㉘-3 ジンジャーたっぷりのシチュー
「出来ました?」
「出来たよ」
「出来たー!」
ティニアとフリージアの手によって、豪華な夕食が完成した。
手伝おうとしたアルベルトだったが、フリージアに止められていた。
散々寝ていろと言われたが、アルベルトはリビングのソファーに座り込み、ティニアとフリージアのやり取りを見つめていた。
不思議と退屈しない時間だった。
アルベルトの待つテーブルには、次々と料理が運ばれてくる。
最後に、フリージアはテーブルの中央に鍋敷きを置いた。
得意そうに、くまちゃんのミトンをつけたティニアが、鍋を運んできた。
「ふっふっふー。僕の、得意料理なんだ!」
「はいはいはーい! アルお兄ちゃんに、問題でーす!」
「問題?」
「このシチューに入れられた、隠し味の食材は何でしょうか~!」
人差し指を掲げ、フリージアは得意そうに微笑む。
しかし、ずっと二人を見てきたアルベルトにとっては、簡単な問いだった。
腕を組んだティニアは、それを知ってか知らずか笑い出した。
「あー! お兄ちゃん分からないんだね!」
「そうだなあ。うーん、分からないな……」
「えー! 分からないお兄ちゃんに、シチューはあげません!」
フリージアはそう言うと、アルベルトの前に置かれた大皿を持ち上げた。
「そいつは困るな」
「だって、分からないのでしょう~?」
「もう、フロウ。意地悪言わないの」
「だって、ティニア様! ……え、今! フロウって言いました!?」
「うん。フリージアの愛称ということで」
ティニアはそう言うと、優しく微笑んだ。
感激し、目を輝かせるフリージアは、そっとテーブルに大皿を戻した。
「嬉しいから、お兄ちゃんにはシチューを食べる権利を差し上げます!」
「ありがとうな。フロウ」
アルベルトはフリージアの頭を優しく撫でた。嬉しそうに、噛み締めるような笑顔が咲いた。
「さ、食べよう。シチューが冷めちゃうからね」
「あのね、アルお兄ちゃん。シチューにはね、ティニア様が、たっぷりのジンジャーを入れたの!」
「ああ。いっぱい入れていたな」
「うん! ……って、お兄ちゃん知ってたの!?」
「ほら、フロウも座って。シチューが盛れないよ」
ティニアはまず、フリージアの大皿にシチューを流し込んだ。
具だくさんのシチューに、フリージアはますます目を輝かせる。
「はい。君のお皿も」
「たっぷり入れてくれ」
「はいはい」
ティニアは鮮やかな手つきで、アルベルトの大皿をシチューで満たした。
「熱いから気を付けてね。フロウもだよ。ふうふうするんだよ」
「はあい! ふうふうふう」
フリージアはスプーンを口に含み、目を煌めかせる。
「んんん!」
「ふふふ。ちょっとだけ、フロウには辛いかもね」
「とっても美味しいですー!」
フリージアは頬に手を当てると、夢中でシチューを掬った。パンやソーセージには目もくれず、黙々とシチューを食べていく。
アルベルトも、ジンジャーたっぷりのシチューを味わう。
ジンジャーが多く入ったシチューは、身体が芯から温まるようだ。
ティニアの手料理の中で、一番好きかもしれない。
ティニアは嬉しそうに微笑むと、自分もシチューを口へと運ぶ。
「ティニアは、ジンジャーが好きなのか?」
「うーん。一番好きかな。栄養もあるし」
「そうなのか」
知らない情報だった。
アルベルトは、心のメモにそっと書き加えた。
◇◇◇
楽しく賑やかな食事も終わろうとしていた。
フリージアは満腹のようで、お腹をさすっている。
「美味かった。ありがとうな」
「ううん」
ティニアは微笑む。
何故だろうか。今日はよく笑う。
「どうしたんだよ。そんなニヤニヤして」
「うん? 言って欲しいの?」
「ああ。教えてくれ」
ティニアは席を立つと、座るアルベルトの耳元に口を当てた。
心臓の跳ねる音がした——。
「君、悪いとかごめんとかじゃなくて。ありがとうって言ってくれるじゃない? それが嬉しいんだよ」
言葉は、確かに聞こえていた。
だが、耳から耳へ突き抜けていく。
気付けば、フリージアはニヤニヤしながら、二人を見上げている。
顔を真っ赤に染め上げ、アルベルトは机に突っ伏した。
「どうしたの?」
驚くティニアは、まるで状況が分かっていないようだ。
フリージアは、更にニヤニヤと笑む。
「ティニア……! お前——」
アルベルトが顔を上げた時だった。
「んああッ——」
ティニアが悲鳴を上げ、耳を抑え、膝から崩れ落ちていく。
アルベルトはティニアを抱き留める。その拍子に、音を立てて椅子が倒れた。
一瞬の出来事が、スローモーションのように感じられた。
状況の分かっていないフリージアは、抱き合った二人を見て更に笑んだ。
「おい、ティニア……!」
「——はい。アルブレヒト様。どうされましたか?」
濁ったような瞳で、アルベルトを見上げる。
「ティ、……ニア…………」
「ティニア様? ど、どうしたの……?」
フリージアは口元に手を当て、顔を歪ませる。
流石におかしいことに気付いたようだ。
フリージアは、ティニアが心因性昏迷状態に陥るのを見るのは初めてだ。
混乱するティニアを否定しないようにしなければならない。
医師であるレオンに、そう言われている。
しかし、フリージアにはまだ何も伝えていない。
狼狽えるフリージアを横目に見ながら、アルベルトはティニアの背中をさすった。
「アルブレヒト様。また、花をご所望なのでしょうか?」
「——いや、今はいいんだ」
「ではどうされたのでしょうか? ティニアに、何なりとご命令下さい」
「お、お兄ちゃん…………」
フリージアは、アルベルトに駆け寄ると服の裾を引っ張った。
不安そうなフリージアを宥めるように、頭を撫でる。
「ティニア、すまないが椅子に座っていてくれ」
「承知しました」
ティニアが椅子に腰かけるのを待つと、アルベルトは再びフリージアの頭を撫でた。
一瞬だけ、フリージアは肩をびくりと震わせた。
「フロウ」
「は、はい……」
「ティニアは、時々こうなってしまうんだ。病気とかじゃない。ただ、こうなってしまうんだ」
「……ティニア様は、大丈夫なのですか?」
「倒れたり、錯乱してしまう時がある」
フリージアは俯くように頷く。
「でも、ティニアはティニアなんだ」
フリージアは視線を上げる。唇を噛み締めるように我慢しているが、今にも泣きだしそうだ。
「俺は、ティニアを支えていくつもりだ。フロウ、お前はどうしたい?」
「あ、あたしは……。ひっく……」
「うん。辛いよな。お前にとってはいきなりなんだ」
「…………」
「側に居たいよな?」
フリージアからは、言葉にならない強い頷きが返ってきた。
横目でティニアへ視線を送る。
ティニアは何事も無かったかのように、ただ座っていた。




