㉛-5 似姿を重ねて
ティニア——レンは、アルベルトと共に診療所を訪れていた。
待ち時間は差ほどなく、直ぐに番が回ってきた。アルベルトはレンの手を取ると、肩を抱きながら診察室へと入った。
医師レオンは驚いたように目を丸くした。
レオンは雰囲気の変わったティニアに驚きつつも、その変化をあえて言葉にせず飲み込んだようだった。
「……お久しぶりですね。ティニアさん」
「勤務することが出来ず、申し訳ありません」
「体調が悪い時は仕方のないことですから。……聴診器を当てますね」
レオンの言葉に、レンの後ろに立っていたアルベルトは、一歩身を引いて視線を逸らした。レンは服をめくり上げ、下着をずらした。
「少々冷たいですよ」
「はい」
「…………。はい、終わりました」
レオンはカルテに何かを書き始めた。レンが服を直し終わるまで、アルベルトは視線を逸らしたままだった。
「特に問題はありませんが、随分と痩せてしまっています。食事は摂れていますか?」
レオンの質問には答えず、レンは押し黙ってしまった。アルベルトは苦笑いを浮かべると、代わりに答えた。
「食事中に症状が出た時は、食べるのを止めてしまうんだ。俺も、落ち着かせようと思って、食事を積極的に摂らせてこなかった。これからは注意しながら、少しでも食べてもらうよ」
「そうですか。固形物が無理であれば、果物などでも構いませんよ」
「わかった」
「他に何か心配なことはありませんか?」
「何かあるか? 何でもいいんだ」
アルベルトはレンに声をかけた。レンは首を横に振ると、口元に手を当てた。
「いいえ。ありません」
レオンは一瞬戸惑ったように、レンを見据えた。
レンが俯くと、アルベルトが口を開いた。
「そうか。ちょっと俺がレオンと話があるんだ。少しの間、待っていてくれるか?」
「はい。分かりました」
レンは頭を下げると、その場を後にした。ドアがパタリと閉まると、アルベルトはレンの座っていた椅子に腰かけた。
「何かありましたか?」
アルベルトは一瞬言葉を詰まらせると、ゆっくりと口を開いた。
「あいつは、別人のようになっていた症状にすら、気付かなくなっている」
「そのようですね……」
「……俺はそれでもいいと思ったんだ」
「どういう意味ですか?」
アルベルトは手を組んだまま、視線を落とした。
「あいつはあいつだ。何も分からなくなったままだとしても、あいつはあいつだろ?」
「ティニアさんの性格上、君がそのようなことを言うのであれば、怒ると思われますが」
「そうなんだ。随分と怒られたよ」
「彼女に話したのですか?」
「ああ、話したよ。でも、その後に来たマリアも、同じことを言ったらしい」
アルベルトは微かに笑みを浮かべていた。自暴自棄になっているようにも見受けられず、レオンは言葉を飲み込んだ。
「……アル」
「何だ?」
「彼女の不安な気持ちまで、否定しないで欲しい」
「ああ、分かっている」
「……話したい事というのは、今話したことですか?」
アルベルトは窓へ視線を向けた。鳩が丁度飛び立つところだった。羽ばたく音が、静かな診察室に響いた。
「今のままで大丈夫なのか、心配なんだ」
「ティニアさんですか。そうですね。痩せてしまった以上、食事は摂らなければなりませんが、特に他に目立った症状もありませんしね……」
「元に戻る可能性は?」
「分かりません」
「そうか……」
椅子が軋む音がした。
「原因が分からなくても、健康診断だけは今後も続けたい」
「もちろんですよ。……君は大丈夫なのか? 夜は眠れて——」
「それより、気付かないか?」
「何をですか?」
何か見落としでもあるのだろうか。レオンは慌ててカルテを手に取った。
「カルテには載っていない」
アルベルトは言い切った。
忽ち、静けさが診察室を包み込んだ。
「ティナさんだよ」
アルベルトは待合室を気にするように視線を送ると、レオンに向き直った。
「診療所に来て、ふと思ったんだ。あいつは、まるでティナさんに似てきたってな」
「……君の言うことは分かりません」
「そうか。お前がそういうのなら、仕方ないな」
アルベルトは扉を開けた。待合室に座っているティニアが顔を上げると、アルベルトは手を振った。
ティニアは無表情のまま、何の反応も示さなかった。が、口元に手を当てていた。ティナの癖だ。
その姿が、目に焼き付いたように離れなかった。




