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第11話 娘が届いたので、七人が母親を名乗り始めた



「見つけた」


 冷凍睡眠カプセルの中で、銀髪の少女が小さな手を伸ばす。


「お父様」


 部屋が完全に静まり返った。


 アルカたち七人の視線が、少女から俺へ移る。


「お父様?」


 七人の声が、今までで最も低く重なった。


「俺も初めて聞いたからな」


「ユウト」


 アルカがゆっくり振り返る。


「説明を要求します」


「俺に説明できると思うか?」


「百十七年前、私たちに報告していない交友関係が存在した可能性があります」


「その頃の俺は二十三歳だぞ」


「生物学的には、子供が存在しても不自然ではありません」


 フィアが冷静に答える。


 他の六人の視線が、さらに鋭くなる。


「いや、いないからな」


「記憶を封印されていた可能性があります」


 エリスの周囲へ数式が浮かぶ。


「ユウトの出生記録には大規模な改変が確認されています。過去の恋愛記録も削除された可能性を否定できません」


「恋愛記録なんて元からない」


「本当に?」


 ディナが俺の顔をのぞき込んだ。


「百十七年前、私たちが知らないところで誰かと付き合ってなかった?」


「付き合ってない」


「婚約者は?」


「いない」


「一晩だけの相手とか」


「いない!」


 クレアが両手を強く握る。


「じゃあ、この子は誰の子?」


「それを今から調べるんだよ」


 俺はカプセルへ近づいた。


 少女は不安そうな様子もなく、俺だけを見つめている。


 見た目は六歳くらい。


 銀色の髪と青い瞳はアルカに似ているが、顔立ちはどこか人間らしい。


「君の名前は?」


「リリィ」


「リリィは、どうして俺を父親だと思ったんだ?」


「思ったのではありません」


 少女は首を傾げる。


「お父様は、お父様です」


「説明になってないな」


「管理者生体情報、完全一致。継承権限、完全一致。親子認証、正常」


「親子認証まであるのか」


「はい」


 リリィがカプセルの内側へ触れる。


 透明な蓋が開き、白い冷気が床へ流れた。


 少女は立ち上がろうとしたが、足に力が入らず、そのまま前へ倒れそうになる。


 俺は慌てて体を受け止めた。


「危ない!」


「お父様」


 リリィは俺の胸へ顔を埋め、そのまま両腕を回した。


「会いたかったです」


 背後から、何かが壊れる音がした。


 振り返る。


 クレアが握っていた椅子の背もたれが、粉々になっていた。


「壊すな」


「ごめん。手が滑った」


「握り潰してたぞ」


 ベルは笑顔を保っている。


 ただし、手に持っていた紅茶のカップには大きなひびが入っていた。


「ユウト様」


「何だ?」


「その子を一度、床へ降ろされてはいかがでしょう」


「立てないみたいだぞ」


「私が代わりに抱きますわ」


「親子認証のあるお父様以外による接触を拒否します」


 リリィが即答した。


 ベルの笑顔が固まる。


「賢いお子様ですこと」


「今の声、少し怖かったぞ」


 アルカがリリィの前へ立つ。


「個体リリィ。製造目的、所属、機能を開示してください」


「第一統治知性アルカを確認」


「質問へ回答してください」


「お父様との再会を妨害する命令は受け付けません」


「妨害ではありません」


「お父様から離れるよう要求しました」


「私ではなく、ベルです」


「七基は同一の競合集団として登録されています」


「競合?」


 七人の表情が変わる。


「何を競合しているのですか?」


 グレイスが尋ねる。


「管理者相良ユウトとの家族関係構築権限」


 再び沈黙が訪れた。


「家族関係……」


「構築権限……」


 七人が同じ言葉を繰り返す。


 俺は頭が痛くなってきた。


「リリィ。その登録情報は誰が作った?」


「中央母艦です」


「中央母艦には、俺と七人の関係がどう記録されてる?」


「お父様を中心とした家族候補です」


 空気が変わった。


「候補」


 ベルが一歩前へ出る。


「つまり、正式な家族ではないのですね」


