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生贄聖女の私に、誰も逆らえない皇帝陛下が「私を拒んでいい」と跪いた  作者: 他力本願寺


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第46話 誰も処刑しない審理

大霧の後、審理は一日では終わらなかった。


 壊れた道を直し、離れた州へ書類を送り、証人を迎える。議事堂の一角が法廷に改められ、当事者から独立した法官たちが席についた。


 ハインリヒは宰相席にいなかった。緊急再登録へ連署した責任を認めて辞任し、彼自身も審理を受ける側へ回っていた。


 リシェルは、自分が拘束された時の記録と、ゼノンの地下室で聞いた言葉を提出した。


 次の席にはマリエラが立った。渡した配置表、接触した相手、見返りとして約束されたこと。話し終えても、証言に協力しただけで責任がなくなるわけではないと告げられた。


「承知しています」


 マリエラは答えた。療養所の患者を守りたいという理由と、備蓄を焼かれた街区への責任を、同じ言葉で済ませなかった。


 傍聴席からは、処刑を求める声が何度も上がった。


 リシェルも、証言の後に意見を問われた。


「私は、処刑を望みません」


 言うと、背後で椅子が鳴った。


「あれほどのことをされて、それでいいのですか」


 遺族の一人が訊いた。


「よかったとは、思っていません。今も怖いし、腹も立ちます。ただ、私が望む償いは、記録を残し、奪ったものを返させることです」


 リシェルは法官へ向き直った。


「これは、私個人の希望です。ほかの被害を受けた方の答えまで、代わりに決めることはできません」


 法官は頷き、次の証人を呼んだ。


*


 大公の側にも、反論と弁護の機会があった。


 偽勅を知らなかったという主張は、保管庫の出納、運搬人の証言、私兵へ渡した命令書によって崩れた。アデルの奉献の裁可を皇帝が行った事実も、それを勧めた大公の関与を消す理由にはならなかった。


 ゼノンについては、教会の処分とは別に、拘束、薬の強要、偽勅の運搬への関与が審理された。


 判決の日、大公には爵位剥奪、財産の没収と被害補償への充当、長期の流刑が言い渡された。ゼノンには世俗の法に基づく拘禁と、別途の教会裁判。教会の中だけで済ませることは認められなかった。


「待て。お前たち、私を連れ出せ!」


 大公がかつての部下へ叫んだ。


 誰も動かなかった。


 偽勅を渡された衛兵の一人が、傍聴席から彼を見た。


「私は、あなたが何をさせたかを話しに来たんです」


 大公は手を伸ばしたまま、声を失った。


 法官が閉廷を告げる。立ち去る者の足を、大公はもう止められなかった。


 レオンハルトに関する判断は、別に読み上げられた。


 十年前の避難命令、奉献の裁可、リシェルへの不当な拘束。本人の供述だけでなく、当時の記録と被害を受けた人々の証言を照合した結果だった。


 私財からの補償、継続する公開監査、単独で緊急権限を行使することの禁止。今後公職を担う場合にも、その義務は消えない。記録の提出と遺族への説明も続ける。


「受け入れます」


 彼の声は小さく、書記が復唱した。


 リシェルは自分の拘束の件に関する控えを受け取った。それを、ほかの犠牲者を代わりに許す書類にはしなかった。


 辞任したハインリヒにも責任の認定と処分が告げられた。彼はその後、監督の下で法務の仕事に残ることになった。二人が署名すれば本人の声を省けた、あの条文を二度と復活させないための作業だった。


*


 回廊へ出ると、レオンハルトが窓の近くに立っていた。


「……疲れましたね」


 リシェルが言った。


「ああ」


 彼は喉を押さえ、水を飲んだ。話そうとするたびに書記へ聞き返されたことを、少し気にしているらしい。


「聞き取れない人には、紙で渡せばいいです」


「そうだな。もう、声だけで済ませようとしない方がいい」


 言ってから、彼は自分でわずかに笑った。


 リシェルも笑いかけ、ためらった。審理が終わったからといって、笑ってよい日を誰かに決めてもらえるわけではない。結局、小さく息を漏らすように笑った。


「陛下――」


「その呼び方は、そろそろ直してほしい」


「癖になっているんです」


「私も、振り返ってしまう」


 窓から風が入った。少し寒くて、二人とも同時に窓を見た。


 イルザが回廊の先から来た。


「白百合の家から、連絡です。アデル様が、短い言葉を話されたそうです。面会してもよいと、お返事がありました」


 リシェルは顔を上げた。


 儀式が終わればすべて元に戻ると、医師は言っていなかった。それでも、今日できることが一つ増えたという報せだった。

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