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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode31「スカーレットの夢」
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㉛-3 答えられない問いかけ

「一体、誰の母なの?」


 マリアの問いかけと同時に、部屋には湯の沸く音だけが響いていた。


 動けずにいたティナを横目に、メイが火を消した。

 何か地雷でも踏んでしまったかのように、ティナもラウルも黙り込んでしまった。


「何? そんなに重要な話なの?」


 マリアは、何気なく疑問を口にしただけのつもりだった。火を消したメイですら、マリアの問いかけに答える気配はない。


「ふーん。なるほどね」


 マリアは納得したように頷いた。


 メイはティーポットにお湯を注ぐと、カップに紅茶を注いでいく。そして、注いだカップをマリアの前に運んできた。


「ローズヒップティーだそうです」

「あら、ありがとう。……メイも食事は摂らないの?」

「はい。機械人形ですので、食事は必要としませんが、メンテナンスは定期的に行う必要が有ります」

「そうなんだ。メイもひと月くらいメンテナンスされていないのよね? ラウル、お願いできる?」

「……俺に指図するな」

「はいはい。お願いするわね、ラウル様」


 機械人形のメンテナンスなど、マリアにとっては初めての事だ。見られるのであれば、貴重な体験となるだろう。

 メイは何も答えないまま、ラウルの隣の椅子に腰かけた。メンテナンスしてもらえると思っているのかもしれない。


 マリアはメイの淹れてくれた紅茶を飲みながら、一息つく。程よい酸味が、喉を伝っていく。


「おい」

「何よ」

「お前、何悠長に紅茶など飲んでいる」

「あら。美味しい紅茶を淹れてもらったら、飲むのが普通よ」


 マリアはそういうと、再び紅茶を口にした。マリアのその様子に耐えられなくなったのか、ラウルは立ち上がった。


「お前の疑問に答えずにいるのに、どうして平気なんだ!」

「あら。話せないことなら仕方がないじゃない? 何か理由があるのなら、無理に聞き出すわけにもいかないわ」


 優雅に紅茶を楽しむマリアを前に、ラウルは言葉を失ったようだった。

 どこか納得いかない様子で、そのまま椅子に座り直した。


「今日は夕飯をティニア——レンの家で食べることになっているから、それまでに話せることがあったら聞くわよ。あ、母についての事じゃなくて、貴方のことについてね!」


 マリアはそういうと、ウインクして見せた。


「何だったら、ラウルも一緒に行く?」


 ラウルは頭を抱えると、項垂れた。

 マリアは紅茶を飲み干すと、空になったカップを見つめていた。


「私は、レンを。ティニアを救いたいの」


 マリアから笑顔が消えた。


「その為には、貴方の情報が頼りなのよ。話せる範囲でいいの……」

「無理だ」


 間髪入れず、返答が返ってくる。


「どうして無理なの? 何が無理なのよ」

「インストールは、もう90%を超えている。間もなくシャットダウンがかかり、再起動がかかる。時間がないと言っただろう」

「……再起動が掛かるとどうなるの?」

「新たなOSを主体として、目覚めることを意味する。完全なティニア・ボレード化であり、レンの記憶は抹消され、全て上書き保存される」

「じゃあ今しかないのね」


 マリアはカップを持ったまま席を立ち、流し台へカップを置いた。軽い音が、部屋へ響いた。それと同時に、マリアは振り返った。


「教えてよ」


 マリアは、自分の事とも向き合わなければいけない。

 だが、時間がないとなれば、レンを優先したくなるのは当然のことだった。


 ムッターゲフェースの二号機であるリェイラが目覚めれば、どうなるのかも分からない。


 それでも、マリアはレンを救いたい。

 今のままでもいいと思っている。

 彼女が生きてさえいれば、それで構わない。彼女がティニア・ボレードとなっても、側に居続けたい。


「どうすれば、レンを救えるの?」


 ラウルは溜息をついた。


「あいつは壊れている。元には戻らない」

「そんな言い方ないじゃない。大体、戻らないだなんて、どうして言い切れるのよ」


 マリアは胸に手を当てた。鼓動が早くなっているのを感じた。


「……レンは魂を抜かれ、ティニア・ボレードの躯体に捻じ込まれた。そうなってしまっては、破壊するほか手立てはない」

「破壊だの壊すだの、どうしてそれしかないのよ」

「あいつは今の躯体に入れられてから、OSのインストール——完全なるティニア化を拒み続けてきたが、それが永遠に続くわけではない。結局、今は90%を超えてしまった」

「止めることは出来ないの?」


 マリアの問いかけに、ラウルは視線を遠くへ飛ばした。


「確かにインストールというのは理論上、止める手立てはある」

「なんですって!?」

「……但し、OSのインストールを中断すれば、——あいつの心が壊れ、人格としては壊れたまま、不完全な状態でしか起動出来なくなる。そうすれば、生まれ変わっても記憶は戻らず、一生壊れたままのティニアとして生きることになる。我々はそれを、“魂の綻び”と呼ぶ」

「そんな……」

「ティニア・ボレードは改良され、自害や自爆が出来ぬようプログラムされている状態だった。それが出来るのなら、あいつはもう自害していただろう」


 嘘であると思いたかった。

 ティナは俯いたまま、口元を静かに閉めている。恐らくティナは予測していたのだろう。

 メイも表情を曇らせたまま、リェイラを撫で続けている。


「じゃあ、あの子の為に出来ることって……」

「ティニア化する前に壊すか、ティニア化した後に壊すかだ」


 ラウルの言葉は音を立てるように、マリアの心に刺さった。

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