㉜-5 G線上の歪み③
女性の甲高い声の主、マリアはアルベルトと会話をしているようであり、緊迫した待合室の様子が嫌でも聞こえてくる。
レオンは拳を強く握ると、ティナへ振り返った。
「機械特有の反応、人間的な反応もある……」
レオンの頭に、一つの言葉が湧きあがってきた。
ケルンメンシュ。
奴らが研究の末にたどり着いた、機械人形に変わる技術。
悍ましい研究は、孤児たちの犠牲の上に成り立っていた。
その研究に手を貸したのは、レオン自身だ。
手に取るように、幾重の言葉や技術、魔法の類が頭の中で割れんばかりに自己主張を始めた。
「そうか。彼女はケルンメンシュに……否、機械人形との融合か——?」
ブツブツと独り言を言い始めたレオンは、何かに気付いたようにティナとレンを交互に見つめた。
確かにレンの魂が入っている体は、ティニア・ボレードという機械人形の躯体に見える。
彼女は過去、講堂で爆散し、跡形もなく砕け散ったはずだ。
それも、レオンの前世の目の前で——。
「まさか、君の躯体にレンの魂を入れたのか……!?」
ティナは頷いた。
「……そうです。回収しきれなかった部分は、ケルンメンシュの技術を用いたのです。奴らが、キメラと呼んでいた技術です」
「なんてことだ……。では、今まで彼女を苦しめていたのは——」
「レンの中に私のデータ、記憶や人格が無理やり入り込み、書き換えが発生していました」
「書き換え⁉ ……本来の人格と君の人格が入り混じり、記憶を混乱させていたというのか」
「……はい」
レオンは息を飲む。
「くそ! 奴らの技術が進歩したのは、僕のせいじゃないか!」
奴らに、膨大な書物の解読を強要されていた。
その資料の中には、魂の研究や機械人形の製造方法が書かれていた。
奴らの名を、ヴェルローラという。
おぞましいその名を、憎悪を込めて、心の中で唱えた。
「魂の研究……。レンの魂を捕獲し、君の躯体に入れたのか——」
「……ゲオルク。彼女を救えますか?」
全ての責任は自分自身にある。
ゲオルクとして生きてきた記憶が、痛みが、それを物語る。
押し黙ったレオンに対し、ティナは言葉を続けた。
「私のデータによって全て書き換わった後、通常は一度シャットダウンします」
「それが今だと……?」
「全ての機能を一時的に停止した上で、すぐに再起動がおこります。もう手遅れかもしれませんが、どうかレンを——」
ガタン。
ティニアとして生きていたレンがベッドの上で一瞬震え、静かに目を開けた。その瞳は淡くもはっきりとしている。
「レン……! 良かった。目覚めたのですか」
「待ってください。再起動したのであれば、彼女は既に——」
レンは人形のように、まず上体を起こした。遅れて頭がついていき、ゆっくりと顔を上げる。
首だけをレオンとティナへ向けると、彼女は答えた。
「私はアルブレヒト様付きの機械人形、ティニア・ボレード。再起動を確認。全てオールグリーンです」
手を開いては閉じるレンは、そう名乗った。
「そんな……」
ティナはレンへ駆け寄り、手を差し出した。
「レン。私です、ティニアです。そして詩阿であった私です。レン、お願いします。私にとって代わらないで。記憶を忘れないで、思い出して……」
ティナの必死の呼びかけに、レンは何の反応も示さなかった。それに違和感を感じたレオンは、ティナをレンから引き離した。
「待って欲しい、レンの様子がおかしい」
ゆっくりとこちらへ体を向けたレンは、その虚ろな瞳の焦点が定まっていなかった。
「ゲオルク」
「……!」
「私はあのケーニヒスベルクではありません」
レオンを振り切ると、ティナは声を荒げた。
「レン、しっかりしてください。貴女は私ではありません、お願い、思い出して……」
「待ってください。君は確かあの時——“ウイルス”に」
刹那だった。
突如、耳をつんざく鋭い音が響き、窓ガラスが粉々に砕け散った。容赦なく破片が処置室へと散らばる。
ティナが反射的にレオンとレンの前に立ちはだかり、ガラスの破片を受け止める。破片は胸や腕、腹に細かく突き刺さり、赤く彼女を彩った。
ティナは顔を歪ませ、その鋭い眼光を窓へ向ける。
音の衝撃から、部屋に雪崩れ込んできたのはマリアであり、アルベルトだった。
「え、ティナ⁉ どうしてここに!」
「ティニア、気が付いたのか!?」
慌ててレンのもとへ駆け寄ったアルベルトだったが、すぐに様子が可笑しいことに気付いた。
「ティニア……?」
「待って、アルベルト!」
マリアが叫んだ。
その時。
影がかかり、皆は視線を窓へ向けた。
窓の外に姿を現したのは、右眼に眼帯をした男——ラウルだった。
その視線は冷たく、男の手に握られた拳銃が不気味に光り、部屋の空気を一瞬で重く凍らせた。




