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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode32「D-Mollの消失」
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㉜-1 晩餐会

「お邪魔するわね!」


 マリアが夕食を食べにやってきたのは、その日の午後五時頃だった。

 夕食に合うかは分からないと言いながら、ワインを持参していた。


「仕事が休みだったから、花束無しなのよね……。なんだか寂しいわ」

「花束なら、昨日持って来ただろう?」


 アルベルトの言葉に、マリアは首を横に振った。横に控えていたフリージアも、呆れたように首を振った。


「なんだよ」

「分かってないですね、アルお兄ちゃん。花は何度もらっても嬉しいものなのですよ」

「そうよ。それに、何度贈っても楽しいものよ。相手がどう喜んでくれるのかって」


 アルベルトは肩をすくませると、レンの元へ手伝いに向かった。

 テーブルは既に様々な料理で埋め尽くされている。少々作り過ぎではないかと思われる量と品数だが、レンが張り切って作ってくれたと思えば嬉しい限りだ。


 マリアも手伝いに加わろうとした時だった。


「マリアさんはお客様ですので!」


 フリージアはそういうと、スプーンやフォークなどの配膳を始めた。マリアは何か出来ないものかとあちこち見渡したが、可憐な少女の視線に根負けした。


「これで最後か?」

「はい」


 アルベルトが運んできたのは、重量感のある四角い陶器に入った料理だった。トマトソースにチーズのかかったグラタンのようにも見えるが、どこか違って見える。


「マリアさん、いらっしゃいませ」

「……お邪魔してるわ。沢山の料理をありがとう」


 さん付けするレンの表情は硬く、そこから感情を読み取ることは出来ない。ただ、言動の節々には気を遣っていることが伺える。

 僅かに残るレンの感情を汲み取れた気がして、マリアは胸がぎゅっと締め付けられるように感じた。


 彼女のインストール率は90%を超えているという。

 既にレンであった時の記憶は、もうほとんど残っていないのかもしれない。


 微笑むこともなく、レンは席に着いたアルベルトを横目に見ると、漸く席に着いた。


「どれも美味しそう」


 長らく同居をしていたマリアにとって、レンの料理は食べ慣れた料理であった。

 生姜を好んでよく使い、煮込み料理やスープ料理を好んで作っていたように感じられた。


 しかし、食卓に並んでいる料理のほとんどが初めて見るような料理であり、煮込み料理は一品だけだ。

 見覚えのない料理の数々は、レンの記憶ではなく、ティニアの記憶に基づいた料理だろうか。

 何の料理なのか尋ねれば話題にはなるが、尋ねることでレンが錯乱してしまうかもしれない。


 それでも、一生懸命作ってくれた料理や彼女自身を否定する気はない。

 レンはレンだ。いくら変わろうとも。


「あたし、このラザニアみたいな料理が好きです! マリアさん、食べてみて下さい」


 フリージアはそういうと、取り皿をマリアへ手渡した。


「あらそうなの? 折角だから、その料理から頂くわ」


 マリアはラザニアのような料理を皿へよそった。

 表面を覆うのはチーズだ。チーズはこんがりと焼き色がつき、その下から挽肉の入った赤いソースが覗いている。スプーンですくい取ると、薄い生地とソースが何層にも重なっていた。


「美味しそう! ……え、何これ美味しい!」


 肉汁がトマトソースと絡み、程よい酸味もあり、そこへチーズのまろやかさが加わる。何とも言えないバランスだ。


「最近のティニアがよく作る料理で、俺も気に入っているんだ」


 アルベルトはそういうと、フリージアの皿によそった。


「アルお兄ちゃん、ありがとう!」

「ティニアも、少しだけでも食べるんだ」


 アルベルトは食事に手を付けていないレンに声をかけた。レンは静かに頷くと、アルベルトが料理を盛った皿に手を付けた。


 レンは錯乱するような兆しもなく、静かに食事を摂っていた。


「食べられて良かった。痩せているんだから、少しでもいっぱい食べてね」

「少しでも、いっぱいって変ですよ。マリアさん」


 フリージアの言葉に、マリアは思わず笑ってしまった。


「ティナも来られたら良かったのに」


 マリアが不意に呟くと、アルベルトが反応した。


「ティナさんは元気か?」


 アルベルトはレンを気遣いながら、囁くように話した。


「ええ、元気よ。ちょっと今日は用事があって、誘えなかったのよ」


 アパートにリェイラとメイがいる今、二人だけで部屋を空けるわけにはいかない。結果的にティナがリェイラの看病をしながら、留守番をすることになった。

 それを話すわけにもいかず、マリアは話題を変えることにした。


「それにしても、……いい感じじゃない?」

「何がだ?」

「ティニアとあんたよ」


 アルベルトは口に含んだワインを吹き出しそうになった。

 フリージアは自信たっぷりに笑むと、オレンジジュースを飲み込んだ。


 肝心のレンは黙々と食事をしており、会話に加わる気配はない。

 一口一口、丁寧に食事を摂るその所作は、まるでティナのようだ。時折口元に手を当てる仕草に、もはや違和感はない。

 その違和感のなさに、マリアは寂しさを覚えた。レンらしさが失われていくのを、まざまざと見せつけられた気分だ。


「そ、そうだといいんだが」

「……あら、本当のことよ。なんていうか……」


 マリアはワイングラスを傾けた。グラスが空になりそうなのに気付き、フリージアはワインボトルを手に取った。


「……うん。本当の家族って感じがするわ」

「本当ですか!?」


 フリージアは嬉しそうに、マリアのグラスにワインを注いだ。


 三人を見ての感想だった。

 マリアは、その三人に自分が加わることは無いのだろうと感じた。

 他に目的はあったものの、今は出て行って良かった、邪魔しなくて良かったと思えた。

 レンの隣にいるべきなのは、自分では無かった。


 それが堪らなく寂しい。心がぎゅっと掴まれたような気分だ。


「家族か……」

「……何? ジーンと来ちゃった?」

「まあ、な」


 アルベルトは照れたように笑った。その間もレンの表情は揺れることなく、まるで一人浮いているように感じられた。

 アルベルトは何度もレンに視線を送り、少しでも量が減っていると、更に料理を盛っていた。

 盛られた皿を無言で見つめると、レンは料理を口へと運んだ。


 マリアはフリージアに注いでもらったワインを揺らした。

 もう時間はほとんど残されていないようだ。

 食事会も、これが最後になるのではないか。そんな思いが胸に込み上げてくる。


 この平和な時間が続いてくれたら。

 そう、何度も心の中で唱えた。

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