㉗-2 勿忘草
ラウルは間を置いた。
マリアの呼吸が整うのを、待っているように感じられた。
ラウルの視線が、冷たく圧し掛かる。
「ゼロから生み出された“人間のようなもの”に、機械のコアを埋め込んだ。それがお前だ」
聞こえる音、全てが震えたような気がした。
「な、に……」
——人間のようなもの。
ラウルのその言葉が、何度も耳元で反響する。
言葉にならない。
頭が真っ白だ。
「レイスは中途半端な事をお前に教えた。嘘も吐いた。——それが真実だ」
それは声ではなく、耳を通り抜ける。
ラウルは、聞こえよがしに溜息を吐いた。
「お前は、あいつを信用しすぎていたな」
マリアは膝から崩れ落ちる。
膝は石畳を擦り、血が滲みだした。
その鮮血の色が、記憶を呼び覚ます。
アルビノの少年、レンの眼を貫いた瞬間を——。
「レンは——。レンはどこ……」
マリアは嗚咽交じりに呼んだ。
「今度はレンか。——レンは死んだと言った筈だ」
「嘘……‼ レンは……、ティニアとして、生きてるじゃない……」
ラウルは一瞬だけ目を逸らす。
「あれで生きているとは言えない」
「……ッ…………」
マリアの頬を何かが伝う。それが涙だと気付くことなく、ラウルを睨みつける。
「レンは……。今のティニアが、生きていないだなんてそんなこと……ッ!? そんな酷いこと、なんで——」
ラウルが嘘や冗談を言っているようには見えなかった。
それでも、信じたくない。
雪原でマリアを助け出してくれた、ティニア。
寝たきりのマリアを励ましてくれた、ティニア。
フローリストを目指そうと決めたマリアを、応援してくれたティニア。
スムージーを作ってくれる、ティニア。
優しい気遣いで支えてくれる、ティニア。
そして、生きろと言ってくれた——レン。
彼女との思い出が、まるで走馬灯のように駆け抜けていく。
「……じゃあ、今のティニアは何なのよ! 教えてよ! 知っているんでしょう!?」
「ティニアが稼働を続けている限り、ヴェルローラの思う壺。ヴェルローラの目的で生き続けるのは、レンにとって不本意だ」
ラウルはマリアの前まで来ると、跪いた。
「レンの記憶が、機械人形であるティニアの記録に置き換えられている」
レンの記憶がティニアの記録へ置き換えられているという話は、ティナの立てた仮説と相違なかった。
ティナの大切な思い出が、レンを蝕んでいる。それが、堪らなく切ない。
「ティニアの記録が、レンの記憶を食っているのと同じこと」
「そんな言い方——」
「己が記憶を別人に挿げ替えられる恐怖が、お前には理解できるか?」
今、ティニア=レンに起こっている現実。
長い時を生きたレンの想い出が、別人の記録へ浸食されていく——。
恐怖などという言葉では、説明しきれない。
絶望。
その言葉が、より近いのかもしれない。
「ティニア=レンは、その苦痛と共に生かされている——。だが、レンは死んだままだ」
もし、マリアがレンであったのなら、耐えられたであろうか。否。——耐えられる筈がない。
「——だが、それももう終わる。インストールは、最終段階を迎える」
言葉を、ラウルの言葉ヲ止メたかっタ。
言葉ハ、マリアの口から一つモ出ようとしなイ。
言葉ガ、ことばガ、コトバガ——。
「タイムリミットが近い。その前に——」
涙デ視界ガボヤケ、途切レタ——。




