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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode28「歪な疑似家族」
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㉘-3 ジンジャーたっぷりのシチュー

「出来ました?」

「出来たよ」

「出来たー!」


 ティニアとフリージアの手によって、豪華な夕食が完成した。

 手伝おうとしたアルベルトだったが、フリージアに止められていた。


 散々寝ていろと言われたが、アルベルトはリビングのソファーに座り込み、ティニアとフリージアのやり取りを見つめていた。

 不思議と退屈しない時間だった。


 アルベルトの待つテーブルには、次々と料理が運ばれてくる。

 最後に、フリージアはテーブルの中央に鍋敷きを置いた。


 得意そうに、くまちゃんのミトンをつけたティニアが、鍋を運んできた。


「ふっふっふー。僕の、得意料理なんだ!」

「はいはいはーい! アルお兄ちゃんに、問題でーす!」

「問題?」

「このシチューに入れられた、隠し味の食材は何でしょうか~!」


 人差し指を掲げ、フリージアは得意そうに微笑む。

 しかし、ずっと二人を見てきたアルベルトにとっては、簡単な問いだった。


 腕を組んだティニアは、それを知ってか知らずか笑い出した。


「あー! お兄ちゃん分からないんだね!」

「そうだなあ。うーん、分からないな……」

「えー! 分からないお兄ちゃんに、シチューはあげません!」


 フリージアはそう言うと、アルベルトの前に置かれた大皿を持ち上げた。


「そいつは困るな」

「だって、分からないのでしょう~?」

「もう、フロウ。意地悪言わないの」

「だって、ティニア様! ……え、今! フロウって言いました!?」

「うん。フリージアの愛称ということで」


 ティニアはそう言うと、優しく微笑んだ。

 感激し、目を輝かせるフリージアは、そっとテーブルに大皿を戻した。


「嬉しいから、お兄ちゃんにはシチューを食べる権利を差し上げます!」

「ありがとうな。フロウ」


 アルベルトはフリージアの頭を優しく撫でた。嬉しそうに、噛み締めるような笑顔が咲いた。


「さ、食べよう。シチューが冷めちゃうからね」

「あのね、アルお兄ちゃん。シチューにはね、ティニア様が、たっぷりのジンジャーを入れたの!」

「ああ。いっぱい入れていたな」

「うん! ……って、お兄ちゃん知ってたの!?」

「ほら、フロウも座って。シチューが盛れないよ」


 ティニアはまず、フリージアの大皿にシチューを流し込んだ。

 具だくさんのシチューに、フリージアはますます目を輝かせる。


「はい。君のお皿も」

「たっぷり入れてくれ」

「はいはい」


 ティニアは鮮やかな手つきで、アルベルトの大皿をシチューで満たした。


「熱いから気を付けてね。フロウもだよ。ふうふうするんだよ」

「はあい! ふうふうふう」


 フリージアはスプーンを口に含み、目を煌めかせる。


「んんん!」

「ふふふ。ちょっとだけ、フロウには辛いかもね」

「とっても美味しいですー!」


 フリージアは頬に手を当てると、夢中でシチューを掬った。パンやソーセージには目もくれず、黙々とシチューを食べていく。

 アルベルトも、ジンジャーたっぷりのシチューを味わう。


 ジンジャーが多く入ったシチューは、身体が芯から温まるようだ。

 ティニアの手料理の中で、一番好きかもしれない。


 ティニアは嬉しそうに微笑むと、自分もシチューを口へと運ぶ。


「ティニアは、ジンジャーが好きなのか?」

「うーん。一番好きかな。栄養もあるし」

「そうなのか」


 知らない情報だった。

 アルベルトは、心のメモにそっと書き加えた。


 ◇◇◇


 楽しく賑やかな食事も終わろうとしていた。

 フリージアは満腹のようで、お腹をさすっている。


「美味かった。ありがとうな」

「ううん」


 ティニアは微笑む。

 何故だろうか。今日はよく笑う。


「どうしたんだよ。そんなニヤニヤして」

「うん? 言って欲しいの?」

「ああ。教えてくれ」


 ティニアは席を立つと、座るアルベルトの耳元に口を当てた。

 心臓の跳ねる音がした——。


「君、悪いとかごめんとかじゃなくて。ありがとうって言ってくれるじゃない? それが嬉しいんだよ」


 言葉は、確かに聞こえていた。

 だが、耳から耳へ突き抜けていく。


 気付けば、フリージアはニヤニヤしながら、二人を見上げている。


 顔を真っ赤に染め上げ、アルベルトは机に突っ伏した。


「どうしたの?」


 驚くティニアは、まるで状況が分かっていないようだ。

 フリージアは、更にニヤニヤと笑む。


「ティニア……! お前——」


 アルベルトが顔を上げた時だった。


「んああッ——」


 ティニアが悲鳴を上げ、耳を抑え、膝から崩れ落ちていく。

 アルベルトはティニアを抱き留める。その拍子に、音を立てて椅子が倒れた。

 一瞬の出来事が、スローモーションのように感じられた。


 状況の分かっていないフリージアは、抱き合った二人を見て更に笑んだ。


「おい、ティニア……!」

「——はい。アルブレヒト様。どうされましたか?」


 濁ったような瞳で、アルベルトを見上げる。


「ティ、……ニア…………」

「ティニア様? ど、どうしたの……?」


 フリージアは口元に手を当て、顔を歪ませる。

 流石におかしいことに気付いたようだ。


 フリージアは、ティニアが心因性昏迷状態に陥るのを見るのは初めてだ。

 混乱するティニアを否定しないようにしなければならない。

 医師であるレオンに、そう言われている。


 しかし、フリージアにはまだ何も伝えていない。

 狼狽えるフリージアを横目に見ながら、アルベルトはティニアの背中をさすった。


「アルブレヒト様。また、花をご所望なのでしょうか?」

「——いや、今はいいんだ」

「ではどうされたのでしょうか? ティニアに、何なりとご命令下さい」

「お、お兄ちゃん…………」


 フリージアは、アルベルトに駆け寄ると服の裾を引っ張った。

 不安そうなフリージアを宥めるように、頭を撫でる。


「ティニア、すまないが椅子に座っていてくれ」

「承知しました」


 ティニアが椅子に腰かけるのを待つと、アルベルトは再びフリージアの頭を撫でた。

 一瞬だけ、フリージアは肩をびくりと震わせた。


「フロウ」

「は、はい……」

「ティニアは、時々こうなってしまうんだ。病気とかじゃない。ただ、こうなってしまうんだ」

「……ティニア様は、大丈夫なのですか?」

「倒れたり、錯乱してしまう時がある」


 フリージアは俯くように頷く。


「でも、ティニアはティニアなんだ」


 フリージアは視線を上げる。唇を噛み締めるように我慢しているが、今にも泣きだしそうだ。


「俺は、ティニアを支えていくつもりだ。フロウ、お前はどうしたい?」

「あ、あたしは……。ひっく……」

「うん。辛いよな。お前にとってはいきなりなんだ」

「…………」

「側に居たいよな?」


 フリージアからは、言葉にならない強い頷きが返ってきた。

 横目でティニアへ視線を送る。

 ティニアは何事も無かったかのように、ただ座っていた。

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