㉝-2 止まぬ銃声
レンの持つ拳銃からは、僅かに煙が上がっていた。
崩れ落ちたレオンは脇腹を抱え、床に這いつくばった。脇腹からは、どくどくと血が流れだしていた。
レンが、レオンを撃ち抜いた。
その衝撃は、マリアだけではなく、アルベルトを更なる絶望へと落とした。
レンは無表情のままだ。
その表情からは、アルビノの少年であったレンや、ティニアとして生きてきたレンの面影など感じられない。
レンは構うことなく、ゆっくりとアルベルトへ銃口を向けた。彼女の小さな手に握られたリボルバーは、金属特有の冷たい光を放った。
「貴方は、アルブレヒト様と同じ色をしています。そして、とてもよく似ている——」
拳銃を向けられたアルベルトは怯むことなく、レンへ一歩近づいた。
「ティニア。お前が拳銃なんて似合わない、銃を下ろすんだ」
近づいてくるアルベルトを前に、レンの指が引き金に触れた。
その瞬間、レオンは傷口を抑えながら叫んだ。
「ダメだ! アルを撃つなんて、絶対に駄目だ……!」
「ああ、ゲオルク。喋らないでください……」
駆け寄ったティナが、レオンを抱き起こした。
尚も、レオンの脇腹からは血が流れ落ちていく。
「ぐあ……」
「ゲオルク!」
「だ、大丈夫です。致命傷は避けられています。そうでしょう、レン」
「…………」
レンは何も言葉を発さず、アルベルトに拳銃を向け続けた。レンの冷淡な瞳もまた、アルベルトへ向けられていた。
「ティニア、どうしたんだ。目を覚ましてくれ!」
アルベルトの問いに、レンは一瞬だけ眉をひそめた。
レンはまるで人形のように固い無表情のまま、その言葉を発した。
「私は正常です。我が主に似た方」
「ティニア……!」
「皇帝令に従い、この場を制圧します。このタスクは最重要であり、エラーではありません」
それでも一歩、アルベルトは彼女を求めて前へ出る。
リボルバーの回転式シリンダーが僅かに動き、金属の鈍い音が鳴り響いた。
アルベルトは身を躱したが、頬を銃弾が掠めた。
「アルベルト!」
「だ、大丈夫だ。掠っただけだ」
マリアの決死の叫びに、アルベルトは手を挙げて対応する。
「ティニア、止めろ……。止めてくれ、頼む……」
「承服出来ません」
レンの拳銃が鈍い光を放った。
レオンはティナを振り切り、アルベルトを庇うように前へ歩み出る。
レンの銃口が、レオンへ向いた。
そしてその銃声は再び轟いた。
「ぐあっ…………」
レオンは右足をレンに撃ち抜かれ、その場に崩れ落ちた。
「動かないよう、伝えた筈です」
マリアはその光景に、レンへの想いを振り切る。
「ッ——!」
見据えたレンに、マリアはかつての襲撃者の少年を思い浮かべた。
あどけなく笑い、奇妙な言動を繰り返す少年レン。
共に暮らし、ティニアとして生きてきた彼女は、もはや存在しない。
彼女は敵だ。
敵であると言ったのは、レン自身だ。
マリアは静かに、拳銃をレンへ向けた。
「レン!」
マリアの指は震えることなく、引き金に触れた。
一瞬で、ラウルはレンの腕を引っ張り、庇うようにその銃撃を腕で受けた。
「人形め! レンを撃つなど——」
「マリア、止めて!」
ティナの叫び声に後ろ髪をひかれたまま、マリアは思い出していた。
初めて拳銃を握った日のことを。
これが、人を殺すという術であることを。
マリアはレンを庇うラウルへ向け、再び引き金を引いた。
銃声が轟き、ラウルは軽々とその弾丸を避けた。
構うことなく、マリアは更に引き金を引く。
マリアからは、朱色の光がぼんやりと浮かび上がった。
足元には、同じ色の文様が広がっていく。
「ッ——!」
乾いた音がした。
マリアの拳銃からは、煙が上がっていた。
マリアの目の前で、ティナが静かに崩れ落ちた。
それ以外の音は、何も聞こえなかった。
ティナはラウルとレンを庇うように、マリアの前へ飛び出したのだ。
「ぐう……!」
「嘘——。な、なんで……! 嘘でしょ……」
「お願い、撃たないで。あなたは優しい子、撃たないで、銃をおろして」
マリアの手が、指が、歯が震えていく。
全身に警報音が鳴り響くようだった。
握っていた拳銃が、カタカタと揺れ出した。
「あ、ああ……。私が、ティナを——」
マリアの悲痛な叫びだけが、その部屋に空しく響いていく。




