㉚-2 敵か味方か
マリアが慌てて振り向いた時、暗がりの中で女が両手を上げていた。
ティナは撃ち抜こうと言わんばかりに銃口を向けた。
「敵意はありません」
「まさか、機械人形……!?」
驚くティナの言葉に、マリアにも緊張が走った。
機械人形とは、ラウルと同じくレスティン・フェレスの技術で造られた存在だ。全身が機械で構成されている。
徐々に目が、暗闇に慣れてきた。
自分たちのいる場所は、部屋というよりも通路が正しいだろう。壁にはすす汚れのような黒い汚れが目立つ。前に見た光景と同じであった。
マリアは改めて、目の前の女を見た。
長い髪はマリアと同じように腰まであるものの、高い位置に一つに束ねられている。身長はマリアやティナと変わらない。
服装は研究員が身につけるような白衣だが、事故にでもあったかのように、あちこちが破けている。
機械人形の女は、手を上げたまま口を開いた。
「はい。私は機械人形です。名を、メイと申します。ここには、私以外では一人しかいません」
メイはマリアへ微笑みかけると、一瞬で表情を変えた。無表情のまま、拳銃を構えたままのティナへ視線を移した。
「私のコアは胸に埋め込まれております。不本意ではありますが、気に入らなければ撃ち抜いて下さい」
ティナでさえ、反応が一拍遅れた。
拳銃を構え直したティナに、メイは言った。
「出来れば一発でお願い致します」
「待ってよ! こ、コア……⁉ じゃあ、あなたは人造人間なの?」
「否定します。コアとはメインコンピュータ、私の心臓部です」
「……間違いありませんね。彼女はレスティン・フェレスの技術で作られています」
メイは瞬き一つせずにティナを、そしてマリアを見つめた。その青い瞳からは人工物のような冷たさを感じる。
「貴女の開発者は——」
言葉を言いかけたティナの銃口が震えていた。
「私の開発者は、ゲオルクです」
「ゲオルク……?」
マリアの言葉に、メイは頷いた。
「ヴェルローラで監禁されていた、研究者の一人です」
淡々と語るメイを見つめるティナの銃口が、僅かに揺れていた。
「……是非、彼女に会って下さい。強制転送は、彼女が行いました。無礼をお許しください」
「彼女って?」
「はい。名を、リェイラと申します。私と彼女が、この施設にいる全メンバーです」
押し黙っていたティナは、銃口を構え直した。
——リェイラ。コードにあった『Layla』の事に違いないだろう。
リェイラが、ムッターゲフェースの二号機、母なる器の後継機かもしれない。
呼吸を忘れるマリアを気にかけつつ、ティナは銃口をメイの心臓へ向けた。
「その前に、質問に答えて頂きます」
「何なりと」
「貴女がヴェルローラの構成員では無い証拠、リェイラという人物についての説明を求めます」
「尤もな質問ですね」
メイは両手を下ろした。
いつ撃ち抜いても構わないと言わんばかりだった。
メイは壁を見つめると、その黒い煤けた汚れを指で触れた。
「この拠点は1945年に放棄されました」
「……世界大戦の終結した年ね」
マリアの言葉に対し、ティナは頷きもしない。拳銃を握るティナからは、今にも撃ち抜かんばかりの緊張感が漂ってくる。殺気はピリピリとした痛みとして、マリアの肌を貫通していく。
殺気を知ってか知らずか、メイは淡々と語った。
「放棄の原因は火災の発生と、開発対象の焼失によるものです。それ以後、ヴェルローラの工作員がこの施設を訪れることは一度もありませんでした」
「私が求めたのは、貴女がヴェルローラの構成員では無い証拠です」
「……私は機械人形です。個体で動けるとはいえ、彼らのメンテナンス無しに稼働し続けることは出来ません」
「ならば、ヴェルローラの構成員が出入りをしているのでは?」
ティナは銃口を突き付けるように、指に力を入れた。
メイに動揺は見られない。むしろ、微かに笑みを浮かべた。
「施設が放棄された後、私のメンテナンスを行った人物は、同志ラウルです」
「ラウルですって?」
驚くマリアに対し、メイは頷いた。
「はい。では次に、私の分析は可能ですか?」
「分析? サーチのこと?」
「肯定します。ですが、分析は貴女ではなく、拳銃を構える貴女に御願いしたいのです。ラウルの癖を把握している貴女なら、直ぐに理解出来るでしょう」
メイの言葉に、ティナの気配が変わった。
「……私が誰なのか、識別出来ているようですね」
「はい」
メイはティナへ向き直した。
「貴女はティニア・ボレードの転生体です」
断言するメイを前に、ティナは首を傾げた。
「……ティニア・ボレードは機械人形です。魂も無いのに、どうやって識別を?」
「設計者ゲオルクが、そのようにプログラムした。そう説明すれば、お判り頂けますか?」
顔へ向いていた銃口が、一瞬だけ下へ動いた。
「まだ金色の加護の残る貴女なら、その色の識別に過ちがないことを理解出来る筈です」
「クッ……‼」
「ちょっ……! まだ撃たないで!」
「設計者が味方であるという可能性が、何処にあるというのですか!」
ティナが声を荒げるところを見たのは、初めてかもしれない。
ティナの気迫に、マリアでさえ圧倒される。
「ティニア・ボレードにとってはそうでしょう。ですが、シア様としては如何でしょうか?」
「…………」
「シアって……、ティニア・ボレードの転生体で、貴女の一つ前の前世よね?」
マリアの問いかけに答えたのは、メイだった。
「はい。シア・ルージリアはルギリア帝国の後に作られた、ルゼリア王国の初代王妃です」
「は?」
メイが何を言っているのか、マリアには理解できなかった。
地球にある国なのか、それともレスティン・フェレスにある国なのか。それすらも分からない。
ティナの話を顧みるのであれば、レスティン・フェレスの話なのだろう。
マリアは自然とティナの反応を見てしまった。
ティナは俯き、銃口はメイの足元に落ちていた。拳銃を握る指は震えており、歯を食いしばった。
何をそんなに恐れているのか。マリアにはまだ半分も理解出来ない。
「全て、私のデータに組み込まれております」
「……ティナ、大丈夫?」
「ティナ様というのですか。記録しました。シア様からティナ様へ」
名前の確認を始めたメイを無視すると、マリアはティナへ駆け寄った。
「ティナ!」
背中をさするように触れると、ティナは拳銃を下ろした。
「大丈夫です。少し、昔を思い出していました」
ティナは左手で拳銃を持つと、右手を胸に当てた。
「そうですね。私はティニア・ボレードでもあり、シア・ルージリアでもありました」
目を閉じたまま、確認するように言葉を呟いた。
「私は覚えているようで、忘れてしまっていたようです。私自身のことを」
ティナは目を開けると、メイへ視線を送った。
「認めましょう。貴女が、ヴェルローラの構成員ではないと」
「有難う御座います。では、もう一つの質問にお答えしましょう」
メイは微笑むように、マリアを見据えた。
その微笑み方は、ティナに瓜二つだった。不思議と安心感を与えるような、柔らかい笑みだった。




