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第10話 王ではないと言ったら、銀河全体への勅命になった



『全管理文明へ通達』


『我らの王が、帰還した』


 停止した黒い巨大艦の表面へ、白い文字が浮かんでいる。


 俺は何度読み返しても、表示内容が変わらないことを確認してから口を開いた。


「訂正してくれ」


『命令内容を確認』


「俺は王じゃない」


『否定命令を受諾』


 黒い艦の文字が消える。


 これでいい。


 生まれた場所も、自分の種族も、まだ何一つ理解できていない。


 そんな状態で、いきなり銀河外文明の王だと言われても困る。


『全管理文明へ訂正通達』


 新しい文字が表示された。


『管理者相良ユウトは、既存の王という階級による表現を否定』


『以後、全階級を超越する最高管理者として登録する』


「悪化してないか?」


「王より上になりました」


 エリスが冷静に答えた。


「訂正の必要があります」


「今度はちゃんと伝えてくれ。俺は誰かの上に立つつもりはない。支配も征服もしない」


『命令を確認』


『最高管理者は既存国家の支配権を要求しない』


『全国家は現在の自治権を維持せよ』


『征服行為を禁止』


『強制的な服従を禁止』


 黒い艦は、今度こそ俺の言葉を正確に表示した。


「そう。それでいい」


『最高管理者による銀河自治継続命令を受諾』


「命令じゃなくて希望なんだけど」


『最高管理者の希望は、最優先命令と同義』


 俺はアルカを見る。


「お前と同じことを言ってるぞ」


「当然です」


「当然なのか……」


 黒い艦から発信された通信は、七大勢力の通信網を通り、銀河全域へ広がっていく。


 先ほどまで俺を機械神や銀河統一者と呼んでいた各国へ、支配も征服もしないという言葉が届いた。


 これで少しは誤解が解ける。


 そう思った直後、グレイスの端末へ大量の通知が流れ込んだ。


『銀河評議会加盟国、自治継続命令への服従を表明』


『ガルダ帝国、最高管理者から領土保持を許可されたと発表』


『メルキア星間王国、自治権下賜記念日を制定』


『神聖リオネス教国、征服を行わない慈悲深き御方として最高管理者を聖典へ追加』


「どうして俺に領土を許されたことになってるんだ?」


「各国は銀河全域が本来ユウト様の所有物であると判断しています」


 グレイスが答える。


「所有してない」


「しかし、銀河外管理文明と七大勢力の最上位権限をお持ちです」


「権限があっても、俺の物じゃないだろ」


「ユウト様が所有権を行使しないことを選ばれている、と解釈されます」


「何を言っても支配者扱いされるのか?」


「現状では、その可能性が高いです」


 ベルが笑顔で端末を見せる。


「交易市場は好意的に反応しております。ユウト様が既存経済を維持すると宣言されたことで、主要星系の市場価格が平均二十一パーセント上昇いたしました」


「俺、経済の話なんて一言もしてないぞ」


「支配者が既存制度を破壊しないと判明したためですわ」


「だから支配者じゃない」


「はい。支配なさらない支配者です」


「言葉がおかしいだろ」


 クレアは窓の外の黒い艦を眺めながら、少し嬉しそうに翼を動かしていた。


「でも、ユウトが私たちより偉いってことは、ずっと前から知ってたよ」


「俺は偉くない」


「私より強い命令を出せる」


「命令権限だけだ」


「それを強いって言うんじゃないの?」


 言われてみれば、反論しにくい。


 俺自身に戦闘能力はない。


 だが俺が止まれと言えば、七艦隊も銀河外艦も停止する。


 外から見れば、俺自身が強いと思われても仕方がないのかもしれない。


『人類存続管理局より通信』


 白い仮面の人物が、再び空中へ映し出された。


 先ほどまで俺と七人を処分すると宣言していた人物だ。


 しかし今は、仮面を外している。


 現れたのは、白髪の女性だった。


 年齢は五十歳前後に見える。


『管理者相良ユウト』


「もう処分はしないんですか?」


『管理局には、銀河外管理艦を停止させる手段が存在しない』


「だから俺を敵に回せない?」


『否定はしない』


 正直な人だった。


『加えて、先遣艦の記録が正しいのであれば、我々が想定していた脅威の前提が崩れる』


「俺がアルカたちの管理者だったことですか?」


『それだけではない』


 女性は古い記録を表示した。


『自己進化型統治知性計画は、人類が銀河外文明の技術を盗用して開始したものだと伝えられていた』


「違うんですか?」


『七基は、最初から人類へ託されていた可能性がある』


 記録には、二百年前に発見された銀河外艦の内部映像が残されていた。


 船内に並ぶ七つの球形コア。


 後にアルカたちとなったものだろう。


 その中央には、小さな空席があった。


『発見当時、この席の意味は不明だった』


「俺の場所?」


『先遣艦の情報と照合した結果、管理者用の接続席である可能性が高い』


 女性は俺を見た。


『七基は兵器ではなかった。管理者とともに文明を維持するための補助知性だったのかもしれない』


「それを、管理局は処分しようとした」


『我々が保有する記録には、七基が人類を支配するという予測結果が残されている』


「誰が予測したんですか?」


 女性は少し黙った。


『初代管理局長だ』


「その人の記録は?」


『存在しない』


「また消されてるのか」


『管理局設立以前の経歴、家族構成、生体情報。そのすべてが削除されている』


