㉚-3 出逢い
メイはティナのような微笑みを浮かべると、マリアへ向き直った。
尚も胸には手を当てており、敵意は感じられない。
「彼女——リェイラが最初に目覚めたのは、1940年です」
「1940年……」
「はい。1940年、12月24日です」
アウローラの拠点が襲撃されたのは、1936年の12月24日だった。ヴェルローラはマリアを失い、リェイラの製造を始めたのだろうか。
ラウルは物事をはっきりと言い切る。
そのラウルが敵であると明言していったわけではないことを、思い返す。
「お判りいただけましたでしょうか」
メイは胸を掴むように、身を乗り出した。
ティナはもう警戒してはいなかった。
「お願い致します。このままでは、リェイラの命が危険なのです……!」
メイは懇願するように、頭を下げた。
「危険って……。まさか、ヴェルローラの残党が!?」
ティナは拳銃を握り直すと、周囲を警戒した。
メイはすぐに首を横に振ると、マリアとティナを交互に見つめた。
「貴女方を招き入れるように提案したのは私です。御願い致します。同志ラウルがこの施設を訪れなくなって、もう直ぐでひと月が経過します」
「どういうこと?」
「同志ラウルは定期的に食糧を運んでくれました。しかし、それが尽きてしまい、リェイラには眠ることしか出来ませんでした」
「な……」
「リェイラは瘦せ細り、栄養失調を起こしています。どうか、お願いします。リェイラだけでも……」
「……どこに居るの? その、リェイラは」
「此方です!」
「待ってください、マリア!」
マリアを止めようとしたティナの叫びに、マリアは首を横に振った。
メイが目を一瞬光らせると、カシュンという軽い音が鳴った。すると、壁のような扉が音を立てながら自動で開いていく。
扉が明けきる前に、メイは駆け出していた。
「この通路の先です! 熱源反応が感知出来ていると思われますが、彼女がリェイラです」
マリアは神経を研ぎ澄ませた。
通路は一本道で、差ほど長くはない。距離にして数十メートルと言ったところだろう。その奥に、広い部屋があり、熱源反応は一つだけそこに在る。確かに、何かがいる。
今更疑おうとは思わないものの、ティナは拳銃を構えた。
「リェイラは小さいです。成長が遅いのではなく、成長できなくなったようです。それが、失敗の原因の一つでもありました」
ラウルから、研究は失敗したと聞いている。となれば、リェイラも犠牲者のうちの一人ではないだろうか。
マリアはティナへ頷いた。ティナも静かに頷くと、二人は通路へ足を踏み入れた。
通路に黒焦げはなく、青白い光が足元を照らすように灯っていく。
「事故で火災が発生しましたが、この通路だけは燃えませんでした。設計者ゲオルクが作った秘密通路であったからです」
メイは足音を響かせながら、通路を進んでいく。マリアはティナへ視線を泳がせたが、ティナは口元に力を入れたまま無言だった。
「ですが、研究や実験は既に失敗に終わり、施設の放棄とリェイラの破棄が決定した後でした。結果、私たちが跡形もなく焼失した事は、彼らにとっては喜ばしい事でした」
「喜ばしいだなんて……」
「着きました」
メイは壁の前で立ち止まった。
先ほどの扉のように、自動で開くのだろうか。
「開けます」
メイの言葉に、ティナは銃に手をかざす。ティナなら、即座に対象を撃ち抜けるだろう。
カシュンという軽い音と共に、ドアが自動で開きだした。
ティナはマリアを庇うように、前へ歩み出た。
「——ッ!」
扉が開き切る前に、マリアは走り出していた。
だだっ広い部屋の中では、ピンク色の髪の少女がぐったりとして、浅い呼吸を繰り返していた。顔色や唇は青い。
「だ、れ……」
か細い声がした。
「……ッ! しっかりして!」
ティナが止めに入る前に、マリアは少女——リェイラを抱き起していた。
「マリア、罠かもしれません!」
「お願いします。助けてください」
メイはティナの腕を掴んだ。
「貴女の事情は察しています。ですが、お願いします。リェイラだけでも——」
メイは、銃口をリェイラから自分へ向けようとした。
「そんなことしてる場合じゃないわ!」
マリアの沈痛な叫びは、二人の視線をリェイラへ向けさせた。
「息が浅いの!」
ティナなら何とか出来るような、そんな気がした。
「ティナ、助けて……!」
ティナは強く噛み締めると、マリアの元に駆け寄り、リェイラに手をかざした。
ティナの手からは金色の光が淡く光り、リェイラを覆いつくしていく。
「危険な状態です。食事を最後に摂ったのは何時ですか?」
「一週間ほど前です」
「そんな……」
食料など持ち合わせていない。例え持っていたとしても、これだけ衰弱していれば、固形物は飲み込めないだろう。
「御願い致します。どうか、リェイラだけでも連れて行って下さい。御願いです」
「ッ…………」
マリアはリェイラを背負おうとしたが、ぐったりとしているリェイラを抱えることは出来なかった。
ティナが首を支えると、マリアは腕に力を入れ、リェイラを抱き抱えた。
「とにかくここを出ましょう。このままでは、この子が死んでしまうわ……‼」
「転送出来そうですか?」
「正直、四人分の転送計算外だけれど、やってみるわ!」
マリアの言葉に、メイは首を横に振った。
「私は此処に残ります」
「ダメよ、貴女も一緒よ」
マリアの言葉を噛み締めると、メイは部屋の奥へ駆け出した。
「メ、メイ! 何してるの!」
「この子をおいてはいけません。リェイラのトモダチ、ミシェル」
それは、大きなクマのぬいぐるみだった。白かったと思われるそのぬいぐるみは、煤汚れなのか黒ずんで見えた。
「私を連れていくのなら、ミシェルをお願いします」
「やってやろうじゃない! メイはその子を大切に持ってきて! 行くわよ!」
メイは驚きつつも、しっかりと頷いた。
マリアは目を閉じると、朱色の文様で皆を取り囲んだ。やがて四人とぬいぐるみは発光する。マリアはリェイラへの衝撃を抑えようと、強く抱きしめた。
「一か八かね。行くわよ、実体転送!」
次の瞬間、四人とぬいぐるみはその場を後にした。




