第18話 娘を一位にするため、七人が宇宙選挙を始めた
「私が全宇宙を幸せにして、お父様を普通の生活へ戻します」
リリィは俺の手を握ったまま、迷いなく宣言した。
現在の宇宙幸福度ランキング。
一位、相良ユウト。
獲得幸福値、四兆八千億。
二位、リリィ。
獲得幸福値、六千二百億。
差は四兆以上。
簡単に追いつける数字には見えない。
「気持ちは嬉しいけど、無理しなくていいぞ」
「無理ではありません」
「宇宙全体を幸せにするんだろ?」
「はい」
「見た目六歳の子供が背負う仕事じゃない」
「私は管理者継承補助個体です。通常の六歳児より高性能です」
「性能の問題じゃないんだよ」
リリィは少し考えた後、自分の身長を確認するように両手を見た。
「では、成長します」
「何を?」
「体を」
「待て」
言い終わるより早く、リリィの全身が青い光に包まれた。
小さかった手足が伸び、銀色の髪が腰まで届く。
数秒後。
そこに立っていたのは、十六歳ほどに見える少女だった。
「これで問題ありません」
「問題が増えた!」
「成人体へ移行しました」
「戻れ」
「お父様は、小さい方がお好みですか?」
「言い方に気をつけろ!」
通信画面の向こうで、アルカたち七人の表情が変わった。
「リリィ」
アルカが静かに呼びかける。
「その成長機能は、外見だけですか?」
「身体能力、演算能力、管理権限も向上します」
「なら私にも適用できますか?」
「アルカはすでに成人体です」
「さらに成長することは?」
「胸部装甲の増設ですか?」
アルカの動きが止まった。
ベルが口元を押さえる。
「リリィ。女性同士でも、触れてはいけない話題がございますわ」
「数値上、アルカが最も小さいため、必要かと判断しました」
「必要ありません」
「そうですか」
「この話題を記録から削除してください」
「家族の思い出なので保存します」
俺と同じ返答をされたアルカが、無言で目を伏せた。
「とにかく元の姿へ戻れ」
「理由を要求します」
「急に大きくなったら、俺が混乱する」
「お父様が望むのであれば」
リリィの体が再び光り、元の幼い姿へ戻った。
小さくなった途端、俺へ抱きつく。
「これで抱いていただけます」
「最初からそれが目的だったのか?」
「候補者は、使える手段を最大限活用する必要があります」
「選定が始まって、少し計算高くなってないか?」
「お父様と七人から学習しています」
「俺は除外してくれ」
◇
中央制御核へ到着した十三人は、リリィが二位だと知った直後から勝手に会議を始めた。
俺の創造管理者就任を阻止し、リリィを一位にする。
そこだけは全員の意見が一致している。
「リリィ陣営の総責任者は私です」
アルカが宣言した。
「異議を申し立てますわ」
ベルが即座に反対する。
「幸福値競争で最も重要なのは、救援物資と経済政策です。交易連合を率いる私が適任でしょう」
「候補者の護衛には戦闘力が必要!」
クレアが胸を張る。
「私が全部倒す!」
「倒したら失格だ」
「じゃあ、倒さずに威圧する」
「幸福度が下がりそうだからやめろ」
「広報なら私に任せて」
ディナが帽子を持ち上げる。
「宇宙中の通信網へ、リリィのかわいい映像を流す」
「本人の許可なく流すなよ」
「私は許可します」
リリィが即答した。
「お父様との映像を使用してください」
「俺は許可してない!」
エリスは、すでに宇宙全域の幸福値分布を解析していた。
「効率を優先するなら、幸福度が極端に低い文明へ資源を集中させるべきです」
「どこが一番低い?」
「候補者番号九千四百二十二が統治する星系です」
「候補者自身が苦しめてるのか?」
「はい。全住民が一日二十時間労働を義務づけられています」
