㉝-1 襲撃者
全ては決められた運命ではない。
抗う者、受け入れようとする者、乗り越えようとする者——。
それぞれの道筋が、運命を変えていく。
粉々に砕け散った窓ガラスが、その衝撃を物語っていた。
処置室の窓に姿を現したのは、機械人形のラウルだった。
ラウルは拳銃を構えたまま、部屋を覗き込んでいた。
「ら、ラウル!? なんで、あんたが……!」
すかさず声を上げたのはマリアだった。
マリアの脳内に、かつて少年であったレンの言葉が蘇ってくる。
——ボクらは、君にとって、敵だよ。
本当に敵だったというのだろうか。
歩み寄ったことは、全て無意味だったのだろうか。
否、今は嘆いている場合ではない。
動揺するマリアを前に、拳銃を持つラウルの表情に変化はない。
今までの交流が無に帰ろうとするほどの緊張感が、その場を包んだ。
マリアが歯を食いしばった時、アルベルトが声を荒げた。
「お、お前……、孤児院へ押しかけた奴だな!?」
アルベルトはラウルを睨みつけた。
ラウルと呼ばれた男には軍人のような気配があった。
かつての戦場での経験が、アルベルトの頭を過ぎる。
ラウルはマリアともアルベルトとも、視線を合わせることはない。
ラウルの視線の先には、レンがいた。
レンは呆然とし、焦点の定まらない目で虚空を見つめていた。
「間に合わなかったか」
「なんだと!?」
マリアはラウルの言葉で、恐ろしい事態を察してしまった。
急に倒れたというレンが診療所へ運ばれたと聞き、慌てて駆けつけたのだ。
レンはティニア化してしまったのではないか。
間に合わなかったとは、ティニア化を指すのではないだろうか、と。
震えるマリアへ一瞬だけ視線を送ると、ラウルは窓枠を軽く飛び越え、室内に侵入した。
すぐにアルベルトは、ラウルの前に立ちはだかった。
アルベルトの後ろには、立ち尽くしたままのレンがいる。
「何者だ!」
「……痴れたことを」
「何ッ!?」
ラウルはアルベルトへ銃口を向けて嗤った。
その攻防を見つめていたレンが、静かに口を開いた。
「待って下さい」
レンの声だった。
「その方は、アルブレヒト様では……」
レンは虚ろな瞳でアルベルトを見上げた。
アルベルトは振り返るわけにいかず、レンの様子は窺えない。
「ティニア、大丈夫なのか!?」
「はい。問題ありません。ですが、多数のエラータスクを抱えており——」
「姉さん、そいつはアルブレヒト様じゃない」
ラウルはアルベルトを嘲笑った。
「ラウル……?」
「そうだよ。姉さん。俺がラウルだ」
「ラウル、どうしたのでしょうか。エラーが鳴りやまないのです」
耳を手で覆うレンを前に、ラウルは見入るように見つめていた。その隙を、アルベルトは見逃さなかった。
アルベルトはラウルの拳銃を素手で叩き落とし、踵で後方へ蹴り飛ばした。
その動きとほぼ同時に、ラウルはアルベルトに足払いをかけた。拳銃を奪われることを想定していたような動きだった。
バランスを崩したアルベルトを踏みつけると、ラウルはもう一丁の拳銃を取り出した。
「動かないで!」
マリアは転がってきた拳銃を素早く拾い上げ、ラウルへ向けた。
「そんな銃、俺には効かんぞ」
「……クッ…………」
「試しに撃ってみるか?」
アルベルトを踏みつけたまま、ラウルは銃口をマリアへ向けた。
「避けられまい」
ラウルの向けた銃口が、鈍い光を放った。
既に走り出していたティナが、マリアを庇うように手を広げた。
ティナは窓ガラスの破片で怪我をしたのか、額や服が血で染まっていた。
「ラウルやめて。お願い、マリアを撃たないで! ……ましてや、アルベルトさんを踏みつけるなど——」
「フン」
ラウルは抵抗しようとしたアルベルトを、更に強く踏みつけた。
アルベルトはラウルの足を掴みながら叫んだ。
「おい! そいつ、知り合いなのか!?」
アルベルトの問いに答えたのは、ティナだった。
「……ラウルは私の弟なのです」
「なんだって……!?」
ラウルはアルベルトを再び踏みつけようと、足を振り上げた。
ラウルの足が離れた隙に、アルベルトは床を蹴って後方へ飛び退いた。よろめく身体を、マリアが支えた。
ラウルは舌打ちをした。
そんなラウルへ、ティナは口を開いた。
「ラウル! その足をどけなさい。優しい貴方は、一体何処へ行ってしまったのですか!」
「今更、姉面とは滑稽だな」
マリアは拳銃を握る手に力を込め、ラウルへその銃口を向けた。
「黙りなさいよ! ティナの気持ちも知らないで!」
ティナは一瞬だけ目を閉じると、隠していた拳銃をラウルに向けた。
「こいつは普通じゃない! マリアも、ティナさんも下がるんだ!」
「……申し訳ありません。承服出来ません」
アルベルトの必死の呼びかけに、ティナは首を横に振って応えた。
「フン。茶番だな……」
「いきなり来て何なの!?」
マリアの問いかけを無視し、ラウルはレンへ視線を向けた。
「ティニア、こっちへ来るんだ」
ラウルの呼びかけに、立ち尽くしていたレンが顔を上げた。
「行ってはダメ!」
「行くな! ティニア!」
「動くな」
「ティニア!」
アルベルトはラウルを気にすることなく、手を伸ばした。しかし、レンはその手を取らなかった。
ラウルは天井へ向けて発砲した。
銃弾が天井を撃ち抜くと、ラウルは再びマリアへ銃口を向けた。
至近距離で発射された拳銃音は、耳をつんざくような衝撃を与えた。
平穏な生活を送っていたマリアにとって、その音は動揺を誘うのに十分であった。
レンはアルベルトの手を取ることなく、ラウルの横へ寄り添った。
「ラウル、ここはどこですか? 私は、講堂へ向かった筈です。アルブレヒト様は……」
「姉さん。今は敵を片付けて、此処から出ないといけない。そうだっただろ?」
「アルブレヒト様は何処ですか」
「此処を出たら会える」
「分かりました」
ラウルは拳銃を向けたまま、レンの頬へ自身の頬を寄せた。
それは親しい獣同士が見せる、抱擁にも似た仕草である。
艶めかしい二人の邂逅に、アルベルトは憤り叫んだ。
「……触るな!」
アルベルトの叫びを嗤うように、ラウルは拳銃をもう一丁取り出すと、レンに持たせた。
レンは迷うことなく拳銃を手に取ると、静かに銃口を向けた。
「姉さん、敵が誰だかわかるだろ?」
「はい」
刹那、乾いた銃声が響くと同時に、レオンが床へ崩れ落ちた。
そのレンの動きに、ラウルは口元を歪ませて嗤った。
「グッ…………」
「レオン!」
「先生ッ!」
アルベルトとマリアの悲鳴、そして声にならないティナの叫び。
レンの拳銃は煙を放っていた。
「直ちに敵を排除し、アルブレヒト様の救出に向かいます」
レンは冷たく言い放った。




