第9話 魔の森のピクニック(予定)と、断絶する常識
「……おい、今なんつった?」
教会の食堂。バレル司祭が、飲みかけた安酒を噴き出しそうになりながら湊を凝視した。
「いや、ですから。子供たちにお肉を食べさせたいので、昨日の森へ採取に行こうかなって。カイルさんたちも護衛してくれるそうですし、ピクニックみたいな」
湊が「週末のバーベキュー」くらいの軽いノリで微笑むと、バレルはこめかみを押さえて唸った。
「いいか、坊ちゃん。あの『魔の森』はな、熟練の冒険者が十人集まって、ようやく生きて帰れるかどうかの地獄だぞ。そんなところにガキを連れて行く? 冗談は寝癖だけにしてくれ」
「カイル隊長! あんたもあんただ、なんで止めねえんだ!」
バレル司祭に咎められたカイルは、振り返った湊からサッと顔を逸らした。
これはあれだ。
司祭がいうことが本当で、上司みたいな俺にカイル隊長は言い出しにくかったのか。
結局、レオたちは「お留守番」を命じられ、湊は重装備の騎士団を引き連れて森へ向かうことになった。
子供たちには「すぐにおいしいお肉や果物を持って帰るからね」と約束して。
森の入り口。
カイルたちは剣を抜き、魔法障壁を展開し、文字通り「死を覚悟した」緊張感で一歩を踏み出した。
対する湊は、レオがくれたたんぽぽの冠を頭に乗せ、鼻歌まじりの軽装だ。
「(……やっぱり、この森は歩き心地がいいなぁ)」
湊が一歩踏み込むと、凶悪な茨の蔦が、まるで「掃除機」に吸い込まれるように一瞬で脇へ退いた。 逆に果樹が進み出て、頭を垂れ、果実を差し出す。
騎士たちが「伏せろ、キメラバードだ!」と叫んだ瞬間、上空を飛んでいた巨大な怪鳥は、湊の【威圧】の余波を受けただけで、空中で気絶して遠くの谷底へ落下していった。
「カイルさん、何かいました?」
「……。いえ、ミナト様。羽虫が落ちただけのようです」
カイルは引き攣った笑顔で、鞘に戻しかけた剣を握り直した。
森の奥深く。
本来なら誰も生きては辿り着けない「聖域」の近くで、湊は足を止めた。
そこには、焚き火に最適な乾いた枝が山積みになり(大地が用意した)、近くの清らかな川には、まるまると太った銀色の魚たちが「捕まえてください」と言わんばかりに浅瀬で跳ねていた。
「お、美味しそうな鳥……かな? あれ」
湊が指差した先。そこには、燃えるような紅い羽根を持つ、伝説の【霊鳥フェニックス】が、なぜか「最高に肉付きのいい鶏」のようなサイズで大人しく枝に止まっていた。
「ミ、ミナト様……!? あれは太陽の使いとも言われる……!」
カイルが震え声で止めようとしたが、フェニックスは湊と目が合った瞬間、自ら命を捧げる……のではなく、美味しそうなもも肉を、不思議な光と共にその場にポロリと残して、瞬く間に治癒し、敬礼するように飛び去っていった。
「(……あ、落とし物かな? 親切な鳥だなぁ)」
湊はそれを異世界特有の不思議現象の一つだと思い込み、ホクホク顔で拾い上げた。
夕方。
教会に戻った湊たちは、約束通り「お肉」を子供たちに振る舞った。
フェニックスのもも肉から溢れ出る、春の陽だまりのような温かいスープ。
「おいしい! お兄ちゃん、これ最高だよ!」
「なんだか、力がみなぎってくるー!」
子供たちが無邪気に喜ぶ横で、バレル司祭は自分に配られたスープを一口啜り、絶句した。
一口飲んだだけで、長年の不摂生で弱っていた肝臓が瞬時に完治し、身体の中から黄金の魔力が溢れ出している。
「……おい、隊長。これ、まさか」
「……フェニックスの慈悲にございます。……私はもう、考えるのをやめました」
カイルは、スープを啜りながら静かに涙を流していた。
湊はそんな大人たちの様子を不思議そうに見ながら、「(……このスープも美味しいけど、この世界ってアイスあるかなあ)」と、たんぽぽの冠を揺らして満足そうに笑うのだった。




