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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode33「アリオーソ」
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㉝-3 後悔

 ティナを撃ってしまった。

 マリアは激しく動揺し、首を横に振った。


 ——カシャン。


 マリアは拳銃を床に落とし、その場に崩れ落ちた。

 狼狽えるマリアは、慌ててティナへ駆け寄った。


「ああ、ティナ……。私、あなたを……」

「大丈夫ですよ。ちょっと掠っただけです。マリアは優しい子です。大丈夫」


 ティナは微笑みかけたが、背中の出血は止まっていない。

 掠ったなど嘘だ。


 マリアの瞳が、赤く輝いた。

 その輝きに気付いたティナが、言葉を発しようとした。

 その時だった。


「レン様!」


 処置室に駆け込んできたのは、神父アドニスだった。


 アドニスはレンを見るや否や、アルベルトやマリアの前へ立ちふさがった。

 ラウルは拳銃を向けはしたが、撃つ気配はない。


「ラウル、いい加減にしてください! もう十分でしょう!」

「チッ、面倒な奴が来たな」

「アドニスも、こいつと知り合いなのか!?」

「今はそんなことを気にしている場合ではありません! ……レン様も、どうか退いてください!」


 アドニスは杖のようなものをラウルとレンへ向けた。


「僕も容赦はしませんよ!」

「魔法を操る呪術師ですか。構いません。私は、命令を続行します」


 尚も拳銃を向けるレンに手をかけ、拳銃を下ろしたのはラウルだった。


「もういい、充分だ。姉さん」


 ラウルは、レンのいる後方へと飛んだ。


「上出来だ。退こう」


 ラウルの冷たい声が部屋に響き渡る。

 レンはアルベルトを見つめていた。アルベルトは懇願するように、レンを見つめ返した。


「ティニア……!」

「どうした。先に退け」


 ラウルの冷たい声が響き、レンは踵を返した。


「待ってくれ!」


 ラウルがアルベルトへ拳銃を向けた。

 レンが窓枠を飛び越えると、ラウルは銃を構えたまま、同じく窓枠を飛び越えた。

 振り返ったレンはアルベルトをじっと見つめたままだが、表情に変化はない。


「どうした、退けと言っている!」

「ティニア……!」


 ラウルはアルベルトの声に反応するかのように、無表情のレンを抱き寄せると、彼女の額へ軽く口付けた。再び頬をすり合わせると、アルベルトへ嗤い掛けた。


「てめえ……」

「アル、やめるんだ!」


 レオンの決死の叫びに、アルベルトはぐっと歯を食いしばる。


「行くぞ」


 ラウルはレンの腕を掴むとそのまま後退した。

 マリアは、慌ててその後を追いかけようとするが、アドニスが慌ててその腕を引く。


「ッ! 何をするの! 行かせて!」

「何を言っているんですか、この惨状を見て下さい!」


 二度も撃たれたレオン、そして自ら撃ってしまったティナが、浅い呼吸を繰り返していた。

 我に返ったマリアは、慌てて二人に駆け寄った。

 

 しかし、ガラスの割れた窓からは、多くの足音が聞こえてくる。


「警察だ! 銃声を聞きつけたのです! すぐに移動しなければ、面倒なことになりますよ!」

「アドニス! あんた、何を知っているのよ!」

「今そんな事を、仲間内で争っている場合ではありませんよ! それぞれ事情があるでしょうが、今はこの場を離れることを優先して下さい!」


 呆然と立ち尽くすアルベルトは窓へ体を向けたまま、アドニスを睨みつけた。激しい形相からは殺意に似た感情が見て取れる。


 アドニスが言葉を言いかけた時、アルベルトの瞳が赤く光り出した。

 ピリピリとした威圧感が、アルベルトから発せられた。


 アドニスは歯を食いしばると、アルベルトに向かった。


「落ち着きなさい。ここで暴れても、犠牲者が増えるだけです。……レオン先生。貴方も、もう日常へは戻れないと思って下さい」

「……わかっています」


 アドニスは手に持つ杖を天井へ掲げると、短い呪文を唱えた。

 すぐにアドニスから眩い光が放たれ、レオンとティナが金色の光の泡に包まれた。


 驚いたレオンが声を上げる。


「これは、レンの治癒魔法……」

「ほう。記憶が戻っているのですか。成程……。とはいえ、説明は後です。一応止血致しましたが、一時的なものです」


 アドニスが杖を再び振り上げると、アドニスの影が大きく伸びた。


「さあ、まずは私の影に、全員入ってください。別の場所へ飛ぶことが出来ます。ささ、僕を信じて影を踏んで下さい。さあ早く」


 レオンとティナは見つめ合うと、頷きあった。

 そして、お互いの身体を支えながら影を踏み込んだ。

 その瞬間、二人は影へ吸い込まれると姿が見えなくなった。

 一瞬の出来事であった。


「マリア、君は転がっている拳銃を拾って下さい。それは改造銃ですので、あると面倒です」

「わ、わかったわ……」


 マリアはラウルの拳銃を拾い上げた。

 先程は気付かなかったが、拳銃にはある程度の重量感があった。


 この拳銃で、マリアはティナを撃ってしまった。

 マリアの手が震えだした。


「何しているのです! さあ! 早く……」

「あ……」


 狼狽えるマリアに、アドニスは微笑みかけた。


「先ほどの治癒魔法で、ティナの止血は済んでいます。影の向こうに、彼女たちがいます」

「でも……」

「後悔しているのですか? ならば、彼女に謝罪をするのが先では?」


 アドニスの言葉に、マリアは頷いた。


 重い拳銃を持ったまま、恐る恐る影へ足を踏み入れた。

 そこは底なしの穴になっているようだった。


 その力が何であるのか、マリアは気付いた。

 マリアの持つ、転移の力によく似ている。

 もう一歩足を踏み入れると、マリアは中へ吸い込まれた。


 その場に取り残されたのはアドニスと、アルベルトだけとなった。

 アルベルトは静かだった。


 瞳の色は青に戻っていた。


「君も早く影へ入ってください」

「……お前はどうするんだ」

「この場に誰も居なければそれに越したことはないでしょう。なあに、警察など言いくるめればよいのです。その後で、姿を眩ませますよ」

「逃げるなよ」

「それは君もですよ、アルベルト」


 レンの去った窓を見つめたまま、アルベルトは影へ足を踏み入れた。瞬時に闇へ包まれ、そこは冷たい湿気のある洞窟のような場所へ変わった。


 湿った空気や冷たさが全身を包み、絶望をより一層強めていく——。

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