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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode29「Risoluto 」
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㉙-4 移り行く

 マリアは仕事が休みだという、明日の夕食を共にするという約束をすると帰ってしまった。


 レンは起き上がると、一人でフリージアの迎えに孤児院を訪れていた。

 アルベルトは何度もついていくと言ったが、レンはそれを断っていた。


 体調不良で仕事を休んだことを、職員であるシャトー婦人へ謝罪した。シャトー婦人や子供たちはレンを歓迎した。


「ティニアさん、あまり無理はしないで頂戴」

「大丈夫だよ。いつも有難う、シャトーさん」


 丁寧にお辞儀をするレンに、シャトー婦人は口元を閉めた。


「ティニアお姉ちゃん、明日は来るの?」


 シャトー婦人に掴まるように、三つ編みの女の子が覗き込んできた。


「ごめんなさい。明日までお休みだよ」

「アルベルトお兄ちゃんも一緒?」

「あいつも明日までお休みだったかな」


 フリージアの支度が終わるまでの間、レンは話しかけられていた。ひっきりなしに質問が飛び交う。


「ティニア様、支度終わりました!」

「いいなあ。フリージアは、ティニアお姉ちゃんと暮らせて」


 むくれる三つ編みの少女の頭を、少年が撫でた。

 孤児院には、もう少女と少年の二人しかいない。


「アリーだって、来週には里親のところに行くじゃないか。ティニア離れしなきゃ」

「そうだけれど……」

「ねえ、アリー」


 ティニアは少女アリーの前にしゃがみ込んだ。アリーは、いつも三つ編みをティニアに編んでもらっていた。


「アリーは、これから先、義両親とずっと暮らしていくんだよね」

「はい」

「僕はここが閉鎖されたら、町を去るんだよ。だから、アリーとはずっと一緒には居られない」

「はい……」

「困ったな、辛いなって思う時には、義両親が側に居てくれる。それが家族というものなんだよ」


 レンはアリーに言葉を掛けながら三つ編みを解くと、ツインテールに結び直した。


「困ったことがあったら、ご両親になんでも相談するんだよ。幸せにおなり」

「はい!」


 レンはそういうと、立ち上がった。フリージアはアリー達にお辞儀をすると、レンの横まで駆けていった。


「それでは、今日は失礼します。フロウ、忘れ物はない?」

「大丈夫です。みんな、また明日ね」


 アリーは素直に手を振り返した。

 フリージアにとっては、初めてできた友達だ。フリージアは胸を撫で下ろした。


「そうだ、フロウ。今日はちょっと教会へ寄りますね。朝の参拝をしていないのです」

「はい、もちろんです」


 フリージアは、アリーへ振り返った。しかし、アリーは少年と話すと、笑いながら孤児院へと戻っていった。


「アリーちゃん、今日ずっと羨ましいって言っていたのです」

「……フロウを特別扱いしてるように見えたのかもしれません」

「でも、特別扱いじゃないですか」

「うん、そうだね」


 レンは教会のドアを開けた。フリージアが教会の中まで入るのは、今回が初めてだ。


「やあ、ティニア。いらっしゃい」

「お祈りさせてね」

「もちろんですよ」


 神父のアドニスは二人を歓迎した。アドニスはフリージアに目もくれず、レンをエスコートするように出迎えた。フリージアは椅子に腰かけると、孤児院で借りた本を手に取った。


 見知らぬ大人は苦手だった。何を考えているのか分からない神父は特に苦手だ。その神父についていき、共に祈ろうという気にもなれない。


 レンは、他に訪問者もいない教会を進んでいく。祭壇の奥に置かれた十字架を見上げると、静かに目を閉じた。


「どうか、安らかに……」


 レンは祈りを捧げた。

 フリージアは本で顔を覆うと、レンを盗み見た。レンの姿は、神に祈りを捧げているというより、誰かの死を悼むように見えた。

 

 ゆっくりと目を開けたレンは、後方に控えていたアドニスに振り返った。


「何か言いたい事でも?」

「少し痩せましたね」

「そうかもしれない」

「ちゃんと食べているのですか?」

「それなりに」


 まるで親子のような会話だと、フリージアは思った。聞き耳を立てる気はなかったが、耳に入ってきてしまう。


「いくらその身体でも、きちんと食べないといけません」

「分かっています」

「本当に分かっているのですか?」

「……私が化け物だっていうことは、私がよく分かっているよ」


 レンはフリージアを気にするように視線だけを送った。

 アドニスは無言のまま、モノクルを掛け直した。


「久々に演奏しませんか?」

「何を言うかと思えば。ピアノはもう弾けないよ。フルートだって……」


 レンのその声は、より一層小さかった。


「——その後はいかがですか」

「まあ、徐々に」


 あしらうレンを横目に、アドニスはモノクルを外した。レンズをハンカチで拭くと、顔を上げた。


「先ほど、報告が——」

「今はいい」


 レンはアドニスの言葉を切ると、フリージアへ一瞥を送った。アドニスは不満そうに、フリージアへ視線を向けた。


「何故、彼女を引き取ったのですか」


 まるでフリージアに聞かせるかのような言葉だった。

 本を捲る素振りを見せながら、フリージアは椅子に座り直した。


「ここで話すことではありません」

「解せません」

「アドニス、いい加減に——」

「孤児院を閉めたら、どうされるおつもりですか」


 アドニスは声のトーンを落とす。フリージアは耳に集中した。


「町を去る? それで里へ引き籠って、どうするというのです」

「煩い」

「残酷なことをしているのは、貴女です。あの二人も、貴女の心配を——」

「…………」


 レンが押し黙ったのか、言葉が聞こえなかったのか。フリージアには判断がつかなかった。フリージアは本を閉じると、席を立った。


「あたし、外に出てます」

「いいよ。もう行くから」

「ああ、ちょっと待ってください……!」


 呼び止めるアドニスを無視すると、レンはフリージアの手を優しく握った。


「ごめんね。あのおじさん、話すと長くて」


 逃げるように、レンは教会を後にした。

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