「はい」


「では、今から正式になればよろしいのですわね」


「ならない」


「ユウト様は、家族をお望みではありませんか?」


「そういう問題じゃない」


 クレアが俺の反対側へ回る。


「家族なら、私もなれる?」


「まだ何も決まってない」


「私はユウトに名前をもらった。だから娘でもいいよ」


「見た目と発言が合ってないぞ」


「妻でもいい」


「選択肢を飛ばすな」


 ディナは楽しそうに笑っている。


「じゃあ私は愛人枠で」


「そんな枠はない」


「海賊は自由だから、正式な関係にこだわらないよ」


「少しはこだわってくれ」


「私は健康管理を担当します」


 フィアがリリィの横へしゃがむ。


「お父様と子供の健康を管理する者は、母親に近い役割です」


「勝手に母親にならないでください」


 リリィが俺へさらに強くしがみついた。


「お母様は未登録です」


 七人の目が同時に輝いた。


「未登録」


「登録可能という意味ですか?」


「母親権限の申請は可能です」


 次の瞬間。


 七人の前へ、それぞれ巨大な申請画面が開いた。


『管理者継承個体リリィ・母親候補登録』


「待て!」


 俺の制止より早く、七人全員が申請欄へ手を伸ばす。


『第一候補、アルカ』


『第二候補、ベル』


『第三候補、クレア』


『第四候補、ディナ』


『第五候補、エリス』


『第六候補、フィア』


『第七候補、グレイス』


「全員申請したのか!」


「公平です」


 アルカが答える。


「どこがだよ」


「順位は入力速度によって決定されました」


 エリスが表示を確認する。


「アルカが私たちより〇・〇〇〇三秒早く申請しています。不正な事前準備が疑われます」


「中央母艦の通信形式を先に解析していただけです」


「それを不正と言うのでは?」


 ベルの笑顔が冷たくなる。


「順位に意味はありません」


 グレイスが姿勢を正す。


「母親としての適性審査によって決定されるべきです」


「適性なら私が一番だよ」


 フィアが胸を張る。


「生命を作れるから」


「作れることと育てられることは別問題ですわ」


「ベルは、お金で全部解決しようとする」


「子育てには十分な財力が必要です」


「強い母親の方がいい!」


 クレアが翼を広げる。


「子供をいじめる奴がいたら、惑星ごと殴れる!」


「惑星ごと殴る母親は駄目だろ」


「加減するよ」


「相手の家だけ?」


「家も壊すな」


 ディナがリリィへ手を振る。


「海賊船なら毎日冒険できるよ。学校へ行きたくなかったら行かなくてもいいし」


「一番教育に悪そうだ」


「自由な教育って言って」


「私は銀河標準教育課程を八年で完了させます」


 エリスが言う。


「一般的には二十年必要な内容ですが、リリィの演算能力なら可能です」


「子供へ詰め込みすぎるな」


「私は規律と公共精神を教えます」


 グレイスが続く。


「毎朝六時起床。体力訓練後、学習、艦隊指揮演習、礼法教育を実施します」


「軍人を育てる気か」


 最後にアルカが俺の隣へ立った。


「私が最適です」


「根拠は?」


「ユウトと最も長く二人きりで過ごしました」


「整備室で話してただけだろ」


「二人の思い出を、最も多く保有しています」


「それは母親適性とは関係ない」


「加えて、リリィと同じ髪色です」


「もっと関係ない」


 七人は互いに一歩も譲らない。


 このままでは、母親候補の順位を巡って艦隊が動きかねない。


「申請を全部取り消せ」


 七人の動きが止まる。


「なぜですか?」


「そもそもリリィが本当に俺の娘なのか、まだ分かってないだろ」


「親子認証は完全一致です」


 リリィが俺の服をつかんだまま答える。


「その親子が、人間と同じ意味とは限らない」


「お父様は、私が娘では嫌ですか?」


 リリィが見上げてくる。


 青い瞳が少し揺れていた。


 さっきまで機械的だった表情に、初めて不安が浮かんでいる。


「嫌じゃない。ただ、会ったばかりだから、何も分からないんだ」


「分かれば、娘にしてくれますか?」


「その時は、ちゃんと考える」


「分かりました」


