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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode28「歪な疑似家族」
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㉘-2 風

 ティニアはフリージアを迎えに、孤児院へ向かった。

 独り家に残されたアルベルトは、ベッドから起き上がった。ティニアが座っていた椅子の背もたれに触れた。椅子の上には、ヘルマン・ヘッセ著の小説『荒野の狼』が置かれている。


 アルベルトは、その本を手に取った。

 挟まれている手作りの花の栞を落とさぬように、ぱらぱらと捲っていく。


 読んでいるというよりも、見ているだけに近い。

 前に読んだ時も、同じことをしたような気がする。最後に読んだのは、いつだったか——。


「正直に言うと、そこまで好きな内容じゃなかったような……」


 アルベルトは自虐のように一人笑った。

 内容の批判をしたいわけではない。自分の価値観が変わってしまったのだ。昔と今では、言葉そのものの捉え方が違っている。

 

 先ほどのティニアの笑顔が心に浮かぶ。

 彼女の穏やかな笑みは、久々に見たような気がする。

 アドニスが語ったという話は、それほど面白い話だったのだろう。


 ページを捲る指が、不意に止まった。


 「あった。マリアだ」


 そのページでは、キャラクターの一人であるマリアが登場していた。前読んだときも、この辺から面白くなったと記憶している。


 アルベルトは最初のページを目指すように、後ろから捲っていった。その間も、ティニアの栞が落ちないように気を遣った。

 そして、ある部分で手を止める。


「孤独は独立である……」


 指を添えて、一語一語を口に出していく。


「……不思議で、静かで、……偉大だった」


 あの時も、この言葉に随分と惹かれた。

 惹かれていた、という表現はどこか合わない。


「溺れていたんだな。孤独という言葉に……」


 ティニアが言うように、アルベルトは『荒野の狼』の主人公に似ているのだろうか。

 魅力溢れるヒロインのマリアよりも、ずっと目に映るのは——。


 アルベルトが独り言を呟いた時、玄関のドアの開く音がした。

 すぐにフリージアの、少女らしい甲高い声が聞こえてくる。

 パタパタと小走りする足音が近づくと、部屋のドアをノックする音が聞こえた。


「アルお兄ちゃん! 入ってもいいですか?」

「ああ、構わない」


 ドアを開け、顔を覗かせたフリージアは、アルベルト目掛けて駆け出した。


「お兄ちゃん!」

「わ、フリージア!」


 両手を広げたフリージアは、アルベルトに抱き着いた。

 熱があるせいだろうか、反応が一瞬遅れた。


「転んだらどうするんだ」

「熱が出たって聞いたのです! 具合は? 大丈夫なのですか?」


 言葉と共に、その銀髪が大きく揺れる。


 長い銀髪を見ることも、アルビノに出会うことも、そう多くはないはずだ。今まで感じたこともないような、とても懐かしいような気持ちが、じんわりと湧いてくる。


 一瞬。ポツダムで出会った少年が心に浮かんだ。


「お兄ちゃん? やっぱり、具合が悪いのですか!?」

「い、いや。大丈夫だ……。ティニアは?」

「ティニア様は、夕飯の準備をするって! あ、あたし手伝うって言っていたのです!」


 フリージアは顔を上げると、すぐに部屋を出ていった。

 まるで風のように軽やかなその姿に、アルベルトは笑ってしまった。


 ——風。

 戦場の風は、まさに昌運を運ぶ。

 勝敗を決めるのは勿論のこと、命を弄ぶ。


 ——風。

 嫋やかさは乙女のように柔らかく、山峰のように気高い。

 黄金に煌めく風のように——。


 アルベルトはベッドから起き上がる。

 裸足のまま、床へ足を下ろす。

 それは冷たかった。

 ああ、地面に足を下ろしている。


 この世界の現実に、自分は足を下ろしている。

 今を生きている。


 何故か、そう感じた。


 アルベルトはリビングへ足を踏み入れた。

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