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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode29「Risoluto 」
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㉙-6 糸口を探して

 マリアはカップを手に取ると、紅茶を流し込んだ。

 温くなっていた為か、カップの底には粉砂糖が残っていた。最後の一口は異常に甘く感じた。


 ティナは辛いことをマリアに話してくれた。並々ならぬ決意がなければ、話すことすら難しいだろう。

 レスティン・フェレスでの出来事に触れるたび、ティナが苦しそうな表情を浮かべていた理由が分かった。


「……非人道的実験を、ヴェルローラはしていたのよね」

「はい」

「その技術が今のレンにも使われたのかな」

「…………」


 ティナは押し黙ったまま、残っている紅茶を飲み干した。一息つくと、空のカップを見つめたまま、話し出した。


「余り考えたくはありませんが、そうなのでしょう」

「ラウルの苦しんでいる理由が、少しは分かった気がするわ」


 ヴェルローラはラウルたちの手によって壊滅状態であるというが、危険な存在に変わりはないだろう。

 レスティン・フェレスの技術をヴェルローラに与えたのは、狂わされたラウルだという。ラウルはその過程で、レンの片目を受け取った。

 レンの瞳を譲り受けたこと。そしてレンの身体を構築させた技術が、自らの罪であること。

 二重の意味で、彼は苦しんでいたのだ。


 ラウルは食事や睡眠もとらずに動き続けているのだろうか。

 否、疲れというものを知らないのかもしれない。


 人であれば、気が狂ってしまうだろう。

 ラウルが再び狂ってしまわないように、気を配る必要もありそうだ。


 その時、マリアは気付いた。

 レンは、壊れていくことに気付かなくなっていると。


 だとすれば、レンは自分を機械人形であると思い込んでいるかもしれない。

 機械人形に食事が必要ないのであれば、食事はおろか、睡眠もとっていない可能性がある。


「今のレンは、動き続けているのではない? 食事をしたり、眠ることもせずに……」


 レンを抱きしめた時のやせ細った腕、背中が思い起こされる。


「……アルベルトさんが其れに気付くのも、時間の問題でしょう。機械人形であることを話してしまうかもしれませんし、もう話している可能性もあります」

「ラウルも言っていたわね。時間がないって」

「インストールが完了してしまう前に、何か手を打たなければ……」


 ティナは自らの肩を撫でた。


「ッ……。レンを救いたいのに……。強がっていたわけじゃないの。あの子はあの子だもの。ティニア・ボレードじゃないのは分かってる」

「マリア……」

「今のままでどうしようもなくても、生きてさえいてくれたら……」


 何か手はないだろうか。

 もっと、身近なところで見落としはないだろうか。

 孤児院はきっと関係ないだろう。診療所もだ。

 となれば、教会の——。


「そうか」


 マリアは立ち上がった。どうして、もっと早く気付けなかったのか。


「どうしました?」

「レンに聞けないのなら、別の人に聞けばいいんだわ」

「別の人……? タウ族のミランダ・ミュラーとその夫ですか?」

「ううん。違うわ。アドニスさんよ……」


 ティナは一拍置いて答えた。


「アドニス……?」

「ええ。孤児院の隣に構えてる教会の神父! ティニアに……レンに、しつこいほど絡んできてたお爺さんよ!」


 レンの周囲で昔から事情を知っていそうな人物といえば、最初に挙がるのがアドニスだ。何故、もっと早く気付けなかったのだろうか。


「……アドニス…………」

「きっと、レンの協力者なんだわ。財団の人だもの! アドニスさんが怪しいわ。絶対何か知っていると思う」


 ティナは首をかしげた。


「……私は宗教に詳しいわけではありませんが、聖職者というのが気になります。協力者なのですか?」

「私と出会う前からの知り合いみたいよ。そういえば……」

「何かあるのですか?」

「アドニスさん、全然年を取らないのよね。外観が変わらないの。初老だと思っていたけれど、シュタイン・アム・ラインに来てから、全然変わってないわ」

「……彼がケルンメンシュである可能性、否定出来ませんね」


 孤児院を管理しているのも、彼だ。

 彼の判断で、孤児院は閉鎖される。

 レンとアドニス。

 繋がっていないとは思えない。


「なんでもっと早く気付かなかったのかしら」

「ですが——」


 ティナは席を立った。


「今、最も事情を知るのはラウルです。私は、ラウルとの接触が先であると考えます」


 ティナの声は震えていた。

 その言葉には、並々ならぬ決意が込められているように感じられた。


「ラウルに?」

「はい……」

「そりゃ、聞けるならラウルに聞いた方が近道だわ。でも、話してくれるかしら……」

「ラウルがいる場所に、見当があるのですか?」

「イタリアのシチリア島近辺、海底にあったという、ヴェルローラの研究施設よ」


 マリアは頷いた。


「でも、その研究施設には、ムッターゲフェースの二号機がいる。ラウルが話していた通りならね」


 ラウルの話では、二号機にマリアのような力はなく失敗作とされ、ケルンメンシュとして扱われているという。

 その存在と出くわす可能性は高い上、ヴェルローラとの交戦も考えられる。


 罠かもしれない。

 危険は承知の上だ。


「迷ってる時間も惜しいわ。いつかは立ち向かわなければならないのよ」


 ラウルと会うことは、敵の懐へ飛び込むことと同義だろう。

 ヴェルローラの残党が隠れているかもしれない。

 ムッターゲフェース二号機がどんな状態なのかも分からない。


 待ち受けるものが敵であるのか。味方であるのか。


 だが、立ち止まる理由にはならない。

 レンは今、この時間も恐怖と闘っている。

 立ち止まる時間さえ、惜しい。


 ティナはゆっくりと目を閉じる。

 再びラウルと向き合う日が来るとは、思ってもいなかった。


 唯一の弟である彼と姉弟だったのは、生まれ変わる前の話だ。

 今はもう、姉弟とは言えないだろう。

 怖くないと言えば嘘になる。


 ティナはマリアを見つめ、小さく頷いた。


 もう、後戻りは出来ない。


 雨音はいつしか遠のき、時計の秒針だけが静かに時を刻んでいた。

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