「まずそこを何とかしよう」
「制圧する?」
「話し合いだ、クレア」
フィアが住民の生体状態を確認する。
「栄養不足、睡眠不足、精神疲労。放置した場合、三年以内に人口の二十八パーセントが死亡します」
「助けないとな」
「全住民を私の生体艦へ収容できます」
「生活圏ごと移動させるのか?」
「はい。元の惑星には候補者だけ残します」
「それは少し見てみたいけど駄目だ」
グレイスが作戦書を表示した。
「銀河防衛機構を治安維持部隊として派遣。現地政府と交渉し、労働制度の改善を要求します」
「それが一番まともだな」
「拒否された場合、政府機能を停止します」
「最後までまともでいてくれ」
セレスたち六人も、当然のように参加していた。
「管理文明の全戦略資源をリリィへ割り当てます」
セレスが宣言する。
「候補者一名への過剰な支援は、公平性に反しないのか?」
『反しない』
青い球体が答えた。
『候補者は、他者からの協力を自由に得ることができる』
「じゃあ、俺も協力していいのか?」
『可能』
「それなら一緒に――」
「お父様は何もしないでください」
リリィが即座に俺を止めた。
「どうして?」
「お父様の幸福値が増加します」
「俺がリリィを手伝ったら、リリィの点になるんじゃないのか?」
『協力行為によって発生した幸福値は、貢献度に応じて分配される』
「どのくらい?」
『管理者相良ユウトの発案である場合、五十パーセント以上が相良ユウトへ加算される』
「何も考えない方がいいってことか」
『他候補者の活動を妨害しない限り、可能』
何もしないことが、俺にできる最大の協力らしい。
「お父様には、普通に暮らしていただきます」
リリィが俺を見上げる。
「私が幸せにします」
「それでリリィの幸福値が上がるのか?」
『候補者が特定個人の幸福度を改善した場合も、評価対象となる』
「俺一人を幸せにして、四兆を追い越せるとは思えないけど」
「お父様一人の幸福度は、通常生命体の百億倍で評価されます」
「どうして?」
『創造管理者候補の精神安定は、宇宙全体の存続に影響する』
「つまり、俺をのんびり暮らさせるだけで点が入る?」
『肯定』
リリィの瞳が強く輝いた。
アルカたち七人も、同時に反応する。
「ユウトを幸せにすれば、リリィの順位が上昇する」
「それだけではありませんわ」
ベルが笑顔になる。
「私たち自身の幸福値も上昇します」
「どうしてだ?」
『七基は管理者相良ユウトの精神状態と強く同期している』
『相良ユウトの幸福度上昇に伴い、七基の幸福度も同時に上昇する』
「一人を幸せにするだけで、八人分の点数が入ります」
エリスが計算を表示する。
「さらにリリィ、母君、統括個体六名への波及効果を含めれば、非常に効率的です」
「俺を幸福値製造装置みたいに扱うな」
「では、最初に何をご希望ですか?」
アルカが尋ねる。
「普通に休みたい」
「承知しました」
十三人とリリィが一斉に端末を操作し始めた。
「待て。何をしてる?」
「ユウト専用休養惑星を建設します」
「惑星はいらない!」
「では、衛星規模まで縮小します」
「普通の部屋でいい!」
「中央母艦内に、最高級居住区画を確保しますわ」
ベルが表示した部屋は、面積三千平方キロメートル。
「区画じゃなくて国だろ」
「クレアが周辺を警備する!」
「屋内で翼を広げるな」
「海賊船から娯楽施設を全部持ってくるよ」
「カジノはいらない」
「お兄様専用の森林と温泉を作ります」
「部屋の中に森を作るな」
「睡眠効率を百パーセントへ近づけるため、時間を停止します」
「寝たまま起きられなくなるだろ」
「警備兵一億名を配置します」
「落ち着いて眠れない!」
