㉛-2 朝焼け
リビングではフリージアが、あくびをしながら部屋から出てくるところだった。
「アルお兄ちゃん、おはようです。どうしたのですか? 顔色が……」
「おはよう。いや、問題ない。フロウこそ、一人でちゃんと眠れたか?」
「はい!」
アルベルトが笑いかけると、フリージアもようやく笑顔を見せた。
「ティニア様は、今着替えています。あたしはこのままでいいかなって」
「そうか。朝日が昇るまで、もう少しある。水でも飲むか?」
「もう飲んできました」
「そうか」
アルベルトはフリージアの前に跪いた。
「なあ、フロウ」
「……はい」
「ティニアと一緒にいるために、どうしたいか決まったか?」
「はい!」
フリージアは強く頷いた。
「私、もっともっと勉強します。今は文字がやっと読めるくらいだけれど、本もいっぱい読みます。ティニア様が安心できるくらい勉強して、傍で支えていきたいのです」
「そうか。フロウはよく頑張っているよ。……不安なことがあれば、いつでも話して欲しい」
「アルお兄ちゃん……。ありがとう」
フリージアはアルベルトに抱き着いた。
幼いなりに、必死に考え抜いたことだったのだろう。
「何でもいいんだ。大したことじゃないことでも、相談したくなったら気軽に話してくれ」
「……あのね」
「どうした?」
「最近のティニア様、全然食べないじゃないですか」
「ああ、そうだな。確かに、痩せてしまったな」
「教会の神父様も、とても心配されていました」
「アドニスも心配していたのか。何か工夫をしないとだな」
フリージアは頷いたところで、レンの部屋のドアが開いた。見慣れた灰色のワンピースに、茶色のカーディガンを羽織っている。
「遅くなりました。早く行きましょう。朝日が昇ってしまいます」
「そうしよう。ほら、フロウ」
フリージアは二人の間に納まると、それぞれと手を繋いだ。
「私はずるいですね」
「どうしてですか?」
「ティニア様と、アルお兄ちゃんを独り占めしているから。私はずるいのです。えへへ」
フリージアは年相応にはにかんだ。
「そんなことありませんよ。私も、フロウと居られて嬉しいですよ」
「ティニア様は、アルお兄ちゃんを独り占めしたいでしょ?」
「そんなことはありませんよ」
可愛らしい会話を聞きながら、アルベルトは玄関のドアを開けた。
外に出ると、太陽が丁度空へ上がっていくところだった。
群青色の空が、東の空から淡い橙色へと染まり始めていた。
「きれい……」
朝日に見惚れたフリージアが思わず呟いた。レンも朝日を見上げているが、表情に変化は見られない。
アルベルトはレンを見つめた。
朝日を映し、ティニアの瞳は金色に染まっていた。
美しかった。朝日より、ずっと尊かった。
あと何回、彼女と朝日を眺めることが出来るだろうか。
あと何回、彼女を抱きながら眠ることが出来るだろうか。
終わりが近づいているような気がして、アルベルトの心をざわつかせた。
今日はフリージアを孤児院へ預けたら、彼女を診療所へ連れていく。
医師のレオンなら、症状や痩せてしまったことに気付くだろう。
アルベルトは目を閉じると、大きく息を吸いこんだ。
先ほど浮かんだ風景の事が、頭を過ぎった。
アルベルトは目を開けると、大きく息を吐き出した。
あれは、何だったのだろうか。
自身の身体が燃えるような感覚。
昔から、炎に恐怖を覚えたことはなかった。むしろ、安心さえ感じていた。
その理由にも疑問は残るが、心に引っ掛かるものがある。
月だ。
空一面を覆いつくすかのような、巨大な月は心をかき乱すようだった。
地球で見慣れている月とは違っていた。
「どうしたのですか? 考えごとですか?」
レンは心配そうにアルベルトを見上げていた。
気付けば、建物や山の周囲が燃えるように明るくなっていた。
アルベルトは、先ほどの光景を思い返していた。
「そうだ。あのあたりから、落ちていったような……」
アルベルトの呟きを耳にしたレンは口元に手を当てると、首をかしげた。
太陽は、ゆっくりと高度を上げていく。




