㉚-5 眠るもの
リビングでは、机で横たわるリェイラの側に、メイがクマのぬいぐるみであるミシェルを置いたところだった。リェイラは寝息を立てて眠っており、最悪の事態は避けられた。
話したいことは色々あったが、ティナの提案でマリアは自室で横になっていた。
ラウルに何処かへ行かないように再三に渡って忠告はしたが、当てにはならない。
あんなことがあった後で休めるわけもなく、マリアは起き上がった。
不意に、会話が耳に入ってくる。
ティナとラウルだ。
メイも同室に居ると思われるが、会話には加わっていない。
「聞き耳を立てるんじゃなくて、聞こえてくるんだものね……」
マリアはそう呟いた。
◇◇◇
「もうすぐ夜明けですね」
「…………」
「ラウル」
ラウルの返答はない。黙って椅子に腰かけたまま、腕を組んでいる。
「未だ私を許してはくれないのですか?」
「……判っているなら聞かないことだ」
「セキュリティーレベルを落としたまま、劇場に赴いたことですか?」
尚もラウルは何も答えなかった。
ティナは残ったお湯を沸かしなおすと、紅茶を淹れた。
赤茶色で満たされたカップを手に取ると、椅子を引いて座った。ラウルとは多少の距離を置いたことになる。
メイは何も言わず、リェイラを撫でていた。
「護衛の任務を、貴方一人に任せたことですか?」
「いい加減にしろ」
ラウルはテーブルを叩いた。
机で眠るリェイラの身体が僅かに揺れる。
メイは呆れたように、ラウルを睨みつけた。
「いい加減にするのは貴方です。同志ラウル。結界を解いたのなら、静かにすべきです」
「黙れ」
「ティナもティナです。許す許さないは本人の心次第です。許して欲しいのであれば、心を最優先に保護すべきでは?」
「……そうですね。申し訳ありません」
ティーカップを両手で覆うように持つと、ティナは水面を見つめた。自らの姿はティニア・ボレードに似てはいるものの、全く同じではない。
「そうですね。貴方の姉は、あの時四散してしまいました」
「ティナ……」
「メイも知っているのですね」
「はい。……マリアは知っているのですか?」
「直接は、未だ」
ティナはマリアの部屋のドアを見つめた。恐らくマリアは起きているだろう。となれば、会話も聞こえている筈だ。隠すわけではないものの、面と向かって話しているわけではない。後ろ髪が引かれる。
「隠し事の多い奴だな」
「同志ラウル……!」
「フン」
その時、マリアの部屋のドアが僅かに開いた。
横になっていたはずのマリアは、心配そうに顔を覗かせる。
「私の事を気にして話せないなら、席を外すわよ」
「いえ、そう云う訳では……」
「そう云う訳なのだろう? ボレードが……」
「ラウルも、いちいち煩いのよ」
マリアがそう言った時だった。リェイラがうめき声を上げた。
「う、ああ……」
「リェイラ、大丈夫ですか。メイはここにいます。ミシェルも」
リェイラの小さな手を、メイがそっと握った。リェイラは尚も苦しそうに声を上げる。
「ミシェル……」
「そうです。ミシェルは此処にいますよ」
リェイラは涙を零しながら、ミシェルを抱きしめた。
「また、夢を見ているのですね」
メイは悲しそうに呟いた。
「夢?」
マリアの問いかけに、メイは静かに頷いた。
「マリアも見たことがあるでしょう。紫がかった空に、広い草原。そして、黒い影——」
「おい、メイ」
言いかけたメイを、ラウルが黙らせた。
確かに同じような夢を、マリアは何度も見ている。
「……レスティン・フェレスの夢です」
ラウルを無視するように、メイは答えた。
「レスティン・フェレスの夢……」
「母として覚醒し、母として成る過程。計画が失敗、中止しても、リェイラは夢と共に苦しみ続ける」
「母として……」
ティナは静かに席を立つと、お湯を沸かし直した。ラウルのように、メイの話を止める素振りはない。
「ヴェルローラの悲願の為なのよね、母って……」
マリアの問いかけに、メイは頷いた。
「はい」
「メイも知っているのね」
「私は設計者から、リェイラを守るようにプログラムされました。その過程で、母についても聞いております。……例えプログラムが無くとも、私のやるべき事は一つだけです」
「その母なんだけれど……」
「はい」
メイはリェイラを撫でた。リェイラは落ち着きを取り戻し、寝息を立てている。
「一体、誰の母なの?」
お湯の沸いた音がした。




