第11話 過剰なサービスと、募る不信感
「……終わったな。酒が不味くなる」
教会の裏手。バレル司祭は、空になった薪割り場を眺めて吐き捨てた。
カイルたちが「ミナト様のお手を汚すな!」と一瞬で片付けたせいで、もはや教会の裏庭は不気味なほど整っている。
「司祭様。二日酔いなら無理しないでくださいよ」
湊がバケツを持って通りかかる。彼が歩くだけで、泥だらけだった地面が脱臭・除菌されたように清まり、可憐な花が咲く。
だが、実のところ、湊はそれを「奇跡」として喜んでなどいなかった。
「(……まただ。勝手に環境が変わってる。このチート能力、俺が何か代償を払ってる自覚がないだけで、実は寿命とか削られてるんじゃないか?)」
湊は、【創造神の寵愛】やらのチート能力を、「高利貸しが顧客につける優良マーク」のようなものだと警戒していた。
「ミナト……。昨日、市場であのリンゴを配っただろ。衛兵がその一部始終を領主館へ報告したらしい。今頃、バシュラル伯爵は、お前を『国家を揺るがす特級の危険人物』だと疑って、戦々恐々としてるぞ」
「(……。やっぱりな。なんというか、能力が過剰なんだよなあ。周囲の反応も後から情報を知れば、当然だけど。無知なのが良くないか?)」
湊にとって、このチート能力は誰がなんの目的で贈ってきたかわからないもの。
便利ではあるが、一概に喜べるものばかりではない。
「(どこかで知識をつけたいけど、皆が敵か味方かもわからないんだよな・・・)」
その日の昼過ぎ。
教会の前に、豪華な紋章をつけた馬車と、武装した衛兵たちが到着した。
「バシュラル伯爵閣下より、ミナト殿へ。昨日の市場での騒乱、および無許可の医療行為について、館にて弁明を求める。……これは正式な召喚である」
「(……よし、来た。ここは誠実に対応して、穏便に済ませよう。下手に逆らって、これ以上波紋を広げるわけにはいかない)」
湊がまた起こった問題を今度こそ穏便に終わらせるべく、覚悟を決めて一歩踏み出した、その時だった。
――カッ!!!
雲一つない青空から、突如として視界を白く染め上げるような、暴力的なまでの「日差し」が降り注いだ。
【太陽神の親愛】が自動発動中
警告:不当な拘束の意思を確認。排除行動を推奨します。
「うわあああ! 目が、目がぁぁ!」
「ひ、ヒィッ!? 太陽が……太陽が落ちてくる!」
使者や衛兵たちが、あまりの眩しさと「熱」にその場に膝をつき、顔を覆った。
不思議なことに、湊にとっては「少し日当たりのいい場所」程度の感覚でしかない。
「……あな恐ろしや。なんという、なんという独占欲……!」
洗濯物を持ったまま立ち尽くしていたシスター・マルタが、ガタガタと震え出した。
彼女はかつて総本山で「当代の巫女」に仕えていた、この世界で最も「神の声」に近い経歴を持つ女性だ。
「……マルタさん? 大丈夫ですか?」
「ミナト様……。今のは、天候不順などではありません。……太陽様が、巫女様という唯一の窓口を完全に無視して、空から直接叫ばれたのです。『私の大事な弟を、あんな豚小屋へ連れて行こうとするなんて、一万年早いわよ!』……と!」
「(……。マルタさん、想像力が逞しすぎるだろ。……待てよ、これ、もし神を騙る『悪魔』の仕業だったら?)」
湊は、マルタの熱烈なセリフを聞きながら、背筋に寒いものを感じていた。
「親愛」だの「弟」だのと言いつつ、自分の意志を無視して周囲を攻撃し、孤立させるこの力。それは愛というより、「所有物の管理」に近い。
「(……このままだと、俺は『神』に祀り上げられるか、その前に世界中を敵に回して終わる。……誰がこの設定を組んだか知らないが、性格が悪すぎるだろ)」
衛兵たちは「神罰だ……!」と叫びながら、馬車を捨てて逃げ出していった。
「……ミナト。あんた、もう隠し通すのは無理だぞ」
バレルが、もはや諦めたようにため息を吐いた。
「本山の巫女が、何百年も聴けなかった声を、太陽が街中で叫んだんだ。……当代の巫女が、自分の足でここへ飛んでくるぞ」
「(……本社から、唯一の最高権力者がわざわざ地方支店に!? やめてくれ。……この『親愛』とやらの副作用で、俺の人生がどんどん予定外の方向に破壊されていく……)」
湊は空を見上げ、得体の知れない「管理者」への不信感を募らせた。
自分が受けているのは、祝福などではない。 もっと巨大で、もっと底意地の悪い「何か」に、盤面を整えられているのではないか。
湊は、窓から差し込む「やけに自分にだけ暖かい光」を、冷たい目で見つめ返すのだった。




