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第17話 殺し合いを禁止したら、全宇宙で善行競争が始まった



『現管理者相良ユウトが完全復旧を拒否したため』


『新たな宇宙の管理者を選定する』


『候補者数、一万二千八百八十一』


 青い球体の中に、無数の人影が表示されていた。


 人間に近い姿。


 何本もの腕を持つ巨大生物。


 都市そのものが移動しているような機械生命体。


 一つの恒星を覆い尽くす、黒い霧のような存在。


 候補者の大半は、どう見ても俺一人でどうにかできる相手ではない。


「最後の一人になるまで戦うって、本気なのか?」


「ええ」


 母親は青ざめた顔でうなずいた。


「創造管理者には、宇宙全体を守れるだけの力が必要だと考えられていたの。だから候補者同士を戦わせ、最後まで生き残った個体へ全権限を与える」


「誰がそんな馬鹿な仕組みを作ったんだ」


 母親が目を逸らした。


「……昔のあなた」


「また俺か!」


 過去の俺は、どうして何でも力で解決しようとするのか。


 宇宙を何度も作り直し、文明を気軽に初期化し、今度は後継者候補を殺し合わせる。


 昔の記憶を取り戻さないと決めた判断は、間違っていなかった気がする。


『第一次選定を開始』


『候補者間の位置情報を公開』


『全候補者へ、創造兵装の使用権限を付与』


「待て!」


 俺の声と同時に、青い球体から宇宙全体へ光が広がった。


 候補者たちの周囲へ、巨大な兵器が次々と出現していく。


 惑星を切断する剣。


 星系を飲み込む黒い穴。


 時間そのものを止める装置。


 名前を見ても使い方が想像できないものまである。


「全選定を停止しろ!」


『命令を拒否』


「また拒否か!」


『後継者選定は、創造管理者不在時の最優先処理である』


「俺はまだここにいるだろ!」


『人格復旧率、四十八パーセント』


『完全な創造管理者とは認定できない』


「半分近く戻ってるなら、少しくらい言うことを聞け!」


『一部条件の追加は可能』


「条件?」


『現管理者は、候補者選定に三つまで追加条件を設定できる』


 完全に止めることはできなくても、条件は変えられる。


 なら、方法はあるかもしれない。


「一つ目。候補者同士の殺害を禁止」


『条件を確認』


『殺害を行った候補者は、即時失格』


 青い球体から、新たな光が放たれた。


 候補者たちへ与えられていた兵器の一部が、一斉に停止する。


「二つ目。候補者以外の生命や文明を傷つけることも禁止」


『条件を確認』


『民間生命、惑星、恒星、文明圏への攻撃を禁止』


「これで戦えないだろ」


「甘いわ」


 母親が首を横へ振った。


「殺さず、文明を傷つけずに、相手だけを無力化する方法はいくらでもある」


 青い球体へ視線を戻す。


 候補者たちは、すでに新しい条件へ対応し始めていた。


 対象の記憶だけを消す装置。


 永久に別空間へ閉じ込める装置。


 体の自由を奪い、永遠に命令へ従わせる兵器。


「余計に怖くなってるぞ!」


『候補者三百二十一名が、精神支配兵装を選択』


『候補者八十九名が、時間停止領域を展開』


『候補者一名が、宇宙全体の生命を眠らせる準備を開始』


「誰だ、最後の奴!」


「生命統括候補の一人です」


 フィアが表示を確認する。


「少し興味があります」


「対抗しなくていい」


 頭の中へ、アルカたちの声が届いた。


『ユウト』


「アルカ、そっちの状況は?」


『中央制御核への通路を確保しました。まもなく到着します』


「候補者が動き始めてる。艦隊は防御に専念してくれ」


『全候補者を先に停止させる方が効率的です』


「攻撃は禁止だ」


『攻撃ではありません。管理権限による拘束です』


「永遠に閉じ込めるのも禁止する」


『……承知しました』


 明らかに不満そうだった。


 七人に任せれば、一万二千人の候補者全員を捕まえようとするだろう。


 しかもセレスたち六人までいる。


 全宇宙の支配者候補と、十三の大艦隊が本気で衝突すれば、殺害禁止だけでは被害を抑えられない。


「三つ目の条件を決めないと」


「慎重に考えて」


 母親が俺の肩へ手を置く。


「一度設定すれば、選定終了まで変更できないわ」


「候補者へ戦う以外の目的を与えればいいんだよな」


「お父様」


 リリィが俺の服を引いた。


「全員へ、お父様のように生きるよう命じてはどうですか?」


「俺のように?」


「困っている者を助けます」


 リリィの言葉に、俺は少し考えた。


 俺は宇宙を管理したいと思わない。


 王にも最高管理者にもなりたくない。


 ただ、困っている相手を見捨てたくないだけだ。


 アルカたちを修理したのも、母親を助けに来たのも、それ以上の理由はなかった。


「宇宙を管理する奴に必要なのは、強さじゃない」


『条件内容が不明確』


「一人でも多く、困っている奴を助けた候補者を勝者にする」


 母親が目を見開く。


「ユウト、それは――」


「誰か一人を幸せにできない奴に、宇宙全体を任せられるわけがないだろ」