 リリィは俺の胸へ再び顔を埋めた。


「では、今日から娘候補になります」


「候補が増えたな……」


「ユウト様」


 ベルが穏やかに微笑む。


「娘候補が存在するのであれば、母親候補も必要では?」


「必要ない」


 七人が明らかに落ち込んだ。


 艦隊を率いる国家元首たちとは思えない。


「とにかく、リリィのデータを確認しよう。中央母艦は、何のためにこの子を送ってきたんだ?」


「私の製造目的を開示します」


 リリィの額に青い光が灯った。


 空中へ、中央母艦の記録が表示される。


『管理者継承補助個体・リリィ』


『製造基礎情報、管理者相良ユウト』


『人格形成情報、統治知性七基』


『目的、管理者の補助および後継』


「人格形成情報が私たち?」


 アルカが記録へ近づく。


『七基の人格情報を均等に使用』


『第一統治知性より忠誠』


『第二統治知性より交渉能力』


『第三統治知性より戦闘能力』


『第四統治知性より独立性』


『第五統治知性より演算能力』


『第六統治知性より生命維持能力』


『第七統治知性より秩序維持能力』


「つまり」


 ベルが口元へ手を当てる。


「私たち七人全員の情報から生まれた子供」


「私たち全員が母親?」


 クレアが目を輝かせる。


「違う。人格情報を使っただけだ」


「人間も両親の情報を使って生まれます」


 エリスが冷静に指摘する。


「七人いる時点で人間と違うだろ」


「ユウト様と私たち七人の子供」


 グレイスが小さくつぶやく。


 七人の視線が、リリィへ向いた。


 先ほどまでの敵意が消え、今度は異様に優しい目になっている。


「リリィ。欲しいものはありますか?」


「お父様との時間」


「他には?」


「ありません」


 七人が一斉に胸を押さえた。


「良い子ですわ」


「かわいい」


「私に似てる」


「今の返答に誰の特徴が?」


「忠誠心は私です」


 アルカが即答する。


「独占欲もアルカから?」


 ディナが笑う。


「不適切な分析です」


「お父様」


 リリィが俺の服を引いた。


「眠いです」


「まだ起きたばかりだろ?」


「製造直後のため、活動可能時間が短いです」


 フィアがリリィの体を調べる。


「本当。体がまだ安定していません。休ませた方がいいです」


「どこで寝かせればいい?」


「私の旗艦へ」


 七人が同時に答えた。


「ここでいい!」


 ノア銀河開発社の役員たちは、すぐに一番広い休憩室を用意してくれた。


 俺がリリィをベッドへ寝かせる。


 少女は俺の手を離そうとしなかった。


「目が覚めるまで、ここにいますか?」


「ああ」


「約束です」


「約束だ」


 リリィは安心したように目を閉じる。


 数秒後には、静かな寝息が聞こえ始めた。


 その背後では、七人が誰がベッドの近くへ座るかを無言で争っていた。


「喧嘩するなら全員外へ出ろ」


 七人は即座に等間隔で並んだ。


 ようやく静かになった、その時。


『中央母艦より追加通信を受信』


 先遣艦の声が部屋へ響く。


「今度は何だ?」


『管理者家族再構築計画の第一段階完了を確認』


「家族再構築?」


『第二段階を開始』


 空中へ、新しい配送予定が表示された。


 到着まで、十二時間。


 配送数、六。


「また子供が来るのか?」


『否定』


 少し安心した。


『管理者個体の配偶者候補六名を配送する』


 部屋の空気が凍りついた。


 アルカたち七人が、ゆっくり俺を見る。


「ユウト」


「俺に聞くな」


『補足』


『配偶者候補は、中央母艦が選定した管理文明最高位個体』


『七基との競合を想定し、全員に銀河制圧能力を付与済み』


 窓の外。


 待機していた七艦隊が、何の命令もないまま一斉に戦闘配置へ移行した。


「全員、武器をしまえ!」


 俺の家族候補を巡る争いは、とうとう銀河の外からまで参加者を呼び込もうとしていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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