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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode30「遺された研究施設で」
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㉚-4 超えようとするもの

 夢中だった。

 どうやってアパートへ戻って来たのか、どれだけ力を使ったのか。

 マリアには分からなかった。


 スイスのシュタイン・アム・ラインは夜明け近く、外はまだ薄暗いままだった。


 魔法陣と共に現れたマリア、ティナ、そしてマリアに抱えられるリェイラ。ぬいぐるみを抱えたメイは、一瞬でアパートへ現れた。

 四人分の転移など、想定外だったが、なんとか成功した。


 脱力感に襲われ、マリアは頭を抑えた。

 不意に意識が朦朧とすると、真っ直ぐ立っていられなくなった。

 マリアの目は赤く充血し、意識が遠のいていく。


「クッ……!」


 浅い呼吸を繰り返すものの、酸素が入ってこない。

 過呼吸を起こしているのだと、すぐにわかった。だが、激しさを増すだけで、過呼吸を止めることが出来ない。

 なんとかメイにリェイラを託すと、マリアは膝から崩れ落ちた。


「マリア! 息を長く吐いて、吸ってください!」


 ティナはマリアを抱き抱える。

 唾液が口から零れ落ち、指先は激しく痙攣した。

 身体全体が痺れていくようだ。


「申し訳ありません。私がリェイラを抱くべきでした」


 淡々としているメイを無視するように、ティナはマリアを抱きしめた。


「大丈夫です。スーハーです。出来ますよ。大丈夫……」

「今は……。ハアハア。その子を……」

「リェイラも、貴女も助かります。ですから、ゆっくりと息を吸って、吐いて……」


 マリアの瞳が朱色に光り出した。

 周囲に文様が現れ、高速で動いていく。


「こ、これは——」


 ティナが何かを言いかけた時だった。

 轟音が鳴り響き、玄関のドアが強引に開けられた。


 ——ラウルだ。


「ら、ラウル……!?」


 驚愕するティナだったが、すぐに声を上げた。


「助けて下さい、マリアが……」


 ティナの言葉を待たず、ラウルは部屋へと入ってきた。マリアの前に跪くと、眼帯を外した。金色の瞳が、マリアを見下ろした。


「マリア」


 冷たい言葉が、マリアに降ってきた。

 マリアの呼吸は安定してきたが、文様が消える気配はない。


「このまま覚醒すれば、俺はお前を壊す」

「ラウル! 何を言って——」

「煩い。当初の計画もそうであった筈だ」

「ですが——」

「同志ラウル」


 メイがリェイラを抱き抱えたまま、マリアを庇うように割って入る。


「貴方が施設・オブシディアを訪れなくなり、結果が此れです。今はマリアを冷静にさせ、リェイラを救うのが先決。何時まで硬いがらくたのような思考で居るのですか」

「な……」


 メイがラウルを叱咤している間も、ティナはマリアの背中をさすると、ゆっくりと呼吸をするように声をかけ続けていた。

 マリアは徐々に落ち着きを取り戻し、瞳の発光が止んだ。マリアの周囲に出ていた文様や魔法陣は消えていき、マリアは歯を食いしばった。激しい頭痛が押し寄せる。


「いい子ですね、マリア」


 ティナはマリアの背中を片手でさすりながら、もう片方の手をそっと握った。


「そう、そうです。大丈夫だったでしょう?」

「あ、ありがとう、ティナ……」

「まだ立ち上がらない方がいいでしょう。ゆっくり休んでいて下さい」

「でも……。リェイラが……」

「私がリェイラさんの応急措置をします。メイ、お湯の沸かし方は分かりますか?」

「はい。お湯を沸かします」


 メイはリェイラを机の上に寝かせる。ティナはリェイラの容態を横目で見つつ、すぐに砂糖と塩を水に入れて溶かし始めた。


 ラウルは立ち上がってマリアを見下ろすと、舌打ちをした。


「……残念だったわね。今度も壊せなくて」

「煩い」

「一人で立ち上がれないの……、手を貸してもらえる?」

「黙れ。そこで寝て居ろ」


 ラウルはそういうと、ドアの方へ歩いていった。


「どこに行くの……?」


 マリアの言葉にラウルは舌打ちすると、壊れたドアを拾い上げた。


「結界を張っている。周囲に音は漏れていない」

「同志ラウル。素直に『ドアを壊して御免なさい』と言えば収まります」

「チッ、煩い」


 ラウルはシュルンという音を立て、手を工具のように変形させた。そのままドアを修復するように、ネジを巻いていく。


「ふふふ。……御免なさい、マリアさん。っていえば……、許してあげるわ」

「黙れ、ラーレ」


 マリアは身体に力を入れた。随分楽になったとはいえ、手や足は痺れているようだ。よろよろと立ち上がろうとするマリアに、ドアを修復し終えたラウルの手が伸びてきた。

 マリアは笑みを零しながら、その手を取った。


「全く。次からは、ノックしてくれたら鍵を開けるわよ」

「ケッ……」


 力強く引っ張られ、マリアは転びそうになった。ラウルが体を受け止めると、漸く立ち上がれた。


「ありがと。私は素直だから、お礼も言えるのよ」

「一々、煩い奴だな」

「誉め言葉として受け取っておくわ」


 マリアはよろよろとリェイラの横たわる机へ近づいた。

 リェイラは今も浅い呼吸を繰り返している。


 お湯が沸くと、ティナは先ほど作った砂糖と塩の入ったカップに、少量のお湯を注いだ。出来上がった砂糖と塩のぬるま湯をガーゼに付けると、口元を湿らせていく。リェイラは唇を微かに動かすと、喉を動かした。


「そうです、リェイラ……。ゆっくりと飲み込んでください」

「ティナ、この後はどうするのですか?」

「お湯に少し水を足します。人肌に温くしたら、このタオルを湿らせて下さい」


 ティナはそういうと、リェイラに両手をかざした。目を閉じた時、周囲には金色の文様が浮かび上がった。


 驚くのはマリアだけであり、ラウルとメイは当たり前のように見守っている。

 眩い金色の光がリェイラを包む。まるで魔法のように、ティナはリェイラへ光を与え続けた。

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