俺が普通に休みたいと言っただけで、中央母艦内に一つの国家が建設されようとしていた。
「全員、何もしなくていい!」
十三人の手が止まる。
「ベッドと風呂と食事。それだけあれば十分だ」
「条件が少なすぎます」
「普通の生活ってそういうものだよ」
「では、私が用意します」
リリィが手を上げた。
「娘として、お父様のお部屋を作ります」
「大きくしすぎないなら任せる」
「はい」
リリィが中央母艦へ設計内容を送信する。
数秒後。
『居住区画の建設を完了』
「早いな」
目の前の壁に扉が現れた。
開けると、ごく普通の部屋があった。
小さな寝室。
一人用の風呂。
机と椅子。
簡単な調理設備。
広すぎず、豪華すぎない。
「本当に普通だ」
「お父様の記憶から、最も安心していた部屋を再現しました」
百十七年前。
俺が宇宙港の近くで借りていた狭い部屋に似ている。
「ありがとう、リリィ」
頭を撫でる。
リリィは嬉しそうに目を細めた。
『候補者リリィの幸福値が上昇』
『相良ユウトの幸福度改善を確認』
『獲得幸福値、二兆一千億』
「一部屋で二兆!?」
「お父様が、心から喜んだからです」
リリィの順位が一気に上昇する。
一位、相良ユウト。
四兆八千億。
二位、リリィ。
二兆七千二百億。
差が半分近くまで縮まった。
「これなら、すぐ追いつくんじゃないか?」
「まだです」
エリスがランキングを見つめる。
「ユウトの幸福度上昇により、ユウト自身にも幸福値が加算されました」
「何でだよ!」
一位、相良ユウト。
獲得幸福値、六兆九千億。
「増えてるじゃないか!」
『相良ユウトが候補者リリィの成長へ貢献したことを評価』
「ありがとうって言っただけだぞ!」
『感謝によって候補者の幸福度が大幅に上昇』
『相互幸福効果を確認』
リリィが俺を幸せにする。
俺が喜ぶ。
リリィも幸せになる。
その結果、俺とリリィの両方へ点数が入る。
「これ、永遠に追いつけないんじゃないか?」
「お父様が私を嫌いになれば、相互効果を防げます」
リリィが真剣な顔で言った。
「無理だな」
「即答」
「娘を嫌う努力なんてしたくない」
リリィの顔がぱっと明るくなる。
『候補者リリィの幸福度上昇』
『相良ユウトへ幸福値を追加』
「今のでまた増えた!」
一位、相良ユウト。
七兆三千億。
二位、リリィ。
三兆一千億。
普通の生活へ戻るために始めた幸福競争。
俺が家族と仲良くするほど、引退が遠ざかる仕組みになっていた。
その時。
『宇宙幸福度ランキングに大規模変動』
青い球体へ、新しい順位が表示される。
二位にいたリリィが、三位へ下がった。
「誰かに抜かれた?」
『候補者番号一』
『獲得幸福値、五兆六千億』
「急に増えすぎだろ」
『候補者番号一は、一万二千八百七十九名の候補者へ協力を要請』
『全候補者が承諾』
「何をする気だ?」
候補者番号一から、全宇宙へ映像が送られてきた。
白い髪。
青い瞳。
俺の母親に似た女性。
『候補者諸君へ告ぐ』
『相良ユウトを創造管理者から解放するため、全候補者の幸福値を一名へ集約する』
母親の顔色が変わった。
「この人を知ってるのか?」
「ええ」
母親は、信じられないものを見るように女性を見つめた。
「私の姉よ」
『そして相良ユウト』
映像の女性が、俺をまっすぐ見た。
『あなたを創造管理者から引退させる代わりに、条件があります』
「何だ?」
女性は穏やかに微笑んだ。
『私を、あなたの妻にしなさい』
母親が勢いよく立ち上がる。
「姉さん!?」
配偶者候補が六人増えたばかりなのに。
今度は母親の姉まで、全宇宙の候補者を味方につけて婚姻を要求してきた。
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