㉝-4 セシュールの隠れ里①
静けさは先ほどの現場をより一層、異常なもののようにしていく。
薄暗く気味の悪い空間は、マリアの不安を増大させた。
「……皆いる?」
人の気配に気付いたマリアは、声を上げた。
それぞれの声が聞こえだし、マリアは胸をなでおろした。
「皆いるみたいね。ティナ……、先生、傷はどう?」
「私は大丈夫ですよ、マリア」
「本当に? ごめんなさい、私……」
「大丈夫です。嘘ではありませんよ。アドニスさんの魔法で、出血は止まっています。ですが、ゲオルク——レオンは脇腹と足を撃たれていますから」
ティナはレオンへ手を差し伸べた。その手に覆いかぶさるように、大きな手が伸びてくる。
「アルベルトさん……」
「止血してあっても、ティナさんは怪我人だ。無理をすると、マリアが辛くなる。レオンは俺が支えるよ」
「……有難う御座います」
アルベルトの差し出した手を取らず、レオンは気まずそうに視線を外していた。
「どうしたんだ、レオン」
「アル……。僕は……」
ティナはアルベルトを見つめると、首を横に振った。レオンの複雑な事情を考え、アルベルトは手を引いた。
「レオン、お前の事情を俺は知らない。だけど、無理はしないで頼って欲しい」
「…………」
「はい。その時はお願いします」
レオンの代わりに、ティナがそう答えた。
ぎくしゃくした三人を見つめていたマリアに、水滴が顔に降ってきた。
マリアはその場を確認した。
ひんやりとしており、ある程度の湿度があるようだった。
少なくとも、診療所からは離れているだろう。
とても静かであり、銃声も聞こえてこない。
話し声が響いていることから、洞窟の中である可能性もある。
少なくとも、ラウルやレンは近くにはいないようだ。
「ここはどこ?」
マリアの言葉に、ティナが顔を上げた。
「ボーデン湖の地下のようですね」
「ボーデン湖の、地下!?」
ボーデン湖といえば、スイスとドイツの国境沿いにある巨大な湖のことである。
マリアはボーデン湖を訪れたことは無いが、その地下にこのような空間があることなど知る由もない。
その時、マリアの耳に足音が聞こえてきた。
足音の方角からは、明かりが揺れている。
その光は足音と共に、揺らめきながら近づいていた。
それがランプの光であることに気付いたのは、マリアだけではない。
「何者だ!」
「待って、アドニスさんかも……」
そう言いつつも、マリアは手に持つ拳銃を握り直した。
ティナを撃った瞬間が、頭を過ぎる。
「……子供の背丈です」
ティナの言葉と同時に、洞窟が明るく照らされ、目が眩んだ。
「こちらに居ましたか」
眩しくて見えないが、少年のあどけない声が聞こえた。少年はランプを自分の背丈より上へ向けると、その正体を現した。
「良かった。撃たれてしまうかと思いました」
「お前は誰だ」
警戒するアルベルトだったが、少年は妙に落ち着いていた。
少年は帽子を被っており、継ぎ接ぎだらけのオーバーオールを着ていた。
「ヴァルク・ラダ・チェーニーです。とはいえ、名乗っても分からないかと」
「そうだな」
「俺はレスティン・フェレスから来た一族の末裔です。そう言ったら伝わると、聞いていますが」
ヴァルクと名乗った少年は、オーバーオールのポケットに手を入れた。
拳銃を取り出すと思ったアルベルトは、マリアを庇うように手を広げた。
「これを見せれば、少しは信じてもらえますかね」
その手には銀に輝く懐中時計があった。
「それ、レンの!」
マリアの声に、少年は反応する。
「そうですよ。……レンの名前までご存じなんですね」
「君は一体……」
「そうですねー。僕は認めていませんが、一応息子みたいな感じですかね」
「何?」
マリアはアルベルトを宥めると、前へと歩み出た。
「私たち、そのレンに撃たれたりして来ているの。わかる? 信用するには、その懐中時計は逆効果よ」
「……そうか。間に合わなかったのか」
『間に合わなかった』
ラウルも同じことを口にしていた。アルベルトだけではなく、マリアもその言葉には反応した。
「間に合わなかったって、どういうこと?」
「うーん。何かあれば、ここへ皆さんを飛ばすから、説明するようにと伺っています。俺は丸腰の子供ですから、撃ち殺したくなったらいつでも撃ってもらって構いませんので……」
ヴァルクは笑みを浮かべた。その笑みに、マリアはアルビノの少年レンを思い浮かべた。
「怪我人もいるのでしょう? ここはさすがに場所が悪いので、俺らの村に案内します。といっても、年下の弟みたいなのが居るだけで、もうほとんど絶滅しているのですが」
少年のトゲのある言葉に、マリアとアルベルトは顔を見合わせた。
少年ヴァルクとのやり取りを黙って見ていたティナが、ゆっくりと立ち上がった。
「有難う御座います。ラダの子よ」
深々とお辞儀するティナへ、ヴァルクは目を丸くした。
「驚いた。ラダって聞いて、ラダの子って言われるなんて。久しぶりだなあ」
「…………」
「案内する村の名は、セシュールの隠れ里って言います。ちゃんとした名前はないんですよ」
少年はランプを掲げると、手招きした。
「どうぞ、こちらです。俺らは、貴女方を歓迎します」




