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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode29「Risoluto 」
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㉙-2 衝突

 部屋へ入ると、ティニア——レンはベッドから起き上がるところだった。


 レンの髪は、少し伸びたように感じられた。

 前よりも痩せているように見え、服は灰色のワンピースに茶色のカーディガンを羽織っている。彼女がよく好んで着ている服装には、懐かしさを覚える。


「久しぶりね。お見舞いに来たのよ」

「ありがとう。……久しぶりですね」

「まずは花束を。蕾だから、咲くまでの過程も楽しめるわ」

「ありがとう……」


 レンは苦笑いを浮かべたが、花束を受け取ってくれた。

 すぐに香りを楽しむように目を閉じた。


「いい香り。ガーベラでしょうか……?」

「蕾でも分かるのね。そう、ガーベラよ」

「蝶の飾りも可愛いですね」

「……俺、珈琲でも淹れてくるよ」


 アルベルトはそういうと、サイドテーブルに花瓶を置いた。花瓶には既に水が張られている。レンは黙って頷くと、リボンを解き、包装紙を丁寧に剥がしていく。


「ゆっくりしていってくれな」

「うん、ありがとう」


 アルベルトはドアを開けたまま、リビングにある台所へ向かった。マリアはベッドの脇に置かれた椅子に腰かけた。彼女の看病のために、アルベルトが座っていた椅子かもしれない。


 マリアは、レンが花を活けていくのを黙って眺めていた。


 ガーベラは蕾のままだ。

 その花が咲く頃まで、この穏やかな時間が続いてくれればいい。


 レンは花を生け終えると、ベッドに腰かけた。表情は硬く、笑む様子すらない。


「……孤児院は閉鎖されます」

「うん。聞いているわ……」

「……そうですか」


 一瞬、間を置いたのは、孤児院の話をしたかどうかの記憶がなかったからだろうか。

 一分一秒も、こうして少しずつ上書きされてしまうのかもしれない。


「植木鉢や花を受け入れられなくなって、ごめんなさい」


 レンは苦笑いを浮かべた。


「謝らなくていいわよ。そんなことで、私が怒るわけないでしょ?」

「そうですね……」


 向き合う彼女の細い腕に気付き、マリアは言葉を詰まらせてしまった。

 何か話題をと思い、口を開く。


「……そういえば、あの子は?」

「フリージアのことでしょうか? 今は孤児院に居ます」

「そうなのね。この前、アルベルトと歩いていて、一緒にお茶したのよ」

「ああ、ケーキを食べた日のことでしょうか」


 レンは、最近の話は覚えているようだ。

 何度も試そうとする自分に、嫌気が差す。少しでも過去の話をすれば、彼女は言い淀むかもしれない。それだけは避けねばならなかった。


 ティナの前世——ティニアの記録に書き換えられていく恐怖、絶望。

 ラウルの話していた言葉が、マリアに重く圧し掛かる。


「ねえ……」

「どうしました?」

「……私ね、ずっと探していた姉に、再会することが出来たの」


 花瓶に触れていたレンの指が、一瞬だけ動いた。力が入ったのかもしれない。


 ずっと長い間、ティナの話を彼女にしたかった。相談したかった。

 話さなくても、彼女は知っていただろう。


「マリアにはお姉さんがいたのですね」

「義理のね」

「……そうなのですか。会えて、良かったですね」


 淡々としている。彼女本来の反応と、何ら変わらないようにも見える。

 彼女はきっと、義理の姉がレイス——ティナであることに気付いているはずだ。


 以前、レンとティナが居合わせた時は、アルベルトとの喧嘩を誘発させてしまった。

 何の因縁だろうか。二人の相性は良くないのかもしれない。


 アルベルトもそうだったが、彼女の雰囲気も変わっている。

 ティニア化が進んでいるという意味ではない。大人びて見えるのだ。

 口調が変わったせいだとも思えなかった。


「なんか、雰囲気変わったわね」

「私?」

「……うん。何だろう、凄く柔らかくなった感じがする」


 誉め言葉のつもりだったが、レンは視線を落とした。


「……そんなことはありません。私が壊れているだけです」

「そういうことを言っているんじゃないわ。……アルベルトと暮らし始めたからじゃない?」


 マリアは悪戯そうに、囁く。本心からの言葉だった。


 台所からは、お湯の沸騰した音が聞こえてきた。アルベルトの淹れる珈琲の香ばしい香りが、部屋まで伝ってくる。


 レンは首を横に振ると、今度は俯いてしまった。


「まさか。私が可笑しいだけですよ」


 言葉巧みに言い返すような、お道化る様子は見られない。本当に別人のようだ。落ち込んでいて反応がないのか、ティニア化しているからなのかは判断できない。


 レンであった頃の記憶をなくし、機械人形であるかのようになってしまう日は近いのかもしれない。


 そう思うと、言葉が出てこない。

 淡々と語るのではなく、本当に辛そうにしている彼女を、目の当たりにした。


「そうじゃなくて、貴女とアルベルトが——」

「壊れているのですよ!」


 声の大きさに驚いたのは、レン本人だったようだ。


 台所からは、珈琲を淹れる音だけが聞こえていた。

 何も言い返すことが出来ず、マリアは押し黙ってしまった。


 レンは苦笑いを浮かべる。


「何故……。あいつも君も、私が壊れていてもいいと思うのですか。私は、どんどん可笑しくなっていっているというのに!」

「貴女が言いたいことは分かるわ。怖いのでしょう? 苦しいのでしょう? 私だってアルベルトだって、助けたいと思っているのよ」


 レンは深く傷ついている。そんな彼女を、どうやって励ませというのだろうか。

 話を聞くことしか出来ないのだろうか。


 アルベルトも言っていた。

 出来ることは、限られていると。


「……最近、壊れていくことにすら、気付かなくなりました」

「…………」

「壊れていくことに、疑問すら持たない。持てない。完全に壊れてしまっても、その事に気付くことすら出来ない……!」


 レンはサイドテーブルに置かれているクマのぬいぐるみを手に取ると、ぎゅっと抱きしめた。

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