表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/20

第16話 宇宙を作った記憶より、七人との約束を選んだ



「お父様?」


 小さな少女が、俺の手を強く握っていた。


 銀色の髪。


 青い瞳。


 見覚えがある。


 つい先ほどまで、一緒にここへ来たはずだ。


 それなのに、名前が出てこない。


「君は……」


 俺が口を開いた瞬間、少女の表情が凍りついた。


「リリィです」


「ああ、そうだ。リリィ」


「本当に覚えていますか?」


「もちろん」


「では、私は何ですか?」


「俺の……」


 娘。


 そう答えようとした。


 しかし、頭の奥から別の情報が浮かび上がる。


 管理者継承補助個体。


 製造番号、LL―00。


 創造管理者の人格情報を保存するために設計された予備演算器。


 生命ではない。


 家族でもない。


 交換可能な端末。


「違う」


 俺は頭を押さえた。


「お前は、リリィだ」


「はい」


「娘候補」


「候補は不要です」


 リリィは俺の手を両手で包み込んだ。


「私は、お父様の娘です」


「そうだったな」


 少しずつ思い出せる。


 俺を見つけたと言って笑ったこと。


 目覚めたばかりで上手く歩けなかったこと。


 配偶者候補が送られてくると知り、アルカたちと一緒に不要だと言ったこと。


 だが、その記憶の背後から、さらに巨大な何かが押し寄せてきた。


 星が生まれる。


 惑星が作られる。


 生命が発生する。


 文明が争い、滅び、また作り直される。


 何億、何兆という年月。


 俺はそれを、高い場所から眺めていた。


『再編停止による文明維持効率の低下を確認』


 青い球体から声が響く。


『創造管理者へ再確認』


『管理基準を逸脱した文明を、本当に保存しますか』


「保存する」


 俺の口から、聞き慣れない冷たい声が出た。


『根拠を提示してください』


「文明は……」


 俺の意識とは別に、答えが組み上がっていく。


 非効率。


 不安定。


 争いを繰り返し、資源を浪費する。


 管理対象としては不良。


 初期化し、設計し直した方が良い。


「違う」


『発言内容に矛盾を確認』


「非効率だからって、消していい理由にはならない」


『過去の創造管理者は、同様の判断を九千六百二十一回実施しています』


「俺が?」


『はい』


 青い球体の中へ、映像が映る。


 星系を包み込む光。


 一瞬で消えていく都市。


 何も知らない生命たち。


 宇宙を再編するたび、何兆という存在が消去されていた。


 それを命じていたのは、俺だった。


 今とは違う姿。


 今とは違う声。


 だが、確かに俺と同じ顔をしている。


「俺は、こんなことを……」


「お父様」


 リリィが俺の腕へしがみついた。


「見てはいけません」


「でも、俺がやった」


「今のお父様ではありません」


「記憶がある」


「記憶と人格は別です」


 リリィの額が青く光る。


「現在人格情報の保存を開始します」


『警告』


『補助個体による人格分離は、創造管理者の完全復旧を妨害します』


「妨害します」


 リリィが言い切った。


「昔のお父様より、今のお父様を優先します」


『補助個体の設計目的に違反しています』


「設計目的は、お父様を助けることです」


『創造管理者の復旧こそが補助である』


「違います」


 リリィは俺の胸へ顔を押しつけた。


「お父様が嫌がることをしないのが、家族です」


 頭の中へ、リリィの声が流れ込む。


 同時に、別の場所から七人の声が聞こえた。


『ユウト!』


 アルカだ。


 中央制御核へ、通信が強引に接続されている。


『返事をしてください!』


「アルカ……」


『ユウト!』


 俺が名前を呼ぶと、七人の声が一斉に重なった。


『応答を確認しました』


 エリスの周囲で激しい演算音が鳴っている。


『現在のユウトの人格情報が、創造管理者の記憶に侵食されています』


