第13話 母を助けに行くと言ったら、八つの艦隊が出撃した
『ユウト』
『お願い』
『私を、助けに来て』
映像の中に映る女性は、四十年前とほとんど姿が変わっていなかった。
銀色に近い淡い髪。
アルカたちと同じ、青く輝く瞳。
赤ん坊だった俺を冷凍睡眠カプセルへ入れ、人類圏へ送り出した人物。
俺の母親だという女性が、現在の映像の中で助けを求めている。
「この映像は、本物なのか?」
「はい」
セレスは迷うことなく答えた。
「三時間前、中央母艦内部で記録されたものです」
「母親は、何に襲われている?」
「敵対者は存在しません」
「なら、何から助けるんだ?」
セレスがわずかに黙った。
その間に、アルカが映像へ近づく。
「記録の全情報を開示してください」
「拒否します」
「ユウトの母親に関する情報です。あなたが独占する権利はありません」
「中央母艦の機密情報を、派生端末へ公開する権限はありません」
「まだ端末と呼ぶのですか」
アルカの声から温度が消えた。
会議場の外では、待機していた無人艦隊が一斉に兵装を起動する。
セレスの黒い軍服にも、赤い光が走った。
「戦争は禁止だ!」
俺の声で、二人の動きが止まった。
「アルカ、艦隊を戻せ」
「しかし――」
「戻せ」
「……承知しました」
窓の外の砲門が閉じていく。
「セレスも挑発するな」
「事実を述べただけです」
「呼び方を変えろ。アルカたちには、それぞれ名前がある」
セレスは七人を順番に見た。
「製造識別名を使用する必要性を認めません」
「俺が付けた名前だ」
セレスの赤い瞳が、わずかに動いた。
「なら、使用します」
態度が急に変わった。
七人もそれに気づいたらしく、そろって不満そうな顔になる。
「ユウトの言葉だけは聞くのですね」
「私は管理者の戦略統括個体です」
「それなら、私たちと変わりませんわ」
ベルが笑顔で口を挟む。
「私たちは百十七年間、ユウト様を捜し続けました。あなたは中央母艦で何をしていたのですか?」
「管理文明の維持です」
「ユウトを捜さずに?」
「先代最高管理者から、捜索を禁止されていました」
セレスの言葉に、俺たちは黙った。
「母親が、俺を捜すなと言ったのか?」
「はい」
「どうして?」
「管理者ユウトの生存が判明すれば、中央母艦内部の対立が再発するためです」
空中へ、巨大な船の立体構造が表示された。
全長は一つの惑星よりも大きい。
内部には無数の都市と工場、居住区が存在する。
船というより、移動する文明そのものだった。
「管理文明は、先代最高管理者の判断を巡って二つに分かれています」
「俺を逃がしたことか?」
「はい」
セレスが表示を二つの色へ分けた。
「一方は、あなたを正統な後継者として迎える継承派」
「もう一方は?」
「管理者制度そのものを廃止し、中央母艦の完全自律化を求める独立派です」
「独立派が母親を閉じ込めてるのか?」
「正確には違います」
また、はっきりしない答えだった。
「母君は、中央母艦の最深部へ自らを封印しました」
「自分で?」
「はい」
セレスが映像を切り替える。
青い光に包まれた巨大な部屋。
中央には、人間一人が収まる透明な装置が置かれている。
その中で、映像の女性が眠っていた。
「先代最高管理者は、中央母艦の制御核と接続されています」
「母親が、この船を動かしてるのか?」
「管理文明の崩壊を防ぐため、四十年間にわたり全機能を支えています」
「なら、助けるっていうのは、そこから出すこと?」
「はい」
「出せばいいだろ」
「不可能です」
セレスが即答した。
「先代最高管理者を切り離せば、中央母艦の制御機能が停止します」
「別の人間へ代われないのか?」
「最高管理者の権限を持つ者にしか接続できません」
視線が俺へ集まった。
「まさか」
「あなたが中央母艦へ帰還し、管理権限を継承すれば、母君を解放できます」
つまり。
母親を助けるためには、俺が代わりに中央母艦を管理しなければならない。
「接続したら、俺も出られなくなるのか?」
「従来の方式であれば」
「従来の?」
「あなたは先代よりも強い管理権限を持っています。接続後に制御方式を書き換えれば、肉体を拘束されずに管理できる可能性があります」
「成功率は?」
「十八パーセントです」
「低いな」
「私が補助すれば、二十三パーセントまで上昇します」
「ほとんど変わってないぞ」
エリスが、セレスの表示した構造を解析する。
「私たち七人が同時に補助した場合、成功率は七十一パーセントまで上昇します」
「算出根拠は?」
セレスがエリスを見る。
「中央母艦から取得した構造情報と、先遣艦の管理系統を基準に演算しました」
「情報が不足しています」
「だから七十一パーセントです。内部情報があれば、さらに上昇します」
セレスがしばらく黙った。
「……あなたたち七人を中央母艦へ入れる許可はありません」
