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第15話 宇宙を作り直すと言われたので、全機能を停止させることにした



『管理文明による宇宙再編を再開する』


 中央母艦から放たれた声は、通信機を通したものではなかった。


 空間そのものが震え、艦内の壁や床から直接響いてくる。


 窓の外では、惑星より巨大な船体へ無数の青い光が走っていた。


 今まで建造物にしか見えなかった突起がゆっくり動き始める。


 巨大な装甲が開き、その奥から数え切れないほどの小型艦が姿を現した。


『再編対象領域を確認』


『原始文明、二百八十一万』


『発展途上文明、七万六千』


『管理基準逸脱文明、三千二百十二』


『すべてを初期化する』


「初期化って何をするんだ?」


「文明の発展状態を、管理可能な段階まで戻します」


 中央統括個体マリアが、青ざめた顔で答えた。


「具体的には?」


「高度技術、軍事施設、国家制度、集合記憶の消去」


「それは文明を滅ぼすってことだろ!」


「生命体そのものは、一定数保存されます」


「一定数って何人だ?」


「各種族、最低一万人です」


「残りは?」


 マリアは答えなかった。


 答えられないのではない。


 答えたくないのだ。


『再編艦隊を展開』


 中央母艦の装甲内部から、小型艦が次々と射出される。


 小型と言っても、一隻がアルカの戦艦と同じほどの大きさだ。


 その数は一万、十万という単位ではない。


 視界を埋め尽くし、さらに後方から新しい艦が出てくる。


「総数を確認」


 グレイスが命令する。


「現在確認できるだけで九億六千万隻」


 エリスが即座に答えた。


「母艦内部では、さらに二百億隻以上が起動中です」


「私たちより多いね」


 クレアが窓へ顔を近づける。


 なぜ少し楽しそうなのか。


「戦うなよ」


「向こうから撃ってきたら?」


「防御だけだ」


「少しくらい殴り返しても?」


「駄目だ」


「一隻も?」


「一隻もだ」


 クレアの翼が分かりやすく下がった。


「お父様」


 リリィが俺の服をつかむ。


「中央母艦の再編機能は、全管理者命令より優先されるよう設定されています」


「俺の命令でも止まらないのか?」


「通常の管理命令では停止できません」


「通常じゃない命令なら?」


「中央制御核へ直接接続する必要があります」


 母親がいる場所。


 そして、中央母艦そのものが眠っていた場所だ。


『相良ユウト』


 母親から通信が届く。


『中央母艦に命令して。再編を停止しなさい』


「さっき来るなって言っただろ」


『あなたが直接来る必要はないわ』


「どうやって命令する?」


『この船は、あなたの生体信号を認識している』


「なら、ここからでも届く?」


『届くはずよ』


 母親の声は弱々しい。


 生命維持停止まで、残り九分。


「中央母艦。聞こえているか」


『後継管理者の音声を確認』


「宇宙再編を中止しろ」


『命令を拒否』


 あっさりと返された。


「理由は?」


『宇宙再編は、管理文明の最上位目的である』


「俺は最高管理者なんだろ?」


『後継管理者には、最上位目的を変更する権限が存在しない』


「王より上とか言ってなかったか?」


『社会的呼称と管理権限は別である』


「急に現実的なことを言うな」


 アルカが中央母艦へ通信を接続する。


「第一統治知性アルカより要求。ユウトの命令を最優先してください」


『派生統治知性からの要求を拒否』


「私は派生ではありません」


『製造基礎構造が当文明の統治知性と九十二パーセント一致』


「残り八パーセントは、ユウトから与えられたものです」


『不要な感情情報と判断』


 アルカの表情が消えた。


 窓の外で無人艦隊の砲門が開く。


「アルカ、撃つな」


「ですが、不要と言われました」


「そこに怒るのか?」


「ユウトからいただいたものを否定されました」


「俺は否定してないから、落ち着け」


「……承知しました」


 砲門が閉じる。