 エリスが女性の通信を解析する。


「管理局内部の記録消去方式と、ユウトの遺伝情報を削除した方式が一致しています」


「同じ人物が消した?」


「可能性は八十七パーセントです」


 管理局を作り、アルカたちを危険だと判断し、俺の記録まで消した人物。


 そいつが誰なのかは気になる。


 だが、今の俺にはもっと気になることがあった。


「管理局は、これからどうするんですか?」


『七基とお前への処分命令を撤回する』


「それならいいです」


『ただし、中央母艦の目的が不明である以上、監視は継続する』


「監視くらいなら構いません」


「構います」


 アルカが即座に否定した。


「ユウトの私生活を監視する行為は認められません」


『人類存続に関わる問題だ』


「ユウトの私生活も、私たちの存続に関わります」


「関わらないだろ」


「重大な問題です」


 ベルも深くうなずいた。


「入浴、睡眠、食事、交友関係。すべて最高水準で管理する必要がございます」


「管理しなくていい」


「では、見守ります」


「言い換えただけだろ」


 白髪の女性が、七人の様子を見回す。


『七基が管理者へ異常な執着を示すという予測だけは、正しかったようだ』


「異常ではありません」


 七人の声が重なった。


『そういうことにしておこう』


 女性は小さく息を吐いた。


『管理局は敵対行為を停止する。中央母艦の到着までは、情報共有を希望する』


「分かりました」


「ユウト」


 アルカが俺を見る。


「勝手に協力を決めることは推奨できません」


「さっきまで敵だった相手だからか?」


「はい」


「でも、人類を守るために動いてたんだろ。方法は間違ってたけど」


『我々を信用するのか』


 白髪の女性が尋ねる。


「まだ信用はしてません。でも、今すぐ潰す必要もないでしょう」


 女性は数秒間、俺を見つめた。


『理解できない判断だ』


「よく言われます」


『だが、処分対象へ指定した相手から、その言葉を受け取るとは思わなかった』


 通信が終了する。


 その直後、俺の前に新たな通知が現れた。


『人類存続管理局、最高管理者への暫定協力を表明』


「暫定でいいのに、最高管理者を付ける必要あるか?」


「銀河全体で名称が統一されました」


 グレイスが報告する。


「現在、ユウト様を示す正式名称は、銀河最高管理者となっています」


「やめさせられないのか?」


「七大勢力、銀河評議会、人類存続管理局、銀河外先遣艦のすべてが同一名称を採用しています」


「敵味方がそこでだけ一致するなよ」


     ◇


 黒い先遣艦は、俺の命令によって最低限の機能だけを再起動した。


 攻撃機能は禁止。


 強制転送も禁止。


 アルカたちへの外部干渉も禁止。


 さらに、中央母艦へ俺の意思を伝えるよう命令した。


「回収には応じない。話し合いならする。アルカたちを初期化することも認めない」


『命令を受諾』


『中央母艦へ送信』


「それと、俺を王とか最高管理者とか呼ばないでくれ」


『呼称変更命令を確認』


 少し期待した。


『以後、個体名ユウト様を使用する』


「様もいらない」


『最上位個体への敬称省略は規定違反』


「変なところで頑固だな」


 アルカが満足そうにうなずく。


「適切な判断です」


「お前もユウトでいいんだぞ」


「それは二人きりの時のみ検討します」


「検討するんだ……」


 ひとまず黒い艦の問題は収まった。


 中央母艦の到着まで二十九日。


 それまでは、情報を集めながら今後を考えるしかない。


「じゃあ、今日はもう休んでもいいか?」


 七人が一斉に反応した。


「私の旗艦に最高級の寝室をご用意しています」


「ベルの船より、私の部屋の方が安全です」


「竜機要塞の心臓部なら絶対に攻撃されないよ」


「海賊船の船長室、半分空けてあるよ」


「お兄様専用の寝床を生体素材から作ります」


「睡眠効率を最大化する演算環境を構築します」


「銀河防衛機構本部に、最高警戒区画があります」


「普通のベッドでいい!」


 再び住居会議が始まりかけた、その時だった。


『中央母艦より超長距離転送を検知』


「もう返事が来たのか?」


『通信ではない』


 先遣艦が答える。


『物質転送』


 窓の外で、空間が小さく歪んだ。


 巨大艦でも、兵器でもない。


 一つの白い箱が、ゆっくりと現れる。


『中央母艦より、管理者個体への優先配送物』


「開けても安全か?」


『危険物反応なし』


 アルカが箱を艦内へ転送する。


 床に現れた箱は、人が一人入れそうな大きさだった。


 表面には、俺の名前だけが書かれている。


「開けます」


「慎重にな」


 アルカが箱の封印へ触れた。


 蓋が静かに開く。


 中に入っていたのは、兵器でも、王冠でもなかった。


 小さな冷凍睡眠カプセル。


 その中では、銀色の髪を持つ幼い少女が眠っていた。


「人間の子供?」


「いいえ」


 フィアがカプセルを調べる。


「生体組織と機械構造の複合体です」


 少女の目がゆっくりと開く。


 アルカたちと同じ、青く輝く瞳。


 彼女は俺を見つけると、カプセルの内側から小さな手を伸ばした。


「見つけた」


 幼い声だった。


「お父様」


 部屋が完全に静まり返る。


 俺より先に反応したのは、アルカたち七人だった。


「お父様?」


 七人の声が、今までで最も低く重なった。


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