㉙-5 融合
外は小雨が降り出したのか、屋根を叩く雨粒の音が聞こえてきた。
マリアは自分の暮らすアパートのリビングで、ソファーへ腰を下ろしていた。向かいには、ティナが座っている。
マリアは、シェアハウスでの一件を一通り話し終えた。ティナは紅茶を一口飲むと、溜息をついた。
「……レン、辛そうですね」
「うん。意気消沈してたみたいだった。レンがあんなに感情的になるなんて……」
ティナは無言で、口元に手を当てた。
ティナの癖の一つだ。恐らく本人も、それが癖だとは気付いていない。
同じ仕草をするレンの姿が、脳裏に浮かぶ。
マリアは喉の奥が詰まるようだった。
「明日は休みをもらっているから、じっくり考えられるわ」
「私も手を尽くします」
「……あれだけ記憶が曖昧になってしまっては、レンに話を聞くことも出来ないわね」
「何かの事情から話せないのではなく、そのことですら曖昧になってしまっているのかもしれませんね」
レンがマリアに話さなかった理由は、恐らくほかにもあるだろう。
ここまで進行する前に、何とか出来なかったのだろうか。
否、今は後悔している場合では無い。
マリアは首を横に振った。
集中しなければ。
時間は無限ではない。
「それから、……レンは酷く痩せていたの。好みも変わっちゃったみたい。珈琲も好きだとか言って……」
「……レンは、食事を摂っているのですよね?」
「え、そうだけれど?」
ティナは押し黙ってしまった。
当たり前のことが、引っかかるのだろうか。
「……話せること?」
間を置き、ティナは頷いた。
「私の躯体、機械の身体であるのなら、……食事を必要としません」
「……なんですって?」
「機械ですから、内臓もありません。消化器官さえ……」
「わ、私はレンと暮らしてきたからわかるわ。彼女はティニアとして、私と何度も食事を摂って来たのよ?」
「いえ、食事を取る必要があるのなら、可能性が一つあります」
アルベルトが町に現れていると聞き、初めて記憶の曖昧な彼女を見た日のことが思い起こされた。
疲れていると思い、彼女を肉料理店に連れ込んだ。
「推測ですが、彼女は——」
ティナは目を細めた。眉間に皺を寄せ、言葉を詰まらせた。
「人と機械の融合体であるのかもしれません」
「……融合体?」
「厳密にいえば、ケルンメンシュである私も、ムッターゲフェースであるマリアも、人と機械の融合体なのです」
「怪我で手術を受けていても、レオン先生は何も言って無かったものね」
ティナは押し黙ると、唇を震わせていた。無理をしてでも、話すべきことがあるのだろうか。
「私は……、前世で命を終えるとき……」
ティナは口をつぐみ、唇を噛んだ。
胸に手を当てると、遠い目をしたまま口を開いた。
「……自爆プログラムを起動して、……四散したのです」
マリアは無言で首を横に振った。
ティナは目を閉じた。
思い出したくない過去を、垣間見てしまったのだろう。
「そんなことがあったなんて……」
一体、レスティン・フェレスで何があったのか。
彼女が自ら語ろうとはしなかった過去が、まだ根深くあることを知った。
「ですから、私の躯体がこの世界にあることは不思議でした。どうやって部品を集め、再起動出来たのか……。機械の身体の継ぎ接ぎをするために、何か人間の臓器を使用したのかもしれません」
辛い過去を語らせてしまった。
ヴェルローラの行動が理解出来ない。
レスティン・フェレスでの一件にも、関係があるのだろうか。
「彼女に使用されているコア。人間でいうところの心臓には、ティニア・ボレードのコアが使われていると見て、間違いないでしょう」
ヴェルローラは魂の研究をしているとも聞いている。
継ぎ接ぎしたティニア・ボレードの躯体に、レンの魂を入れたのだろう。
多くの孤児たちをケルンメンシュに変え、マリアというムッターゲフェースをも作り出した。
自然と、マリアの指に力が入った。




