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暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode28「歪な疑似家族」
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㉘-1 おおかみ

 マリアがラウルと出会う、その少し前——。

 アルベルトは不眠から来る体調不良で仕事を休み、ベッドで横になっていた。


 ティニアがフリージアを連れて孤児院へ行って、どれくらいの時間が経過しただろうか。


 どうやら眠っていたらしい。まるでおとぎ話に出てくる魔法にでもかかったように、身体は驚くほど軽い。胸にあった鉛の痞えが消えている。


 耳元で、紙を捲るような音がした。

 ぼんやりとした頭を奮い立たせ、重たい瞼を開ける。

 目の前には、自室の天井があった。


「もう少し寝ていてもいいのに。まだ十四時だよ」


 耳に降ってきたのは、思った以上に心配そうな声だった。

 短い金髪が揺れる。

 ティニアだ。


「お前、……孤児院は?」

「フリージアなら、シャトー婦人に預けてきたよ」

「そうじゃなくて……。孤児院は休んだのか?」

「代わってもらったよ。どうしたの? ……怖い夢でも見た?」

「い、いや——」


 ティニアはゆっくりとした動きで、アルベルトの頬に触れた。指は、そのままアルベルトの額へと移った。ティニアの指先は少し冷たく、心地よく感じられる。

 彼女の服の擦れる音だけが、耳に入る。


「うーん。少し下がったけれど、まだ熱があるね」


 夢でも見ているのだろうか。アルベルトはティニアの手を掴んだ。

 ティニアは目を丸くしたが、すぐに苦笑いを浮かべた。


「どうしたの。もしかして、寝惚けてる?」


 ティニアはくすりと笑った。

 彼女に看病されているのだと理解するまで、時間を要した。


 ティニアはさも当たり前のように、アルベルトの側に居る。

 ティニアを掴む指に、一瞬だけ力が入る。

 その指に、ティニアは手を重ねた。


「お願いだから。辛いなら、そう言って欲しい」


 どうして、診療所へ行かなかったのか。

 仕事を自分なんかのために休むべきではない。


 看病されること自体、初めてだ。

 堪らなく嬉しいと感じる反面、罪悪感や劣等感が湧き上がる。難解な性分であるせいか、素直に受け止めることが出来ない。


「……俺なんか、放っておけばいいんだ」

「またそういうことを言う。一緒に居たいのか、居たくないのかはっきりしないんだね」

「そ、それは——」

「君が、側に居てくれって言ったんでしょ?」

「……お前が俺の側に居たいと思ったんじゃないのか? 俺が言ったからなのか?」


 ティニアは寂しそうに笑う。


「何? 枕にならないから、拗ねているの?」


 ティニアは悪戯っぽく首をかしげ、髪を耳へ掛けた。


「ま、まさか……」

「ほら、無理しないで寝なよ。ね?」

「……ありがとう」

「ううん」


 ティニアはベッドの脇にある椅子へ腰かけた。手には本が握られている。


「ヘッセか……?」

「うん」

「好きだなあ」

「君もね……」


 自然と出た言葉に、アルベルトは気恥ずかしくなった。

 本音を彼女に伝えるのは、一体いつになるだろうか。


「……何のやつだ?」

「ん、タイトル? “荒野の狼”だよ」

「荒野の狼か。どんな話だったか……」

「読んだことがあるの?」

「読んだとは言えないかもな。流し読みしただけだ」

「意外と適当なんだね」


 起き上がろうとしたアルベルトを見て、ティニアは立ち上がった。

 座っていた椅子に本を置くと、ティニアはアルベルトの体を抱きかかえるように触れた。

 そのまま、ティニアの力を借りて起き上がる。


「悪い。読んでたんだろ?」

「ん-。読んだところまで、また捲ればいいだけだし。水でも飲む?」

「いや、まだいい」


 ティニアは本を取ると、また椅子に座り直した。

 慣れた手つきで、本をぱらぱらと捲っていく。


「僕はまだ全部読んだわけじゃないから、ネタバレはしないでね」

「まだ読んでない本があったのか。……それ、ネタバレを楽しむような内容じゃないだろ」

「辛辣だなあ」


 そういうティニアは少し笑っていた。


「後半から、マリアが出てくるんだよな」

「へえ。この後マリアさんが出てくるんだね。……ネタバレじゃん」

「最初はバカにしたように接するのに、徐々に自然に生きる彼女に惹かれていくんだ」

「ちょ、ちょっと! 君さ、話の先を言うなんて、意地悪だね!」

「はは。悪い……」


 ティニアの口元が緩む。本気で怒っているようには見えない。

 その唇から、言葉が漏れた。


「君は——」

「うん?」

「君は、この主人公にとてもよく似ていると思う」

「……ええ? ハリーにか?」

「似てない? こことか」

「どこだよ。どちらかと言ったら、お前に似てると思うが……」

「ええ~」


 笑いながら、ティニアは文字を指で滑らせていく。

 まるで、アルベルトを表す言葉を探すかのように。


 しかし、ふと手を止めると、ティニアはまた笑いだした。


「何だよ」

「ううん。君の名前、アルベルト・ワーグでしょ?」

「確かにワーグだが……」

「やっぱり狼(ワーグ)だったんじゃないか」


 頷くティニアは、本で顔を隠しながら震えた。どうやら笑っているようだ。


「何を言うかと思えば。そういうお前も、狼なんじゃないのか?」

「……どういう意味?」


 ムスッとした表情を浮かべるティニアは、本を畳んだ。


「そうだな……。孤高というか、独りでも平気そうだったり……」

「えー! だって、ボクはおおかみなんかじゃないし——」


 ティニアは我慢出来ないほどの笑いが込み上げてきたように、笑い出した。


「どうしたんだよ、急に」

「いやあ……。伝承とかって、伝え聞いていくうちに所々変わっていくじゃない?」

「それがどうしたんだ」

「ふふふ……。ついこの間、アドニスから聞いた話を思い出しちゃってね」

「どういう話だ?」

「……遠い、遠い昔の話だよ。人伝いに広がっていった話というのは、尾ひれが付くなあって」


 ティニアはそう言うと、寂しそうに笑った。

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