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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode31「スカーレットの夢」
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㉛-5 似姿を重ねて

 ティニア——レンは、アルベルトと共に診療所を訪れていた。

 待ち時間は差ほどなく、直ぐに番が回ってきた。アルベルトはレンの手を取ると、肩を抱きながら診察室へと入った。

 医師レオンは驚いたように目を丸くした。


 レオンは雰囲気の変わったティニアに驚きつつも、その変化をあえて言葉にせず飲み込んだようだった。


「……お久しぶりですね。ティニアさん」

「勤務することが出来ず、申し訳ありません」

「体調が悪い時は仕方のないことですから。……聴診器を当てますね」


 レオンの言葉に、レンの後ろに立っていたアルベルトは、一歩身を引いて視線を逸らした。レンは服をめくり上げ、下着をずらした。


「少々冷たいですよ」

「はい」

「…………。はい、終わりました」


 レオンはカルテに何かを書き始めた。レンが服を直し終わるまで、アルベルトは視線を逸らしたままだった。


「特に問題はありませんが、随分と痩せてしまっています。食事は摂れていますか?」


 レオンの質問には答えず、レンは押し黙ってしまった。アルベルトは苦笑いを浮かべると、代わりに答えた。


「食事中に症状が出た時は、食べるのを止めてしまうんだ。俺も、落ち着かせようと思って、食事を積極的に摂らせてこなかった。これからは注意しながら、少しでも食べてもらうよ」

「そうですか。固形物が無理であれば、果物などでも構いませんよ」

「わかった」

「他に何か心配なことはありませんか?」

「何かあるか? 何でもいいんだ」


 アルベルトはレンに声をかけた。レンは首を横に振ると、口元に手を当てた。


「いいえ。ありません」


 レオンは一瞬戸惑ったように、レンを見据えた。

 レンが俯くと、アルベルトが口を開いた。


「そうか。ちょっと俺がレオンと話があるんだ。少しの間、待っていてくれるか?」

「はい。分かりました」


 レンは頭を下げると、その場を後にした。ドアがパタリと閉まると、アルベルトはレンの座っていた椅子に腰かけた。


「何かありましたか?」


 アルベルトは一瞬言葉を詰まらせると、ゆっくりと口を開いた。


「あいつは、別人のようになっていた症状にすら、気付かなくなっている」

「そのようですね……」

「……俺はそれでもいいと思ったんだ」

「どういう意味ですか?」


 アルベルトは手を組んだまま、視線を落とした。


「あいつはあいつだ。何も分からなくなったままだとしても、あいつはあいつだろ?」

「ティニアさんの性格上、君がそのようなことを言うのであれば、怒ると思われますが」

「そうなんだ。随分と怒られたよ」

「彼女に話したのですか?」

「ああ、話したよ。でも、その後に来たマリアも、同じことを言ったらしい」


 アルベルトは微かに笑みを浮かべていた。自暴自棄になっているようにも見受けられず、レオンは言葉を飲み込んだ。


「……アル」

「何だ?」

「彼女の不安な気持ちまで、否定しないで欲しい」

「ああ、分かっている」

「……話したい事というのは、今話したことですか?」


 アルベルトは窓へ視線を向けた。鳩が丁度飛び立つところだった。羽ばたく音が、静かな診察室に響いた。


「今のままで大丈夫なのか、心配なんだ」

「ティニアさんですか。そうですね。痩せてしまった以上、食事は摂らなければなりませんが、特に他に目立った症状もありませんしね……」

「元に戻る可能性は?」

「分かりません」

「そうか……」


 椅子が軋む音がした。


「原因が分からなくても、健康診断だけは今後も続けたい」

「もちろんですよ。……君は大丈夫なのか? 夜は眠れて——」

「それより、気付かないか?」

「何をですか?」


 何か見落としでもあるのだろうか。レオンは慌ててカルテを手に取った。


「カルテには載っていない」


 アルベルトは言い切った。


 忽ち、静けさが診察室を包み込んだ。


「ティナさんだよ」


 アルベルトは待合室を気にするように視線を送ると、レオンに向き直った。


「診療所に来て、ふと思ったんだ。あいつは、まるでティナさんに似てきたってな」

「……君の言うことは分かりません」

「そうか。お前がそういうのなら、仕方ないな」


 アルベルトは扉を開けた。待合室に座っているティニアが顔を上げると、アルベルトは手を振った。

 ティニアは無表情のまま、何の反応も示さなかった。が、口元に手を当てていた。ティナの癖だ。

 その姿が、目に焼き付いたように離れなかった。

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