㉜-1 晩餐会
「お邪魔するわね!」
マリアが夕食を食べにやってきたのは、その日の午後五時頃だった。
夕食に合うかは分からないと言いながら、ワインを持参していた。
「仕事が休みだったから、花束無しなのよね……。なんだか寂しいわ」
「花束なら、昨日持って来ただろう?」
アルベルトの言葉に、マリアは首を横に振った。横に控えていたフリージアも、呆れたように首を振った。
「なんだよ」
「分かってないですね、アルお兄ちゃん。花は何度もらっても嬉しいものなのですよ」
「そうよ。それに、何度贈っても楽しいものよ。相手がどう喜んでくれるのかって」
アルベルトは肩をすくませると、レンの元へ手伝いに向かった。
テーブルは既に様々な料理で埋め尽くされている。少々作り過ぎではないかと思われる量と品数だが、レンが張り切って作ってくれたと思えば嬉しい限りだ。
マリアも手伝いに加わろうとした時だった。
「マリアさんはお客様ですので!」
フリージアはそういうと、スプーンやフォークなどの配膳を始めた。マリアは何か出来ないものかとあちこち見渡したが、可憐な少女の視線に根負けした。
「これで最後か?」
「はい」
アルベルトが運んできたのは、重量感のある四角い陶器に入った料理だった。トマトソースにチーズのかかったグラタンのようにも見えるが、どこか違って見える。
「マリアさん、いらっしゃいませ」
「……お邪魔してるわ。沢山の料理をありがとう」
さん付けするレンの表情は硬く、そこから感情を読み取ることは出来ない。ただ、言動の節々には気を遣っていることが伺える。
僅かに残るレンの感情を汲み取れた気がして、マリアは胸がぎゅっと締め付けられるように感じた。
彼女のインストール率は90%を超えているという。
既にレンであった時の記憶は、もうほとんど残っていないのかもしれない。
微笑むこともなく、レンは席に着いたアルベルトを横目に見ると、漸く席に着いた。
「どれも美味しそう」
長らく同居をしていたマリアにとって、レンの料理は食べ慣れた料理であった。
生姜を好んでよく使い、煮込み料理やスープ料理を好んで作っていたように感じられた。
しかし、食卓に並んでいる料理のほとんどが初めて見るような料理であり、煮込み料理は一品だけだ。
見覚えのない料理の数々は、レンの記憶ではなく、ティニアの記憶に基づいた料理だろうか。
何の料理なのか尋ねれば話題にはなるが、尋ねることでレンが錯乱してしまうかもしれない。
それでも、一生懸命作ってくれた料理や彼女自身を否定する気はない。
レンはレンだ。いくら変わろうとも。
「あたし、このラザニアみたいな料理が好きです! マリアさん、食べてみて下さい」
フリージアはそういうと、取り皿をマリアへ手渡した。
「あらそうなの? 折角だから、その料理から頂くわ」
マリアはラザニアのような料理を皿へよそった。
表面を覆うのはチーズだ。チーズはこんがりと焼き色がつき、その下から挽肉の入った赤いソースが覗いている。スプーンですくい取ると、薄い生地とソースが何層にも重なっていた。
「美味しそう! ……え、何これ美味しい!」
肉汁がトマトソースと絡み、程よい酸味もあり、そこへチーズのまろやかさが加わる。何とも言えないバランスだ。
「最近のティニアがよく作る料理で、俺も気に入っているんだ」
アルベルトはそういうと、フリージアの皿によそった。
「アルお兄ちゃん、ありがとう!」
「ティニアも、少しだけでも食べるんだ」
アルベルトは食事に手を付けていないレンに声をかけた。レンは静かに頷くと、アルベルトが料理を盛った皿に手を付けた。
レンは錯乱するような兆しもなく、静かに食事を摂っていた。
「食べられて良かった。痩せているんだから、少しでもいっぱい食べてね」
「少しでも、いっぱいって変ですよ。マリアさん」
フリージアの言葉に、マリアは思わず笑ってしまった。
「ティナも来られたら良かったのに」
マリアが不意に呟くと、アルベルトが反応した。
「ティナさんは元気か?」
アルベルトはレンを気遣いながら、囁くように話した。
「ええ、元気よ。ちょっと今日は用事があって、誘えなかったのよ」
アパートにリェイラとメイがいる今、二人だけで部屋を空けるわけにはいかない。結果的にティナがリェイラの看病をしながら、留守番をすることになった。
それを話すわけにもいかず、マリアは話題を変えることにした。
「それにしても、……いい感じじゃない?」
「何がだ?」
「ティニアとあんたよ」
アルベルトは口に含んだワインを吹き出しそうになった。
フリージアは自信たっぷりに笑むと、オレンジジュースを飲み込んだ。
肝心のレンは黙々と食事をしており、会話に加わる気配はない。
一口一口、丁寧に食事を摂るその所作は、まるでティナのようだ。時折口元に手を当てる仕草に、もはや違和感はない。
その違和感のなさに、マリアは寂しさを覚えた。レンらしさが失われていくのを、まざまざと見せつけられた気分だ。
「そ、そうだといいんだが」
「……あら、本当のことよ。なんていうか……」
マリアはワイングラスを傾けた。グラスが空になりそうなのに気付き、フリージアはワインボトルを手に取った。
「……うん。本当の家族って感じがするわ」
「本当ですか!?」
フリージアは嬉しそうに、マリアのグラスにワインを注いだ。
三人を見ての感想だった。
マリアは、その三人に自分が加わることは無いのだろうと感じた。
他に目的はあったものの、今は出て行って良かった、邪魔しなくて良かったと思えた。
レンの隣にいるべきなのは、自分では無かった。
それが堪らなく寂しい。心がぎゅっと掴まれたような気分だ。
「家族か……」
「……何? ジーンと来ちゃった?」
「まあ、な」
アルベルトは照れたように笑った。その間もレンの表情は揺れることなく、まるで一人浮いているように感じられた。
アルベルトは何度もレンに視線を送り、少しでも量が減っていると、更に料理を盛っていた。
盛られた皿を無言で見つめると、レンは料理を口へと運んだ。
マリアはフリージアに注いでもらったワインを揺らした。
もう時間はほとんど残されていないようだ。
食事会も、これが最後になるのではないか。そんな思いが胸に込み上げてくる。
この平和な時間が続いてくれたら。
そう、何度も心の中で唱えた。