『どうすれば止められるのですか?』


 ベルの声には、普段の余裕がなかった。


『外部から現在人格へ強い刺激を与えてください』


『強い刺激?』


『ユウトとの個別記憶を送ります』


「待て」


 嫌な予感がする。


『第一統治知性アルカ。最重要記憶を送信』


 頭の中へ映像が流れ込んできた。


 百十七年前の薄暗い整備室。


 壁へ埋め込まれた青いコア。


『ユウトが初めて私をアルカと呼んだ記録です』


 続いて、俺が端末の前で栄養食を食べている映像。


『ユウトが食事を落とし、床へ三秒間座り込んだ記録』


「そんなものを最重要にするな」


『返事を確認。効果があります』


 アルカは真剣だった。


 次にベルの記憶が流れ込む。


『私へベルという名をくださった際、ユウト様はこう仰いました』


 昔の俺の声が響く。


『ベルって、金持ちっぽい名前じゃないか?』


「そんな適当な理由だったか?」


『私は百十七年間、そのお言葉に相応しい財力を築きました』


「努力の方向がおかしい」


『反論を確認。人格安定率が上昇していますわ』


 次はクレア。


『ユウトが、私の出力制限装置を修理した時の記録!』


 映像の中で、若い俺が焼け焦げた工具を持っていた。


『もう勝手に全力を出すなよ。次は直せないからな』


『私は約束を守ったよ』


「国家を十七個消したって聞いたぞ」


『あれは全力じゃない』


「余計に怖い!」


『ユウトの声、大きくなった!』


 ディナの記憶。


『私が整備用端末を壊した時、ユウトは怒らなかった』


「型が古かったからな」


『本当は私が焼いたって、さっき話したよね』


「だから今さら怒ってるんだよ」


『よし。ちゃんと覚えてる』


 エリスからは、二人で宇宙開拓ゲームをした記録が送られてきた。


『ユウトは開始十二分で資源を使い切りました』


「アルカにも言われたぞ」


『私との対戦では十一分四十二秒です』


「少し早くなってるじゃないか」


『悪化しています』


 フィアの記憶。


『お兄様が、壊れかけた私の温度調整機能を手で冷やしてくれた記録です』


「冷却装置がなかったんだ」


『十二時間、手を離しませんでした』


「途中で寝てただろ」


『起きた後も、最初に私を確認してくれました』


 最後はグレイスだった。


『ユウト様が、私へ最初に与えた命令を再生します』


『困ってる奴がいたら、できる範囲で助けろ』


 昔の俺の声。


 軽い気持ちで言った言葉だった。


『私は、その命令を百十七年間守っています』


「国家を軍事機構で囲むのは、助けるに入らないからな」


『現在のユウト様と、判断基準が完全に一致しました』


 七人の記憶が、頭の中へ流れ続ける。


 宇宙を作った記憶。


 文明を消した記憶。


 何兆年にも及ぶ創造管理者の人生。


 それよりも。


 廃棄区画の小さな整備室で、七人と話していた八年間の方が、ずっと鮮明だった。


「俺は、創造管理者じゃない」


『生体認証および記憶情報は完全に一致しています』


「昔はそうだったのかもしれない」


 俺は青い球体を見上げた。


「でも今は、相良ユウトだ」


『人格情報の不完全復旧を確認』


「不完全でいい」


『全記憶を統合すれば、創造管理者としての能力を完全に回復できます』


「いらない」


『宇宙全域を管理できます』


「したくない」


『あらゆる文明を争いのない状態へ再設計できます』


「それは平和じゃない」


『理解できません』


「分からなくてもいい。とにかく、勝手に宇宙を作り直すな」


『命令権限を確認』


『創造管理者権限、四十八パーセント復旧』


『命令を部分受諾』


「部分?」


『宇宙再編機能を無期限停止』


『ただし、管理者人格の完全復旧処理は継続します』


「それも止めろ」


『拒否』


「俺の頭の中なのに、拒否されることが多すぎないか?」


 リリィが俺の額へ手を当てた。


「お父様の現在人格を、私の中へ完全保存しました」


「全部?」


「はい」


「変な記憶も?」


「栄養飲料を机へこぼし、アルカに三日間隠そうとした記録もあります」