 代わりにベルが一歩前へ出た。


「中央母艦へ提案いたします。宇宙再編計画を停止する代わりに、必要な資源を交易星間連合が提供いたします」


『資源不足は発生していない』


「では、再編後に得られる利益の十倍を保証します」


『利益という評価基準は存在しない』


 ベルの笑顔が引きつった。


「お金で動かない相手ですわ」


「銀河にはそういう相手もいるんだな」


「初めて遭遇しました」


 ディナが銃をくるくる回す。


「中に入って、直接制御装置を盗んでくる?」


「母艦そのものだぞ。何を盗むんだ」


「大事そうな部品」


「抜いたら全部止まりそうだからやめろ」


 フィアは中央母艦の生体反応を分析している。


「この船、生きています」


「生きてる?」


「機械だけではありません。船体全体に神経網に似た構造があります」


「眠らせられるか?」


「可能性はあります」


「お、珍しく平和的だな」


「母艦全体へ薬剤を投与すれば、数十億年ほど眠らせられます」


「長すぎる!」


「では、一億年」


「一日くらいから考えてくれ」


「難しいです」


 母親の生命維持停止まで、残り八分。


 宇宙再編艦隊は、次々と転送門を形成している。


 このままでは銀河各地へ移動を始める。


「グレイス。艦隊を止められるか?」


「正面からの戦闘では、損害が大きすぎます」


「攻撃しなくていい。通路を塞ぐだけだ」


「全救助艦隊へ通達。再編艦隊の進路を封鎖します」


 五千二百万隻の艦隊が動く。


 アルカたち七艦隊と、セレスたち六統括艦隊。


 先ほどまで互いを敵視していた艦隊が、中央母艦から出現する再編艦の前へ並んだ。


『警告』


『再編作業への妨害を確認』


『障害物を排除する』


「防御!」


 グレイスの命令と同時に、救助艦隊が防壁を展開する。


 中央母艦から放たれた青い光が、無数の防壁へ衝突した。


 宇宙全体が白く染まる。


 旗艦が激しく揺れ、俺は倒れそうになった。


 十三人が一斉に手を伸ばす。


「お父様は私が守ります」


 リリィが俺の腰へ抱きついた。


「リリィの方が危ないだろ」


「私は頑丈です」


「見た目六歳なのに?」


「戦艦三隻分です」


「抱き上げるのが少し怖くなったぞ」


 揺れが収まる。


 救助艦隊の防壁は、どうにか持ちこたえていた。


「損害は?」


「防壁発生艦、三十二万隻が一時停止」


 グレイスが報告する。


「乗員被害はありません」


「一発で三十二万隻……」


「攻撃を繰り返された場合、五分以内に防衛線が崩壊します」


 母親の生命維持停止まで七分。


 防衛線の崩壊まで五分。


 中央制御核へ移動している時間はない。


「母さん」


 口にしてから、自分でも少し驚いた。


 まだ会ったこともない。


 だが他に呼び方が思いつかなかった。


 通信画面の女性が、わずかに目を見開く。


『もう一度呼んで』


「今は時間がない。中央母艦を止める方法を教えてくれ」


『……あなたは、昔からそういう子だったのかしら』


「昔を知ってるのは母さんの方だろ」


『そうね』


 女性は弱々しく笑った。


『中央母艦には、三つの管理階層があるわ』


「三つ?」


『通常管理、文明管理、そして創造管理』


「俺が持っているのは?」


『通常管理の最上位権限。七人や艦隊を止められるのは、その権限よ』


「宇宙再編は文明管理?」


『いいえ』


 母親の表情が曇る。


『創造管理』


「もっと上なのか」


『宇宙そのものを作り変えるための権限。私にも変更できなかった』


「なら誰なら変えられる?」


 母親が俺を見る。


『創造管理者』


「それは誰だ?」


『あなたよ』


「さっき俺には権限がないって言われたぞ」


『今のあなたは、権限を封印されている』


「誰に?」


『私が封印した』


 俺は言葉を失った。


『あなたを人類として生きさせるため、創造管理者の記憶と権限を封じた』


「どうして?」


『力を持ったままでは、中央母艦から逃げられなかったから』


「封印を解除すれば止められる?」