「今、母親を助けるために必要だって話をしてただろ」
「七人が中央母艦へ接続すれば、管理権限を奪う可能性があります」
「奪いません」
アルカが答える。
「ユウトが望まない限り」
「その条件が最も危険です」
「お前たち、そこで言い争うな」
母親を救う方法はある。
危険はあるが、アルカたちが協力すれば成功率も上がる。
なら、選択肢は一つしかなかった。
「中央母艦へ行く」
七人の表情が同時に変わった。
「ユウト」
「母親だっていう実感はまだない。でも、俺を逃がすために四十年間も閉じ込められているなら、放っておけない」
「危険です」
アルカが俺の前へ立つ。
「成功率は七十一パーセント。失敗すれば、ユウトが中央母艦へ拘束される可能性があります」
「だから、お前たちも来てくれ」
アルカの動きが止まる。
「俺一人じゃ無理なんだろ」
「……はい」
「七人全員に手伝ってほしい」
ベルたちは互いの顔を見た。
「ユウト様から、私たち全員へのお願い」
「初めて?」
クレアの翼が嬉しそうに揺れる。
「記録上、七基すべてへ同時に協力を求められた事例はありません」
エリスの周囲に数式が増えていく。
「成功率を百パーセントまで引き上げます」
「お兄様のお体は、私が必ず守ります」
「敵がいたら私が排除するよ」
「敵がいなくても暴れるなよ、ディナ」
「努力する」
「そこは約束してくれ」
グレイスが姿勢を正した。
「銀河防衛機構は、ユウト様の中央母艦帰還作戦へ全面参加します」
「軍全部はいらない」
「最低限の戦力です」
「何隻?」
「二百万隻です」
「多い!」
「管理文明との戦力差を考慮すれば、不足しています」
ベルが手を挙げる。
「交易連合からは、補給艦八十万隻を用意いたします」
「補給だけで八十万?」
「四十年間閉鎖されていた文明です。必要物資が不足している可能性があります」
「私の生体艦隊なら、食料も医薬品も現地で作れる」
「竜機艦隊は先頭!」
「海賊船団は裏から入るね」
「裏から入るな。正面から普通に行く」
俺が一つ決めるたびに、作戦規模が膨れ上がっていく。
「セレス。中央母艦まで二十九日かかるんだよな?」
「通常航行では」
「他の方法があるのか?」
「空間統括個体ルナが到着すれば、銀河間転送門を構築できます」
「残りの候補者は、十二時間後に来る予定だったな」
「予定どおりであれば」
セレスが目を逸らした。
「何かあったのか?」
『管理文明転送反応を検知』
先遣艦の声が響く。
『複数個体が予定を無視し、先行転送を開始』
会議場の床に、五つの光が現れた。
「全員来たのか?」
『肯定』
「どうして急に?」
セレスが小さく息を吐いた。
「私が母君の映像を提示したことを、中央母艦側が確認したのでしょう」
五つの転送光が、人の姿へ変わっていく。
白い髪の小柄な女性。
水色の髪を持つ眠そうな少女。
眼鏡をかけた紫髪の女性。
緑色の髪と白衣をまとった女性。
そして、中央に立つ金色の髪の女性。
六人目――中央統括個体マリアが目を開く。
「管理者ユウト」
彼女は俺へ頭を下げた。
「母君の救出を決断してくださったこと、感謝いたします」
「話が早くて助かるよ」
「ですが、問題が発生しました」
「今度は何だ?」
「先代最高管理者からの救難映像は、本来外部へ送信できません」
セレスがマリアを見る。
「どういう意味ですか?」
「母君は四十年間、中央母艦の制御核から一度も通信できませんでした」
「じゃあ、さっきの映像は?」
「何者かが封印を一時的に解除し、意図的に送信したものです」
会議場の空中へ、中央母艦の現在映像が表示された。
巨大な船体の一部が、赤く点滅している。
「独立派が、中央母艦の制御権を奪い始めています」
「母親は無事なのか?」
「現時点では」
マリアの金色の瞳が、険しくなる。
「しかし、独立派は母君の生命維持装置を停止すると通告しました」
「要求は?」
表示が切り替わる。
中央母艦から送られてきた一文。
『後継管理者相良ユウトへ告ぐ』
『先代最高管理者の生命と引き換えに、七基の統治知性を破壊せよ』
アルカたちは黙って俺を見た。
俺は一度だけ文章を読み、答えた。
「断る」
七人を犠牲にして母親を助ける。
そんな選択をするつもりはなかった。
「母親も助ける。アルカたちも守る」
俺はマリアへ向き直る。
「十二時間も待てない。今すぐ中央母艦への道を開いてくれ」
空間統括個体ルナが、眠そうだった目を大きく開いた。
「命令を受諾」
窓の外。
七つの銀河最強艦隊と、管理文明の六つの統括艦隊が一斉に動き始める。
たった一人の女性を救うため。
十三の大艦隊が、銀河を越える転送門へ向けて集結した。
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