㉜-3 G線上の歪み①
フリージアは部屋で着替えていた。レンに用意されたネグリジェに袖を通し、ボタンを掛け間違えないよう、一つずつ留め終えたころだった。
部屋の外から物音とアルベルトの叫び声が聞こえてきた。慌てて部屋を出ると、レンが意識を失い倒れているところだった。
アルベルトに抱き起こされても、レンはぐったりとしている。
激しく動揺したフリージアは顔に手を当て、絶叫した。
「ティニア様ああああ!」
少女の絶叫はアルベルトの心を深く突き刺し、今までとは違う絶望を抱かせた。
駆け寄ってきたフリージアの顔は真っ青だ。
そんなフリージアを前に、アルベルトに抱きかかえられたレンは、ピクリとも動かない。
「しっかりしろ、ティニア!」
「そんな……。ティニア様、眼をあけて!」
フリージアは、ぐったりとしたレンを見つめる。震える手でレンの頬へ触れた。頬は異常なまでに冷たい。
「……フリージアは、ここで大人しく待っていてくれ」
「え、ティニア様は⁉」
「すぐに診療所へ連れていく」
アルベルトは自身の手が震えていることに気付いた。首を横に振り、両腕でレンを抱きかかえる。
フリージアは力なく垂れ下がった手を取った。その手は指先まで冷たく、まるで人形の様だ。
フリージアの歯は、がくがくと震えだした。
「だ、だいじょうぶなの?」
「……息はしている。いつもと違うが、きっと大丈夫だ」
それは自分に言い聞かせる言葉。
目の前のすべてが脆く崩れ去り、足元から奈落の底へ落ちるかのようだ。
「とにかく、お前は家に居てくれ!」
アルベルトは診療所へ駆け出した。
フリージアは立ち尽くし、その場に崩れ落ちた。アルベルトの遠ざかる足音だけが、フリージアの耳に残っていった。
フリージアは床に転がっていた銀の懐中時計を手に取った。
時計を頬に当てると、祈るように抱きしめた。
◇◇◇
診療所へ駆け込んだアルベルトは息を切らせており、最初は話せる状態ではなかった。
診療所のドアには、休診と書かれた紙が張り出されていた。
構うことなく、アルベルトはドアを乱暴に叩いた。
その音を聞きつけ、医師レオンが慌ててドアを開けた。レオンは一瞬で状況を察した。
「こちらです! 処置室へ!」
レオンの案内で処置室へ入ると、アルベルトは検査台にレンを横たわらせる。アルベルトは息を切らし、その場に崩れ落ちた。
レオンはすぐに脈拍を計測するものの、何も感じられない。浅くもない通常の呼吸だけが繰り返されており、その胸が上下する。
レンの肌の冷たさは、一刻を争う事態を予感させた。
「何があったのですか!」
「あ……。ティニアが急に倒れたんだ」
「いつもと違う点はありませんでしたか?」
「……何かの切れるような小さい機械音がしたが——」
その言葉に、レオンは深い不安を覚えた。
「……待合室で待っていてください」
「レオン! お願いだ、こいつを助けてくれ……」
「全力で対応します、さあ……」
アルベルトは何度も頷き、処置室を後にした。
レオンはレンの症状に覚えがあった。だが、それがはっきりと思い出せない。
「どうして……。彼女の症状に、心当たりがあるのに……」
そう呟いた瞬間だった。
背後に気配を感じ、レオンは慌てて振り返る。
同時に、声が聞こえた。
「再起動がかかっています」
ありえなかった。
そこにはティナが静かに立っていた。ティナの表情は重く、張り詰めていた。




