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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode32「D-Mollの消失」
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㉜-4 G線上の歪み②

 ティナはじっとレンを見つめながら、その場に立ちつくしていた。硬い表情のティナは一見無表情のようで、重い空気をまとっている。


 静寂の処置室に、ティナがどうやって入り込んだのかは分からない。待合室にいるであろうアルベルトが無反応のまま、彼女をここに通すとは思えない。


「ティナさん、君はどうやってここに……」

「先生、思い出せませんか? 似たような光景を」

「思い出す……? どうして、覚えがあることを知って——」

「貴方は彼女を知っています。そして、今彼女に何が起こっているのかを、知っている筈なのです。そして、彼女本来の姿も……」


 ティナはレンを見つめていた視線を、そのままレオンへ流した。ティナと視線が合い、緊張がレオンを襲う。

 思わず一歩、後ずさりするレオンへ、ティナは怯むことなく前へ出る。


「貴方は、思い出せるはずです」

「君は、一体何者ですか……!」

「貴方は、私が人間ではないことを知りながら、それを隠し続けていました」

「なっ——」

「それは無意識に、私が何であるのかを知っていたからです」


 レオンの絶句は予想の範囲内であったかのように、ティナはレオンを静かに見つめた。その瞳は潤んでおり、いつもの淡いブルーの瞳はより一層透明感が強くなる。


「私を他の医師から匿った上で、遠いスイスまで連れてきた。記憶が曖昧ながら、私を知っていた。だからこそ、傍においておきたかった。違いますか?」

「………………」

「胸が痛みますか? そして、心が痛みませんか。思い出せませんか……。恐ろしい記憶の断片を」


 レオンは医療措置の手を止めたまま、ティナを見たまま立ち尽くした。そして、胸の奥に沈んでいた錘のような感覚に気付いた。


「私の名はティニア。そして、詩阿——」

「う…………」


 レオンは頭を抱えると、その場に崩れ落ちる。

 民族衣装を身にまとっているティナが頭に浮かんでいた。


 白い服に、袴という赤いズボンのようなものを身にまとっていた。

 遥か東方から来たという彼女の名は——。


「なんだ、これは……。どういう…………」

「思い出せましたか」

「君は一体…………」


 ティナは目を閉じると、すぐにその眼をレオンへ向けた。


「知っている筈です。私が、誰なのか……」

「………………」

「思い出して、ゲオルク…………」


 ゲオルク。


 跳ねる心臓の音と共に、その名が頭へ流れゆく。

 その言葉に呼応する形で、一気に記憶が流れ込んでくる。


 そして、恐ろしく愛しい記憶は再生される。



 ◇◇◇



 時はさかのぼる。

 塔の上に築かれた自身を拘束する部屋と、多くの書物。


 異文化の文字で書かれた書物を解読するように強要され、何年も閉じ込められていた。

 文字は、レスティン・フェレスという遠い異国の文字だ。


 だが、当時の自分は記憶を持ち越せなかった。

 生まれ変わるたびに、記憶はどんどん薄れていった。そんな状態での解読は、困難を極めた。


 巨大な試験管に眠る白い少女。少女はアルビノだった。

 奴らは少女を人質に、その研究を強制した。


 おぞましい奴らはとある研究をしていた。

 それは、母を作り出す研究だった。


 そうやって、自分は幾度も死んでいった。

 最初は三年ほど生き延びたが、生まれ変わってからは一年ともたなかった。


 全ては奴らの研究のために、拉致され、監禁され、死んでいく。


「あ、ああ……」


 レオンは崩れ落ちた。

 ティナは静かにレオンを見下ろした。


 これらは夢ではない。

 現実に起こったことだ。


 更に時はさかのぼる。

 遠く、遠い日々だ。

 それは愛しき女性との日々。

 女性は妻であり、子供もいた。

 巫女継承の儀。それは彼女の地位を確たるものにする。


 そして、自らは新たな王となった。


 時は遡る。

 それは広い講堂であり、巨大なステージだった。レオンはそこに立っており、天井を見つめていた。

 天井は吹き抜けとなっており、空高くにある月の幻影が覗き込んでいた。


 女性が駆け付け、レオンにいくつかの言葉をぶつける。憧れの彼女は激高していた。しかし、自身を宥めるように微笑んだ。

 近づいて来る彼女を拒むことが出来ず、狼狽えていた時だった。


 彼女が胸を押さえて苦しみだしたのだ。

 彼女は手を伸ばしてきた。

 レオンがその手を掴んだ瞬間、彼女は意識を失った。か細い身体は、ずるずると崩れ落ちていく。


 彼女は突然目を覚まし、立ち上がるとその冷たい視線で自身をじっと見据えた。

 青く、それでいて機械的な瞳が、自身を映しだす。


 その場で途方に暮れているとき、一つの考えが浮かんだ。


 “ティニア”はウイルスに侵されたのだと——。


「ティニア……。君が、ティニア?」

「思い出せましたか。そうです、私が……詩阿であり、ティニアです」

「しあ……」


 頭を抱えるレオンの前に、ティナは跪いた。


「ハァ……はぁ……」

「お願いします。気をしっかり持って、ゲオルク」

「あ、ああ…………‼」


 レオンは息苦しさ、頭へ響く激痛に、顔を歪ませた。


 閉所。

 暗闇。

 息の詰まるような圧迫感。

 全てがトラウマだった。


 強い吐き気が、レオンを襲う。

 頭は既にぐちゃぐちゃだが、今は取り乱している場合では無い。


 かつて愛し、妻として暮らしていた女性。詩阿。

 その来世はティニア・ボレードとして生きていた機械人形。

 レオンは、今はティナとして生きる、目の前に居る女性を見つめた。


「君が、地球で生まれ変わっていただなんて……」

「ゲオルク。しっかりして下さい。……今、ティニアとして眠る彼女が、誰なのか、わかりますね?」


 レオンは処置室に横たわるティニアという名の女性へ振り返った。

 アルベルトと親しくじゃれ合う女性だった。

 抜け目のない性格で、世話焼きで、直ぐにお道化る愛らしさを兼ね備えていた。


 白銀の髪。

 金色の瞳。

 アルビノの肌。


 その姿は、かつて住んでいた世界での守護獣。


「まさか……」


 ケーニヒスベルク。

 その言葉が、頭の中で何度も反響した。


「まさか、彼女がレン・ケーニヒスベルク……?」


 その時、待合室が騒がしくなり、女性と男の甲高い声が響いた。

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