして今まで黙ってた?」


『候補者全員へ、選定開始時に通知されています』


「俺には?」


『あなたは現管理者であるため、敗者処分の対象外です』


「だから他の候補者が、ソフィアへ幸福値を集めてるのか」


『ええ』


 ソフィアがうなずく。


『一万二千八百七十九名は、自分たちの幸福値を私へ集約する代わりに、私が管理者となった後、制度を廃止することへ同意しました』


「リリィを除いた全員が?」


『リリィは、あなたを引退させるため自分が勝つと宣言しましたから』


 俺は隣にいる小さな少女を見た。


「知ってたのか?」


「はい」


「自分が負けたら消えることも?」


「はい」


「どうして言わなかった?」


「お父様が知れば、創造管理者を続けると判断する可能性が高いためです」


「当たり前だろ!」


 俺は思わず声を上げた。


「自分が消えてまで、俺を引退させようとするな!」


「お父様が幸せになるのであれば、私は――」


「俺はリリィが消えたら幸せじゃない!」


 リリィの目が大きく開く。


『相良ユウトの幸福度変動を確認』


『候補者リリィへの感情価値を測定』


『候補者リリィの幸福値、大幅上昇』


「今は点数の話をするな!」


 ランキングが更新される。


 一位、相良ユウト。


 七兆三千億。


 二位、リリィ。


 六兆九千億。


 三位、ソフィア。


 五兆六千億。


「また近づいた……」


『相互幸福効果により、相良ユウトの幸福値も上昇』


 一位、相良ユウト。


 十一兆一千億。


「また俺も増えるのか!」


 ソフィアが額へ手を当てた。


『本当に厄介な親子ですね』


「誰のせいだと思ってるんだ」


『ですから、私を妻として登録し、制度を廃止するのが最も早いのです』


「仮の登録でもいいのか?」


 十三人の表情が一斉に変わった。


『制度上、婚姻の有効性が認められれば可能です』


「なら、制度を消した直後に離婚すれば――」


「反対します」


 アルカの声が響く。


「偽装であっても、ソフィアがユウトの最初の妻として記録されます」


「記録上の順位は重要ですわ」


「一回結婚した事実は消えないよ」


「私たち全員が先に結婚すれば公平」


「公平じゃない!」


 話がまたおかしな方向へ進み始める。


 その時。


 青い球体から、今までとは違う警告音が鳴った。


『幸福値集約率、規定値へ到達』


『候補者数が多すぎるため、選定期間を短縮』


「一年じゃなかったのか?」


『最終選定を開始』


『終了まで、二十四時間』


 候補者たちの名前に、赤い光が灯る。


『二十四時間後、幸福値一位を次期創造管理者へ任命』


『その他すべての候補者を回収する』


 一年あったはずの時間が、たった一日へ変わった。


 しかも現在の一位は、俺だ。


「俺が一位のままだったら?」


『現創造管理者の続投を決定』


『全候補者は不要と判断し、回収する』


 リリィを含む、一万二千八百八十名が消される。


「ソフィア」


『はい』


「結婚以外に制度を止める方法を、二十四時間以内に探す」


『見つからなければ?』


「その時は――」


 答えようとした瞬間。


 中央母艦全体が大きく揺れた。


『候補者番号不明による、選定システムへの侵入を確認』


「番号不明?」


『登録されていない新規候補者が、外部から参加を要求』


 青い球体に、黒い人影が表示される。


『要求内容』


『相良ユウトおよび全候補者の幸福値を無効化』


『創造管理者選定を最初からやり直す』


 母親――ユリアの顔色が変わった。


「この信号……」


「知ってるのか?」


「姉さんでも、独立派でもない」


 黒い人影が、ゆっくり顔を上げた。


 そこには俺とまったく同じ顔があった。


『現管理者相良ユウトは、失敗した人格である』


『創造管理者としての完全人格は、私が保有している』


 封印されたはずの過去の俺。


 宇宙を九千回以上作り直した創造管理者の人格が、独立した存在として選定へ参加してきた。


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