㉛-3 答えられない問いかけ
「一体、誰の母なの?」
マリアの問いかけと同時に、部屋には湯の沸く音だけが響いていた。
動けずにいたティナを横目に、メイが火を消した。
何か地雷でも踏んでしまったかのように、ティナもラウルも黙り込んでしまった。
「何? そんなに重要な話なの?」
マリアは、何気なく疑問を口にしただけのつもりだった。火を消したメイですら、マリアの問いかけに答える気配はない。
「ふーん。なるほどね」
マリアは納得したように頷いた。
メイはティーポットにお湯を注ぐと、カップに紅茶を注いでいく。そして、注いだカップをマリアの前に運んできた。
「ローズヒップティーだそうです」
「あら、ありがとう。……メイも食事は摂らないの?」
「はい。機械人形ですので、食事は必要としませんが、メンテナンスは定期的に行う必要が有ります」
「そうなんだ。メイもひと月くらいメンテナンスされていないのよね? ラウル、お願いできる?」
「……俺に指図するな」
「はいはい。お願いするわね、ラウル様」
機械人形のメンテナンスなど、マリアにとっては初めての事だ。見られるのであれば、貴重な体験となるだろう。
メイは何も答えないまま、ラウルの隣の椅子に腰かけた。メンテナンスしてもらえると思っているのかもしれない。
マリアはメイの淹れてくれた紅茶を飲みながら、一息つく。程よい酸味が、喉を伝っていく。
「おい」
「何よ」
「お前、何悠長に紅茶など飲んでいる」
「あら。美味しい紅茶を淹れてもらったら、飲むのが普通よ」
マリアはそういうと、再び紅茶を口にした。マリアのその様子に耐えられなくなったのか、ラウルは立ち上がった。
「お前の疑問に答えずにいるのに、どうして平気なんだ!」
「あら。話せないことなら仕方がないじゃない? 何か理由があるのなら、無理に聞き出すわけにもいかないわ」
優雅に紅茶を楽しむマリアを前に、ラウルは言葉を失ったようだった。
どこか納得いかない様子で、そのまま椅子に座り直した。
「今日は夕飯をティニア——レンの家で食べることになっているから、それまでに話せることがあったら聞くわよ。あ、母についての事じゃなくて、貴方のことについてね!」
マリアはそういうと、ウインクして見せた。
「何だったら、ラウルも一緒に行く?」
ラウルは頭を抱えると、項垂れた。
マリアは紅茶を飲み干すと、空になったカップを見つめていた。
「私は、レンを。ティニアを救いたいの」
マリアから笑顔が消えた。
「その為には、貴方の情報が頼りなのよ。話せる範囲でいいの……」
「無理だ」
間髪入れず、返答が返ってくる。
「どうして無理なの? 何が無理なのよ」
「インストールは、もう90%を超えている。間もなくシャットダウンがかかり、再起動がかかる。時間がないと言っただろう」
「……再起動が掛かるとどうなるの?」
「新たなOSを主体として、目覚めることを意味する。完全なティニア・ボレード化であり、レンの記憶は抹消され、全て上書き保存される」
「じゃあ今しかないのね」
マリアはカップを持ったまま席を立ち、流し台へカップを置いた。軽い音が、部屋へ響いた。それと同時に、マリアは振り返った。
「教えてよ」
マリアは、自分の事とも向き合わなければいけない。
だが、時間がないとなれば、レンを優先したくなるのは当然のことだった。
ムッターゲフェースの二号機であるリェイラが目覚めれば、どうなるのかも分からない。
それでも、マリアはレンを救いたい。
今のままでもいいと思っている。
彼女が生きてさえいれば、それで構わない。彼女がティニア・ボレードとなっても、側に居続けたい。
「どうすれば、レンを救えるの?」
ラウルは溜息をついた。
「あいつは壊れている。元には戻らない」
「そんな言い方ないじゃない。大体、戻らないだなんて、どうして言い切れるのよ」
マリアは胸に手を当てた。鼓動が早くなっているのを感じた。
「……レンは魂を抜かれ、ティニア・ボレードの躯体に捻じ込まれた。そうなってしまっては、破壊するほか手立てはない」
「破壊だの壊すだの、どうしてそれしかないのよ」
「あいつは今の躯体に入れられてから、OSのインストール——完全なるティニア化を拒み続けてきたが、それが永遠に続くわけではない。結局、今は90%を超えてしまった」
「止めることは出来ないの?」
マリアの問いかけに、ラウルは視線を遠くへ飛ばした。
「確かにインストールというのは理論上、止める手立てはある」
「なんですって!?」
「……但し、OSのインストールを中断すれば、——あいつの心が壊れ、人格としては壊れたまま、不完全な状態でしか起動出来なくなる。そうすれば、生まれ変わっても記憶は戻らず、一生壊れたままのティニアとして生きることになる。我々はそれを、“魂の綻び”と呼ぶ」
「そんな……」
「ティニア・ボレードは改良され、自害や自爆が出来ぬようプログラムされている状態だった。それが出来るのなら、あいつはもう自害していただろう」
嘘であると思いたかった。
ティナは俯いたまま、口元を静かに閉めている。恐らくティナは予測していたのだろう。
メイも表情を曇らせたまま、リェイラを撫で続けている。
「じゃあ、あの子の為に出来ることって……」
「ティニア化する前に壊すか、ティニア化した後に壊すかだ」
ラウルの言葉は音を立てるように、マリアの心に刺さった。




