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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode31「スカーレットの夢」
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㉛-4 その選択の理由

「ティニア化する前に壊すか、ティニア化した後に壊すかだ」


 ラウルの言葉は、住み慣れてきたアパートを静寂へと導いた。

 

 マリアは、自身の身体に起きていた異変すら忘れていた。それほどまでに、ラウルの言葉はマリアの心に深く突き刺さった。


「……あんたの言いたいことはよく分かったわ」


 マリアは自身の胸に手を当て、目を閉じた。

 ラウルは椅子にもたれ掛かると、溜息をついた。


「漸く理解したか」


 しかし、マリアの言葉はラウルの予想を超えていた。


「……ラウルとレンは、そんな辛い現実を胸に抱えていたのね」

「何……?」

「辛い過去を背負って、辛い現実を生きてきた。それは私にも言えることだけれど、二人だけで背負う必要なんてなかったのよ」

「…………」

「まだ自分の事を理解出来たわけじゃない。でも、これからは私も手を尽くすわ」


 マリアはそういうと、ラウルの手を取ろうとした。ラウルは慌てて手を庇うと、舌打ちをした。それが照れであることは、マリアだけではなく、同じ部屋にいるティナとメイにもわかった。


「この話、レンに直接話すのはダメかしら?」

「辞めておけ。既にインストール率は90%を超えていると言っただろう。あいつを混乱させるだけだ」

「そう……。私の話や、彼女の話を一緒にすることは、もう出来ないのね」


 マリアは首を横に振ると、寂しそうに俯いた。


 レンとしてマリアの前に現れ、「生きろ」と言ってくれたあの日から。

 そして、ティニアとして前に現れ、救い出してくれたあの日から。

 傍で、共に過ごしてきた数々の日々が、遠い昔のように感じられた。


 インストールを止めることを、ラウルが反対していた理由も理解出来た。

 心が壊れてしまえば、生まれ変わってもそのままだという。


 魂の綻び。

 恐ろしいその言葉を抱え、彼女は生きてきたのだ。


 せめて、来世で幸せに生きてくれたら——。


 彼女を生かすことが出来ないのならば、マリアに出来ることは、彼女を壊すことなのだろうか。


 マリアは、先ほど身体に起こった異変を思い返した。あのまま力の制御が出来なければ、覚醒に至ったのだろうか。


 力があれば、彼女を壊すことが出来るのだろうか。


「私が覚醒したら……」


 マリアの言葉に、先に反応したのはティナだった。慌てて席を立つと、首を横に振った。


「その様な事、させられません!」

「でも……」

「マリア。仮に貴女に破壊出来るとしたのなら、レンは貴女の覚醒を促し、自身を破壊させようとする筈です。ですが、彼女はそれをしませんでした。そうでしょう、ラウル」

「…………」


 ラウルは何も答えなかった。


「肯定と受け取ります。……元のレンは精霊に近い存在でした。私達が束に掛かっても、彼女を倒すことは疎か、傷一つ付ける事も困難でしょう」

「でも、今は機械人形のティニア・ボレードなんでしょ? ティナには悪いけれど、そんなに力のある存在には感じられないわ」

「恐らく、魔法の力は弱まっていることでしょう。もしかしたら、使用出来ないのかもしれません」


 ティナの言葉に、ラウルはそっぽを向いたまま答えた。


「魔法は使える。元の力より、1%にも満たないがな」

「魔法なんて本当にあるのね……」

「レンの得意とした魔法は、風魔法と治癒魔法です。攻撃が専門ではないものの、彼女の力は絶大でした」

「治癒魔法はきっと凄いんでしょうけど、風魔法って?」


 マリアの問いに答えたのは、リェイラへ布団を掛け直していたメイだった。


「風魔法とは、大気中に存在する風の流れや気圧、天候へ干渉する属性魔法の総称です」

「え? どういうこと?」


 マリアの想像していた魔法は、家をお菓子に変えることや、箒で空を飛ぶことであった。物語に出てくるかのような魔法を想像していた為、メイの話は理解できなかった。


 そんなマリアに気付くことなく、メイは説明を続けた。


「風や大気、天候を操ります。攻撃だけではなく、防御や移動、索敵など幅広く応用の利く魔法で——」

「メイ、マリアは魔法を知らないのですよ」

「成程。晴れている空を雨降りに変えたり、嵐を呼び寄せたりする事が出来るそうです」

「じゃあ、逆に天変地異を呼ぶことも……?」

「はい。可能であると思われます」


 メイの説明を聞く限りでは、レンは精霊のような存在ではなく、もはや神ではないだろうか。


 であれば、マリアに彼女を倒すことなど出来るだろうか。否、出来ないだろう。


 押し黙っていたラウルは、頭を掻きながらマリアへ視線を送った。


「マリア」

「何? ラウル」

「例えお前があいつを破壊出来たとしても、お前が覚醒すれば俺はお前を壊さなければならない。其れが揺らぐことはない」

「そっか。だから、レンは私の覚醒を望んでいなかったのね」

「…………」

「ありがとう、レン。それから、ラウルも……」


 ラウルは突然席を立った。


「フン。……俺はもう行く」

「ちょっと待ってよ。どこに行くのよ」

「俺の使命は、ヴェルローラの連中を根絶やしにする事だ」

「……ねえ、ラウル」

「何だ」


 ラウルは溜息をついた。

 マリアは、その言葉がラウルを更に呆れさせることになると感じた。


「ヴェルローラと共存することは出来ないの?」

「何をふざけたことを。俺を謀っているのか?」

「そうじゃないわ。でも、殺し合うことしか出来ないだなんて、思いたくなくて……」

「フン。だからお前は弱いんだ」

「うるさいわね!」


 ラウルは黒いコートを翻し、玄関ドアに触れた。


「あんたの話、まだ聞いていないんだからね」

「話す事は無い」

「ティナから沢山聞いておくわ。でも、あんたの口から聞くのが一番いいと思って」

「黙れラーレ」


 ラウルはそういうと、アパートを後にした。


 張り詰めていた静寂が破られたように、外の喧騒が聞こえだした。ラウルが防音のバリアを解いたのだと判ったのは、それから少し後の事だった。

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