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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode29「Risoluto 」
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㉙-1 花束を貴女に

 全ては、決まりきった運命なのだろうか。


 七月とはいえ、この日は少し肌寒い。空は薄暗く、厚い雲に覆われている。


 花屋ぺラルゴは午後の業務を終え、後片付けをするだけになっていた。

 ミランダとメアリーが片づけをする横で、マリアは作業台へ向かっていた。

 これから作る花束は、業務の空き時間で作るようなものではない。


 ティニアへ贈る花束だ。花はもう決まっている。白色のガーベラだ。

 共に働くメアリーの実家がある農園からは、まとまった本数の蕾が届いた。


 ティニアへ贈るものは植木鉢がいいだろうと、以前アルベルトにアドバイスした。

 しかし、今回はあえて花束を選んだ。

 限りある時間でも、美しく咲くその過程を楽しんで欲しいからだ。


 マリアはガーベラの長さを調整していく。

 ハサミの感触からも分かるが、このガーベラは状態がとても良い。長く咲いてくれそうだ。フローリストとしても、長い命であることは喜びである。


 包装紙は黄色を、リボンは青を選んだ。

 咄嗟に思いつき、蝶の形に切った飾りを花束に加えた。


「出来た」


 白を基調とした、シンプルな花束となった。

 上手く出来た自信はないものの、彼女なら喜んでくれるだろう。

 片づけを手際よく終えると、マリアは花束を抱えた。


「それでは、明日はお休みをいただきます」

「ああ……、よい週末を」

 

 無言で手を振るメアリーと、心配そうに見つめるミランダを背に、マリアはかつて暮らしていたシェアハウスへ向かった。


 ティニアはレンだ。

 アウローラを襲撃時に出会った、アルビノの少年だ。

 少年は機械人形の身体に魂を移され、生かされている。


 ティニア——レンの働く孤児院は閉鎖に向けた準備が始まり、花の注文も来なくなった。

 子供も、里親への引き渡しを残すのみだというが、それも今週で終えてしまう。

 

 孤児院だけではなく診療所への出勤も減っていると聞いている。

 夕食を食べに行く機会もなく、会う機会もなかった。


 先日、アルベルトはフリージアというアルビノの少女を連れていた。彼と話せたことで、マリアの中での気持ちもまとまった。それに加え、ラウルに出くわしたことも影響している。


 あれからティナと相談したが、レンが事情を話さない理由は分からなかった。レンに事情を聞けないまま、時間だけが過ぎていた。


 打開しようなどという、打算的な作戦ではない。

 ただ、会いたかったから会いに行く。

 ティニアとして生きているレンに会いたいのだ。


 今回は見舞いという口実で、彼女を訪ねることにした。

 約束などしてはいないが、今さら遠慮する間柄でもない。


 旧市街地からエーニンガー通りを抜ける。徒歩でゆっくり歩けば三十分ほどかかる道のりを、思い出と共に歩いていく。

 細いリギューエートリ通りに差し掛かった。ここを抜ければシェアハウスだ。

 彼女と暮らしていた時は、毎日通ってきた道のりだった。それが今は長く、まるで急こう配のように感じられた。


 シェアハウスはすぐに目に入った。

 玄関の植木鉢には花が咲き乱れ、手入れがされている。

 安堵した半面、この手入れをしているのが、レンであって欲しいと願う。


 マリアは深呼吸すると、ドアへ手を伸ばした。


 ドアの先に、彼女はいる。

 ティニアとして生きるレンが。

 一方的な期待が、一気に湧き上がる。


 マリアはドアに備え付けてあるベルを鳴らす。


 ちりん。


 すぐに、ぱたぱたという足音と、男の声が聞こえた。


「誰だ?」


 アルベルトの声だ。


「私よ。マリア」

「マリア? 今開ける」


 ラフな格好のアルベルトが顔を出した。仕事はもう終わったのだろうか。

 アルベルトはマリアの訪問に驚いた様子だったが、花束を見て顔つきが変わった。


「ティニアに会いに来たのか?」

「え、ええ。……最近、仕事を休みがちだって聞いて」

「ここじゃなんだ。入ってくれ」


 マリアは花束を胸に、シェアハウスへと足を踏み入れた。

 掃除の行き届いた明るい室内に、特に不審な点は見られない。

 静かな室内が、かえって不安を募らせた。


「あいつは、少し休んでいるんだ」


 嫌な予感がした。


「……具合が悪いの?」

「いつもの症状だ」

「そう」


 少しは驚くべきだっただろうか。

 レンの身に起きていることを、マリアは知っているが、アルベルトに事情を話すわけにはいかない。


 レンが機械人形であることも、アルベルトは知らない。

 レンが本名であることは知っているが、その名を呼ぶ素振りも見受けられない。


「これ。お見舞いなの」


 マリアは花束を差し出した。


「直接渡せよ。あいつも喜ぶ。会いに来たんだろ?」

「……そう思っていたんだけれど。私なんかが会いに来たら、困惑させちゃうかなって」

「原因もわかっていないんだ。そんなことで、会おうと思った気持ちを否定するものじゃない」


 アルベルトはそういうと、マリアをリビングのテーブル席に座るよう促した。

 二つの椅子と、子供用の椅子が一つある。フリージアの椅子だろうか。

 マリアは腰かけると、花束を軽く抱きしめた。


「昨日は夕食中に、症状が出たんだ」


 アルベルトは腰かけながら、そう言った。


「昨日も?」

「ああ。最近は間隔も短くなっていてな」

「大丈夫なの?」

「やっと落ち着いたところでな。すぐに会わせてやりたいけど、分かってやって欲しい」


 マリアはレンの部屋に目をやった。部屋からは物音一つしない。


「待つくらい、どうってことないわ」


 マリアの脳裏には、ラウルの言葉が聞こえてくるようだった。タイムリミットが迫っている、と。

 ラウルの言葉が現実味を帯びて胸に圧し掛かった。

 マリアが取り乱さないでいられたのは、アルベルトが落ち着いているからだろうか。


 前に相談を受けた時、アルベルトは何度も取り乱すほどだった。嫉妬から、怒りを露わにしていたように感じられた。

 それが今は、椅子に座ったまま、静かにマリアの相手をしている。

 以前のアルベルトなら、マリアの相手などせず、レンに寄り添っているだろう。


「何かあんた、妙に落ち着いているのね……」

「そうかもしれないな」

「……何かあったの?」

「まあ、ちょっとな」


 アルベルトは苦笑いを浮かべた。その笑みは柔らかく、印象的であった。

 詳しく聞きたい気持ちもあったが、彼の笑みに根負けした。

 機会があれば聞いてみたい。


 聞き返さないマリアを、黙って見つめていたアルベルトは、レンの部屋へ視線を送った。


「とはいえ、玄関のベルが鳴ったのには、あいつも気づいているだろう」


 アルベルトは話を切り上げると、レンの部屋へと向かった。

 軽くノックすると、彼女へ聞こえるように言った。


「マリアが来たぞ。開けていいか?」

「はい」


 か細い声が聞こえた。

 アルベルトは一瞬だけ、マリアへ視線を送った。


 マリアは息を飲み、ゆっくりと部屋へ足を踏み入れた。

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