㉝-3 後悔
ティナを撃ってしまった。
マリアは激しく動揺し、首を横に振った。
——カシャン。
マリアは拳銃を床に落とし、その場に崩れ落ちた。
狼狽えるマリアは、慌ててティナへ駆け寄った。
「ああ、ティナ……。私、あなたを……」
「大丈夫ですよ。ちょっと掠っただけです。マリアは優しい子です。大丈夫」
ティナは微笑みかけたが、背中の出血は止まっていない。
掠ったなど嘘だ。
マリアの瞳が、赤く輝いた。
その輝きに気付いたティナが、言葉を発しようとした。
その時だった。
「レン様!」
処置室に駆け込んできたのは、神父アドニスだった。
アドニスはレンを見るや否や、アルベルトやマリアの前へ立ちふさがった。
ラウルは拳銃を向けはしたが、撃つ気配はない。
「ラウル、いい加減にしてください! もう十分でしょう!」
「チッ、面倒な奴が来たな」
「アドニスも、こいつと知り合いなのか!?」
「今はそんなことを気にしている場合ではありません! ……レン様も、どうか退いてください!」
アドニスは杖のようなものをラウルとレンへ向けた。
「僕も容赦はしませんよ!」
「魔法を操る呪術師ですか。構いません。私は、命令を続行します」
尚も拳銃を向けるレンに手をかけ、拳銃を下ろしたのはラウルだった。
「もういい、充分だ。姉さん」
ラウルは、レンのいる後方へと飛んだ。
「上出来だ。退こう」
ラウルの冷たい声が部屋に響き渡る。
レンはアルベルトを見つめていた。アルベルトは懇願するように、レンを見つめ返した。
「ティニア……!」
「どうした。先に退け」
ラウルの冷たい声が響き、レンは踵を返した。
「待ってくれ!」
ラウルがアルベルトへ拳銃を向けた。
レンが窓枠を飛び越えると、ラウルは銃を構えたまま、同じく窓枠を飛び越えた。
振り返ったレンはアルベルトをじっと見つめたままだが、表情に変化はない。
「どうした、退けと言っている!」
「ティニア……!」
ラウルはアルベルトの声に反応するかのように、無表情のレンを抱き寄せると、彼女の額へ軽く口付けた。再び頬をすり合わせると、アルベルトへ嗤い掛けた。
「てめえ……」
「アル、やめるんだ!」
レオンの決死の叫びに、アルベルトはぐっと歯を食いしばる。
「行くぞ」
ラウルはレンの腕を掴むとそのまま後退した。
マリアは、慌ててその後を追いかけようとするが、アドニスが慌ててその腕を引く。
「ッ! 何をするの! 行かせて!」
「何を言っているんですか、この惨状を見て下さい!」
二度も撃たれたレオン、そして自ら撃ってしまったティナが、浅い呼吸を繰り返していた。
我に返ったマリアは、慌てて二人に駆け寄った。
しかし、ガラスの割れた窓からは、多くの足音が聞こえてくる。
「警察だ! 銃声を聞きつけたのです! すぐに移動しなければ、面倒なことになりますよ!」
「アドニス! あんた、何を知っているのよ!」
「今そんな事を、仲間内で争っている場合ではありませんよ! それぞれ事情があるでしょうが、今はこの場を離れることを優先して下さい!」
呆然と立ち尽くすアルベルトは窓へ体を向けたまま、アドニスを睨みつけた。激しい形相からは殺意に似た感情が見て取れる。
アドニスが言葉を言いかけた時、アルベルトの瞳が赤く光り出した。
ピリピリとした威圧感が、アルベルトから発せられた。
アドニスは歯を食いしばると、アルベルトに向かった。
「落ち着きなさい。ここで暴れても、犠牲者が増えるだけです。……レオン先生。貴方も、もう日常へは戻れないと思って下さい」
「……わかっています」
アドニスは手に持つ杖を天井へ掲げると、短い呪文を唱えた。
すぐにアドニスから眩い光が放たれ、レオンとティナが金色の光の泡に包まれた。
驚いたレオンが声を上げる。
「これは、レンの治癒魔法……」
「ほう。記憶が戻っているのですか。成程……。とはいえ、説明は後です。一応止血致しましたが、一時的なものです」
アドニスが杖を再び振り上げると、アドニスの影が大きく伸びた。
「さあ、まずは私の影に、全員入ってください。別の場所へ飛ぶことが出来ます。ささ、僕を信じて影を踏んで下さい。さあ早く」
レオンとティナは見つめ合うと、頷きあった。
そして、お互いの身体を支えながら影を踏み込んだ。
その瞬間、二人は影へ吸い込まれると姿が見えなくなった。
一瞬の出来事であった。
「マリア、君は転がっている拳銃を拾って下さい。それは改造銃ですので、あると面倒です」
「わ、わかったわ……」
マリアはラウルの拳銃を拾い上げた。
先程は気付かなかったが、拳銃にはある程度の重量感があった。
この拳銃で、マリアはティナを撃ってしまった。
マリアの手が震えだした。
「何しているのです! さあ! 早く……」
「あ……」
狼狽えるマリアに、アドニスは微笑みかけた。
「先ほどの治癒魔法で、ティナの止血は済んでいます。影の向こうに、彼女たちがいます」
「でも……」
「後悔しているのですか? ならば、彼女に謝罪をするのが先では?」
アドニスの言葉に、マリアは頷いた。
重い拳銃を持ったまま、恐る恐る影へ足を踏み入れた。
そこは底なしの穴になっているようだった。
その力が何であるのか、マリアは気付いた。
マリアの持つ、転移の力によく似ている。
もう一歩足を踏み入れると、マリアは中へ吸い込まれた。
その場に取り残されたのはアドニスと、アルベルトだけとなった。
アルベルトは静かだった。
瞳の色は青に戻っていた。
「君も早く影へ入ってください」
「……お前はどうするんだ」
「この場に誰も居なければそれに越したことはないでしょう。なあに、警察など言いくるめればよいのです。その後で、姿を眩ませますよ」
「逃げるなよ」
「それは君もですよ、アルベルト」
レンの去った窓を見つめたまま、アルベルトは影へ足を踏み入れた。瞬時に闇へ包まれ、そこは冷たい湿気のある洞窟のような場所へ変わった。
湿った空気や冷たさが全身を包み、絶望をより一層強めていく——。