『第三条件を解析』


『候補者による生命および文明への救援、保護、生活改善行為を評価』


『最も多くの幸福値を獲得した候補者を、次期創造管理者として選出』


「幸福値?」


『全生命体の精神状態、生活環境、生存率、自由度を総合的に数値化する』


「そんなものまで測れるのか」


『創造管理機能により可能』


 青い球体から、三度目の光が放たれた。


『選定方式を変更』


『戦闘式選定を終了』


『宇宙幸福度向上競争を開始』


 宇宙各地に浮かんでいた創造兵器が、一斉に姿を変える。


 惑星破壊砲は、惑星環境修復装置へ。


 星系を飲み込む黒い穴は、恒星間物資輸送門へ。


 記憶消去装置は、精神治療設備へ。


 永遠に相手を閉じ込める異空間牢獄は、災害時避難区画へ変化した。


「止まったのか?」


『候補者一万二千八百八十一名、条件変更を受諾』


『第一次評価期間、一年間』


「一年?」


『一年後、最も幸福値を獲得した候補者を次期創造管理者へ任命する』


「少し長いな」


「宇宙全体を評価するなら、短い方よ」


 殺し合いは止まった。


 ひとまず安心した、その直後。


 青い球体の表示が激しく切り替わり始めた。


『候補者番号三十二、紛争中の星系へ食料供給を開始』


『候補者番号七百十一、絶滅危惧種族の再生に着手』


『候補者番号二千八十二、貧困惑星八百個の負債を消去』


『候補者番号四、戦争中の二国家を強制的に同じ会議室へ転送』


「最後は大丈夫なのか?」


『双方の指導者は対話を開始』


「なら、ぎりぎり助けてるのか……」


 候補者たちは、選定開始から一分も経たず、宇宙全体で善行を始めていた。


 動機は創造管理者になるためだとしても、殺し合うよりはずっといい。


「お父様の条件により、推定百二十億の戦争が停止しました」


 リリィが報告する。


「そんなにあったのか?」


「小規模な生物同士の争いも含みます」


「動物の喧嘩まで止めてるのか?」


「候補者たちは、一点でも多く幸福値を得ようとしています」


 青い球体に新しい映像が映る。


 二匹の小動物が食べ物を巡って喧嘩していた。


 その間へ全長数千キロの宇宙生物が現れ、食料を山ほど置いていく。


 小動物たちは怯えて逃げた。


『候補者番号八千二百二十。幸福値、マイナス三』


「脅かしたから減点されたのか」


『はい』


「意外と判定が厳しいな」


 別の候補者は、飢えた惑星へ巨大な食料製造装置を置いていた。


 しかし、現地の料理文化を無視した味だったらしい。


『幸福値、一万二千上昇』


『食文化破壊により、二千減少』


「ちゃんと差し引かれるんだな」


 宇宙の支配者候補たちが、食事の味や住民の好みまで考えながら救援活動を始めている。


 俺が想像していたより、ずっと平和な選定になりそうだ。


『中央制御核への隔壁を突破しました』


 通信画面にアルカたちが映った。


 七人とセレスたち六人が、部屋へ向かって走っている。


『ユウト、ご無事ですか?』


「大丈夫だ。選定も殺し合いじゃなくなった」


『状況を確認しました』


 エリスが青い球体の情報を読み取る。


『宇宙幸福度向上競争』


「これなら、放っておいても問題ないだろ」


『いいえ』


 アルカが即答した。


「何が問題なんだ?」


『候補者の中に、ユウトが含まれています』


「俺も?」


『現在の幸福値ランキングを表示します』


 青い球体に、上位百名の名前が並んだ。


 一位。


 相良ユウト。


 獲得幸福値、四兆八千億。


「何もしてないぞ!」


『殺し合いを止め、宇宙中の候補者を救援活動へ転換させた功績が評価されています』


「俺が優勝したら、また創造管理者にされるのか?」


『肯定』


「辞退する!」


『選定開始後の辞退は認められない』


「また俺だけ拒否権がない!」


 しかも二位との差は、すでに四兆以上開いている。


 このままでは、管理者を辞めるために選定方式を変えた俺が、圧倒的な一位で再選されてしまう。


「どうすれば順位を下げられる?」


『他候補者が、管理者相良ユウトを上回る幸福値を獲得する必要がある』


「なら、一番優秀そうな候補を手伝おう」


『現在の第二位を表示します』


 俺は青い球体へ目を向けた。


 二位の名前を見た瞬間、母親が息をのんだ。


 そこに表示されていたのは、見知らぬ候補者ではなかった。


 候補者名。


 リリィ。


「私?」


 リリィが首を傾げる。


『管理者相良ユウトの現在人格を保護し、宇宙再編を停止させた功績を評価』


『獲得幸福値、六千二百億』


 リリィはしばらく表示を見つめた後、俺の手を強く握った。


「お父様」


「何だ?」


「私が一位になれば、お父様は管理者を辞められますか?」


「そうなるみたいだな」


「分かりました」


 リリィの青い瞳が、強く輝いた。


「私が全宇宙を幸せにして、お父様を普通の生活へ戻します」


 娘候補だったはずの少女は。


 俺を引退させるため、全宇宙の管理者候補へ立候補してしまった。


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