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月夜の迷い子  作者:
第一章 月は地上に降り、人はそれを奇跡と呼ぶ
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第10話 最強の保育園と、冷や汗の司祭

昨夜の「地鶏(?)スープ」の効果は、翌朝の教会の空気に劇的な変化をもたらしていた。

「おっはよー!! 司祭様、お腹すいた!」

「見て見て、司祭様! 私、今日はお布団畳むのすっごく早かったんだよ!」


いつもなら朝に弱い数人の子供たちが、まるで太陽を丸呑みしたかのように元気いっぱいで跳ね回っている。


調理場で昨晩の残り物を片付けていたバレル司祭は、目の前の光景に、持っていたお玉を落としそうになった。

「……おいおい。レオ、お前。そのバケツ、水が満杯に入ってるだろ。なんで片手で軽々と持ち上げてんだ?」

「え? わかんない。なんか、今日は羽が生えてるみたいに体が軽いんだ!」

レオは無邪気に笑いながら、大人でも顔をしかめる重量のバケツを振り回して掃除を始めた。


「(……たった一杯のスープだぞ。もも肉一塊を、あれだけの人数で分けたんだ。微々たる量のはずなのに……)」

バレルは、自らの身体に流れる魔力が、かつてないほど澄み渡っているのを感じていた。

昨日までの「お疲れ気味の司祭」の面影は消え、肌のツヤは二十代の頃に戻り、視力に至っては教会の天井の蜘蛛の巣までくっきりと見える。



「司祭様、おはようございます。みんな、今日は一段と元気ですね」

そこへ、屋根裏から降りてきた湊が、のんびりと挨拶をした。

彼の頭には、まだ昨日子供たちがくれた「たんぽぽの冠」が(加護のせいで枯れずに)乗っている。

「……ミナト。あんた、昨日のスープに何を入れた?」

「え? 昨日の森の鳥さんがくれたお肉と、キノコですよ。やっぱり、ちゃんと栄養を摂ると子供は元気になりますね。成長期には一番です」

「(……栄養を摂ったなんてレベルじゃねえよ)」

バレルは、階段を一段飛ばしで駆け上がる子供たちを見て、冷や汗が止まらなかった。

彼らには自覚がないが、その一挙手一投足には、洗練された魔力の余韻が宿っている。

このままでは、「この孤児院のガキどもは、全員が英雄の卵か?」と噂になってもおかしくない。



一方、教会の庭では、カイル隊長と騎士たちが、子供たちの「訓練(という名のごっこ遊び)」を呆然と眺めていた。

「見ろ……。あの子らの動き、無駄がない。……ミナト様が下された霊鳥の肉が、彼らの魂の器を強引に広げてしまったのか」

「隊長、これでは我ら騎士団の立つ瀬がございません。……あ、見てください。あの子、木の枝を振っただけで、空気の刃を飛ばしましたぞ」

「……。静かにしろ。ミナト様が『ただの食事だ』と仰るなら、これはただの食事なのだ。……いいか、我らもこの奇跡を当たり前のこととして受け入れるのだ。……でないと、我らの心臓が持たん」

カイルたちは、湊が「ただの善良な人間」として振る舞おうとするたびに、世界の方が「いや、あなたは神ですよ」と事実を突きつけてくる残酷な(?)現実に、必死に順応しようとしていた。



「……ミナト。悪いが、しばらくはその『地鶏のスープ』は封印してくれ」

バレルが湊の肩を叩き、切実に訴えた。

「え? 美味しかったのに、残念ですね」

「美味しすぎるのも罪なんだよ。……いいか、これ以上あいつらが元気になったら、この教会を物理的に壊し始めかねないからな」

バレルは、子供たちが「遊ぼう!」と湊に群がる様子を見ながら、心に決めた。

この「奇跡」の余波が落ち着くまで、外部からの視察や冒険者の立ち入りは、全力で阻止しなければならない。

それは、湊の「平穏な暮らし」を守るためであり、同時に、この世界の「常識」を崩壊させないための、バレルなりの最後の抵抗だった。


「(……ったく。俺は無信仰だったはずなのに、なんで神様の隠蔽工作を手伝ってんだか)」

湊は、そんなバレルの苦労に気づかず、「(……今度はもっと、普通のお肉を探してこよう。豚肉とかあればいいな)」と、穏やかな朝の光の中で、次回のメニューを考えていた。


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