第7話 聖域の「営業妨害」と、異世界の接待事情
「……なぁ、ミナト。あんた、自分が何をしたか分かってるか」
サーシャの家から戻った後、バレル司祭は教会の受付カウンターに突っ伏して、深すぎる溜息をついた。
「え? お見舞いですよ。おかげさまで元気になってくれましたし、良かったじゃないですか」
「良くねえよ。この街の『薬師ギルド』はな、万病に効くと触れ回って高価な薬を売って食ってるんだ。あんたがタダで奇跡を振りまくと、あいつらの商売が干上がる。……そうなれば、この孤児院への寄付も止まるかもしれないんだぜ」
「(……なるほど。異世界にも『価格破壊』による不当競争の概念があるのか。社畜時代も、競合他社の無料キャンペーンには悩まされたな……)」
湊は、日本のビジネス街で培った「忖度」と「苦情対応」の記憶を呼び起こした。
湊が「どうお詫びしたものか」と思案していると、教会の重い扉が乱暴に開け放たれた。
現れたのは、上質なローブを纏った太った男と、計算高そうな目つきをした商服の男。
それぞれ「薬師ギルド」の支部長と、「商人ギルド」の代表者だった。
「司祭殿! 聞けばこの教会に、無許可で医療行為を行い、ポーションの独占販売権を侵害した『不届き者』がいるそうだな!」
「(……うわ、来た。クレーム対応だ)」
湊は思わず、営業職時代の「申し訳ございません」の角度(30度)で頭を下げそうになった。
だが、その背後でカイル隊長が静かに剣を引き抜こうとするのが見え、慌ててそれを手で制する。
勝手に不用意なことをしたのは、こちらだ。
「あ、あの! 薬師ギルドの方ですね。この度は弊社の……じゃなくて、俺の勝手な振る舞いでご迷惑をおかけして、本当に申し訳ありません!」
「はあ? なんだ、その妙に慣れた謝罪は……」
支部長が毒気を抜かれたような顔をする。
湊はインベントリ(無限収納)を必死に探った。
「(お金はない……。でも、お詫びの品がないのはビジネスマナーとして最悪だ。……あ、これなら)」
湊が取り出したのは、森で休憩している時に、木の枝が「食べて」と言わんばかりに目の前に差し出してきた、黄金色に輝く大きな果実だった。
湊の目には、それは「銀座の高級果物店で桐箱に入って売られていそうな、やけにツヤのいいリンゴ」に見えていた。色については、異世界だし。
「これ、森で拾ったんですけど、すごく立派で美味しいんです。……どうか、これで今回は手を打っていただけませんか? つまらないものですが……」
「つ、つまらないもの……だと?」
薬師ギルドの支部長が、その果実を一目見た瞬間に、目玉が飛び出しそうなほど見開いた。
それは、一口食べれば魔力が倍増し、死の淵からも蘇ると言われる伝説の霊果、【黄金の太陽林檎】だった。
湊の【創造神の寵愛】やら【地母神の畏怖】やらによって磨き上げられたその果実は、もはや物質というより「魔力の塊」に近い輝きを放っている。
「……ま、待て。これを……これを『お詫び』に……?」
商人ギルドの代表は、その価値を瞬時に計算しようとしたが、あまりの桁数に脳がショートした。一国を買い取れるほどの至宝を、湊は「取引先への手土産」程度の感覚で、二人に一つずつ手渡した。
「(……よし、意外と食いつきがいいぞ。やっぱり果物は最強の手土産だな)」
ほっと息をついた湊は視界の端にシステムウィンドウが表示されてるのに気づき、絶句。
【威圧】を敵対者に自動的に発動中(意思により、微弱化)
「ひ、ヒィッ!? し、失礼しましたぁぁぁ!」
男たちは、湊の挙動を深読みし、霊果を「爆発物」でも扱うような震える手で抱え、転げるように教会から逃げ出していった。
「……。えーと、よし。丸く収まったな」
湊が、場を納めるように頷く。
「……。ミナト、あんた……。今ので『俺は至宝をゴミのように配る、底の知れない支配者だ』って街中に触れ回ったようなもんだぞ」
バレル司祭が、もはや呆れるのを通り越して、感心したようにため息を吐いた。
結局、その日の夕方には、「教会に住む、黄金の果実で街を支配しようとしている、銀髪の神」という、さらに歪曲された噂が街中を駆け巡ることになった。
「……これ、明日から普通に街を歩けますかね?」
「……無理だな。大人しく子供の相手でもしてろよ」
湊は、また居心地が悪そうに頬を掻きながら、とりあえず子供たちのために、夕食の準備を手伝うことにした。