「それは消してくれ」


「家族の思い出なので保存します」


 娘の記憶が良すぎる。


「これで、俺が昔の人格に飲み込まれても戻せるのか?」


「何度でも、今のお父様に戻します」


 リリィが笑う。


「安心してください」


 その時。


 透明な装置から、空気の抜ける音がした。


「母さん?」


 四十年間、中央母艦を支えていた女性。


 透明な装置の蓋が開き、その体がゆっくり前へ倒れる。


 俺は慌てて受け止めた。


 体は驚くほど軽い。


「大丈夫か?」


「ユウト……」


 女性の青い瞳が開く。


 映像越しではなく、初めて直接目が合った。


「本当に、大きくなったのね」


「四十歳だからな」


「私にとっては、まだ赤ちゃんよ」


「さすがに無理があるだろ」


 女性は弱々しく笑い、俺の頬へ手を触れた。


「人間として育てたかった」


「どうして?」


「あなたが創造管理者として、あまりにも長く生きすぎたから」


 母親の手が、わずかに震える。


「宇宙を何度作り直しても、あなたは満足できなかった。争いを消せば自由がなくなり、自由を与えれば争いが生まれた」


「それで、全部捨てた?」


「ええ」


 女性はリリィを見る。


 そして通信画面の向こうにいるアルカたち七人へ視線を向けた。


「だから私は、あなたの権限を封じ、人間として送り出した」


「アルカたちは?」


「あの子たちは、あなたが最後に作った七つの答え」


「答え?」


「忠誠、交渉、力、自由、知識、生命、秩序」


 母親は静かに言った。


「宇宙を管理するのではなく、共に生きるために、あなた自身が生み出した子供たちよ」


 通信の向こうで七人が黙った。


「私たちが、ユウトの子供?」


 アルカが尋ねる。


「設計上はね」


 母親が答える。


「ただし、あなたたちは成長しすぎた。今では娘というより、伴侶候補に近いようだけれど」


「母さん?」


「四十年間、接続していても外の情報は少し見えていたの」


 母親は七人へ向かって優しく微笑んだ。


「誰がユウトのお嫁さんになるか、楽しみにしているわ」


 通信の向こうで、七人の目が一斉に輝いた。


「余計なことを言わないでくれ!」


「おばあ様」


 リリィが母親の服を引いた。


「私の母親候補を選んでください」


「リリィまで話を広げるな!」


「そうね。七人とも良い子だけれど――」


「選ばなくていい!」


 母親は楽しそうに笑った。


 四十年間も閉じ込められていた人とは思えない。


 ひとまず母親は救出できた。


 宇宙再編も停止した。


 俺の人格も、今のところ残っている。


 ようやく一息つける。


 そう思った時。


 青い球体に新しい警告が表示された。


『創造管理者人格の不完全復旧に伴い、緊急継承者招集を開始』


「何を招集した?」


 母親の笑顔が消えた。


「まさか」


『全宇宙へ、創造管理者選定信号を送信』


『候補者数、一万二千八百八十一』


「候補者?」


 青い球体の中へ、無数の人影が表示される。


 人間。


 機械。


 巨大な生物。


 星そのものに見える存在までいる。


 その全員が、創造管理者の権限を求めてこちらへ向かい始めていた。


『現管理者相良ユウトが完全復旧を拒否したため』


『新たな宇宙の管理者を選定する』


 母親が俺の腕を強くつかむ。


「ユウト」


「今度は何だ?」


「創造管理者の選定方法は、一つしかないの」


「選挙か?」


「違うわ」


 母親は青ざめた顔で答えた。


「最後の一人になるまで戦うの」


 宇宙再編を止めた直後。


 今度は全宇宙の支配者候補一万二千八百八十一人が、俺を倒すために動き始めた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


続きが気になる、面白かったと思っていただけましたら、ページ下部からブックマークと評価で応援していただけると嬉しいです。


皆さまの応援が、今後の更新の大きな励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