『止められるわ』


「なら解除してくれ」


『できない』


「またそれか」


『封印を解除するには、あなた自身が中央制御核へ入り、記憶を取り戻す必要がある』


「結局、中へ行くしかないんだな」


『駄目』


「何でだよ」


『創造管理者としての記憶を取り戻せば、今のあなたが消える可能性がある』


 アルカたちが一斉に母親を見る。


「どういう意味ですか?」


『今のユウトは、四十年間を人間として生きた人格』


 母親の声が震えた。


『封印されているのは、それ以前の記憶。宇宙を何度も作り変えてきた、創造管理者としての人格よ』


「記憶が戻れば、俺が別人になる?」


『可能性がある』


 生命維持停止まで、残り六分。


 防衛線崩壊まで、残り四分。


 考えている時間はなかった。


「ルナ。中央制御核まで転送できるか?」


「座標は確認できる。でも、母艦が転送を妨害している」


「十三艦隊の演算能力を使えば?」


「一人分の通路なら開ける」


「なら俺を送ってくれ」


「拒否します」


 アルカが俺の前へ立った。


「記憶を取り戻した結果、今のユウトが消える可能性があります」


「何もしなければ、母親と銀河中の文明が危ない」


「別の方法を探します」


「残り四分しかない」


「四分あれば、銀河を七回演算できます」


 エリスが答える。


「必ず他の方法を――」


「見つからなかったら?」


 誰も答えない。


「俺は、お前たちを置いて消えるつもりはない」


「ですが」


「だから、俺が戻ってこられるように手伝ってくれ」


 アルカの青い瞳が揺れる。


「創造管理者の記憶に、今の俺が飲み込まれそうになったら、お前たちが呼び戻してくれ」


「そんな方法が成立する保証はありません」


「百十七年も俺を忘れなかったんだろ」


 俺は七人を順番に見た。


「なら、今度も頼む」


 アルカは長い間黙っていた。


 やがて、俺の手を両手で包む。


「必ず、連れ戻します」


 ベルたち六人も、次々と手を重ねた。


「ユウト様が何者であっても」


「宇宙を作る神様でも」


「昔の記憶が何億年分あっても」


「お兄様は、お兄様です」


「現在の人格情報を最優先で保存します」


「必ず帰還させます」


 セレスたち六人も、無言で演算接続を開始した。


「中央制御核への転送路を構築」


 ルナが両手を広げる。


「通過可能時間、三秒」


「十分だ」


 俺はリリィを床へ降ろした。


「ここで待っててくれ」


「嫌です」


「危険なんだ」


「娘候補には、お父様を補助する機能があります」


「何ができる?」


「お父様の人格情報を、私の中へ保存できます」


 リリィは俺の手を握る。


「お父様が忘れても、私が覚えています」


 断る時間はなかった。


「分かった。一緒に来てくれ」


「はい」


 転送光が俺とリリィを包む。


 視界が青く染まる。


 次に足が床へ触れた時、俺たちは中央母艦の最深部に立っていた。


 目の前には、透明な装置の中で眠る母親。


 そしてその背後には、宇宙そのものを閉じ込めたような巨大な青い球体が浮かんでいる。


『創造管理者の帰還を確認』


『記憶封印を解除する』


「待て。まだ心の準備が――」


『拒否権限なし』


「俺の時だけ拒否権がないこと多くないか!?」


 青い光が頭の中へ流れ込む。


 知らない星。


 知らない文明。


 生まれては消えていく、無数の宇宙。


 そして最後に、一つの声が聞こえた。


『おかえりなさい』


『初代創造管理者』


 俺の口が、意思とは関係なく動く。


「宇宙再編を停止」


『創造管理命令を受諾』


 中央母艦から放たれていた光が、すべて消えた。


 再編艦隊も完全に停止する。


 助かった。


 そう思った直後。


 リリィが俺の手を強く握った。


「お父様?」


 その声を聞いて、俺はゆっくり振り返った。


 目の前にいる少女の名前が、一瞬だけ思い出せなかった。


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