㉞-3 手繰り寄せられた糸
もう、アルベルトに全てを黙っている理由はなくなった。
この場に居る誰一人として、元の生活には戻れないのだ。
「……レンはとある目的のために、この世界に降り立ったの。それから千年近く、彼女はこの世界で生きていた。その過程で、十二世紀以前から、色んな人々と交流を持ったんだと思う。でも、……そのレンは、1882年に亡くなったの」
「1882年……。六十八年も前に……? じゃあ、今のあいつは……」
恐らく事情を知っているであろうアドニスが語る前に、まずは自分の口から話したかった。
「レンの状況を説明するために、私たちの話をさせてもらうわ……」
アルベルトは一瞬目を見開いた。静かに頷くと、改めてマリアを見据えた。
「私も、人間じゃないの」
マリアはそう言うと、天井を見つめた。
水中を漂う細かな泡が一つに集まり、大きな泡となって天へと昇っていった。
「どういう意味だ。人間じゃないって……」
「言葉通りよ」
マリアは言葉を短く切った。
「人間じゃないっていうのは、あいつと同じ、精霊みたいな存在ってことか……?」
何も知らないフリージアは、アルベルトを見上げた。
アルベルトの言葉は、レンが人間ではないことを示しているように聞こえたからだ。
「……そんな綺麗なものじゃないわ」
マリアは溜息をついた。
「私は人造人間。とある目的のために、作られたの」
「なんだって……!?」
「心臓にコアと呼ばれる機械が埋め込まれていて、そのコアが壊れると死ぬの」
ヴァルクとコルネリアは姿勢を正した。言葉の意味を理解しているのかもしれない。
一方、フリージアはアルベルトの足にしがみ付いた。
マリアは寂しそうに笑みを浮かべた。
「怖いよね。ごめんね、フリージア」
「そ、それは……」
「ティナも人間じゃない。そして、レンも……。あなたにとってのティニアも、人間じゃないわ」
フリージアはアルベルトの服の裾を引っ張った。アルベルトは優しくフリージアを抱き寄せたが、視線はマリアに向けたままだった。
「それで、どうあいつと繋がるんだ」
マリアは自分の肩を抱いた。
マリア自身も、レンの口から聞きたかった話だった。
知っていることとはいえ、口にするたび、胸の奥が重く沈んでいく。
マリアとアルベルトの会話を黙って聞いていたティナは、ゆっくりと立ち上がろうとしていた。
マリアはすぐに手を差し伸べた。
「無理しないで」
「……有難う御座います」
ティナはマリアの手を取ると、アルベルトへ向かった。ティナの手は震えていた。
「……続きは私からお話します」
「ティナさん……」
ティナはアルベルトと視線が合うことを避けた。
「……レンは人間として、1920年に生まれ変わりました。ですが、レンは普通に暮らしたわけではありません。とある組織に潜入するため、自ら人身売買される道を選びました。……私もその頃に改造されました」
「じゃあ、貴女も……」
「はい。私も人間ではありません。私は、ケルンメンシュと呼ばれる実験台であり、人造人間のようなものです」
「マリアとは違うのか?」
「……今は、レンの話を——」
ティナの言葉に、アルベルトは黙って頷いた。マリアは居たたまれず、足元へと視線を落とした。
自らは母なる器で、ムッターゲフェースと呼ばれる得体の知れない人造人間だ。
レンの話をする場面で、態々マリアの話をする必要はない。
アルベルトが向き合うべきなのは、マリアではなくレンだ。
ティナとアルベルトの話を黙って聞いていたアドニスは表情を曇らせた。かと思えば自虐的な笑みを浮かべ、もの悲しそうな劇場の俳優のように、それを語った。
「レン様は非人道的な奴らの組織を暴くために、自ら人柱となって、組織に潜入することにしたのです。本当に、レン様は自己犠牲が過ぎる。……そうしてレン様は思惑通りに売られ、改造されたというわけですよ。当然、僕は止めたんですがね。御覧の通り、聞き分けの良い方ではありませんでしたからねえ」
アドニスの言葉を聞き、マリアは重い口を開いた。
「その非人道的な宗教団体が、ヴェルローラよ」
「ヴェルローラ……?」
「そのヴェルローラへ、先に潜入させていたスパイが、先ほど会った男——ラウルよ」
アルベルトは息を飲んだ。
「なんだと?」
「……ラウルは機械人形と呼ばれる存在なの」
「機械人形!?」
「そう。その機械人形のラウルと、改造されていたレンの手引きで、私とティナはアウローラって組織に逃げることが出来たの。だから、二人は恩人なの——」
だから味方である。そう言葉を繋げようとして、マリアは押し黙った。診療所を襲撃した今となっては、ラウルが味方だとは言い切れない。
「……その話を、信じろと言うのか」
「ええ、そうです。レン様の目的は、ヴェルローラを破壊し、この世から消し去る事でしたから」
アルベルトの言葉に答えたのは、アドニスだった。
フリージアはカタカタと震えていた。
「レン様はヴェルローラで活動し、内部破壊を目論んでいました。順調に見えた目論見でしたが、……1936年、12月。レン様に廃棄処分が下りました」
アドニスの言葉は、アルベルトとフリージアを凍らせるのには十分すぎる言葉だった。
「は、廃棄処分……!?」
アルベルトは声を上げた。フリージアは一瞬、ピクリと跳ねた。アルベルトの声に驚いたのではない。
「……廃棄処分は、ヴェルローラにとって覆らない決定でした。反抗しようものなら、ペアを組んでいるラウルにあらぬ嫌疑がかかるところでした。レン様の目的は、あくまでヴェルローラの壊滅でした。それを優先させたレン様は、廃棄処分を受け入れたというわけです」
「…………」
「それなら最期にと、レン様の我儘を聞いたラウルが、ドイツへと連れて行きました。最期の我儘だったそうですよ」
アドニスの言葉を聞けば聞くほど、それが紛れもない現実なのだと思い知らされる。
マリアは歩み出た。口にするのも躊躇われたが、残酷な現実を伝えなければならない。
「ねえ、アルベルト。ドイツのポツダムで会ったっていう、アルビノの男。覚えている?」
アルベルトは息を飲んだ。
痺れるような静寂が、その場を支配していった。




