↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁の芽吹 -レスティン・フェレスⅠ  作者: Ruri Lesewolf
Episode26「運命の輪」
PR
158/250

㉖-2 隠者

 それはスイスのシャフハウゼン、シュタイン・アム・ラインにある小さな教会。

 明朝の教会内を、長い金髪を靡かせた女性が、祭壇を目指し静かに歩いていた。


 彼女の名を、ティナ。

 コードネームはレイスという。

 機械の心臓が埋め込まれていること以外は、人間の身——彼女はケルンメンシュだ。


 ステンドグラスの光を浴びるような、美しい祭壇。その前で、片膝をついた。

 そして目を閉じたまま、手を合わせた。


 神父不在の静まり返った教会内には、遠くで鳴る鐘の音だけが響く。


「ラウル……。どうして、姉である私に声をかけてくれないのですか」


 ティナは呟く。


「私は、貴方を一人にしてしまいました。それを、貴方は怒っているのでしょうか」


 普段のティナは、長い金髪を三つ編みに結わえており、胸へと垂らしている。この日のティナは長い髪を垂らしたままだ。その髪を揺らしながら、ティナは祭壇の上——十字架を見上げる。


「今の私に、詩阿(しあ)としての力があれば……」


 遠い記憶が胸を過ぎった。

 地球から遠く離れたレスティン・フェレスでは、それなりの力を得ていた。

 その力は、今の自分に一つも存在していない。


「お願いします……。地球の神よ、精霊よ……」


 ティナは胸に手を当てた。

 神々しいステンドグラスの光は、幾重にも重なる。


「どうかラウルを、……レンを、マリアを守って……。お願いします……」


 ティナは頭を下げ、尚も祈りを捧げ続ける。まるで許しを乞うように——。



 ◇◇◇



 ティナが祈りを捧げるのと同時刻、エーニンガー通りの先にある小さな平屋の家で、金髪碧眼の女性ティニアが目覚めた。

 起きだしたティニアの動きによって、隣で寝ていた少女フリージアは目を覚ましたが、彼女はそれに気付かない。フリージアも睡魔に勝てず、そのままベッドで惰眠をむさぼるように寝返りを打った。


 重苦しい心のまま、ベッドから起き上がる。寝間着も着替えぬまま、恐る恐る部屋の扉を開ける。薄暗く静かなリビングが目に入る。

 向かいの部屋は、既に明かりが灯っていた。それは同居しているアルベルトの部屋である。あの明かりは、昨晩から続く明かりなのか、ティニアにはわからない。


「………………」


 ティニアは一度部屋に戻ると、ベッドの脇にあるサイドテーブルへと向かう。

 そこには、くまのぬいぐるみと、懐中時計が置いてあった。


 フリージアは、特にこの懐中時計を気に入っているように見えた。


 懐中時計を指で触れる。

 これが何であるのか、自らの記憶にはない。


 長い沈黙の末、煌めく懐中時計を手に取ると、震える手をかざした。どうしてそうしようと思ったのかは分からない。


 懐中時計はカチリと音を立てると、その文字盤を露わにする。


 しかし、ティニアの視線は文字盤には注がれなかった。

 オレンジ色の花びらが、懐中時計の文字盤の上に何枚もしまわれていた。

 花びらはティニアの指をすり抜け、散っていく。


 こつんと音を立て、何かが床へと落下した。


「あっ…………」


 小さなリングだ。ティニアは、そのリングへと手を伸ばす。

 指は震えているというより、緊張して強張っている。


 自分なんかが、触れても良いのだろうか。

 戸惑いながらも、ティニアはリングを拾い上げた。



「これは……指輪? 埋め込まれた宝石は、ルビー? ううん、ガーネットだ……」


 煌めく石。

 誰かのとても大切な、想いのこもった指輪であることが分かる。

 

 そっと指輪を文字盤へ重ねる。

 白い文字盤に、銀色の針。

 その文字盤にも、見覚えはない。

 

 散ってしまった花びらを、慎重に拾っていく。

 一枚一枚、すくい取るように。

 そして、花びらを文字盤へ戻した。


 何故文字盤の上に、これらが納められていたのか——。

 ティニアには何も分からなかった。

 やはり、この懐中時計は自身の物ではないのではないだろうか。


 アルベルトが嘘をついているとは思えない。


『ティニアが、大切にしている時計なんだ』


 アルベルトはそう言っていた。しかし、何度思い出そうにも、記憶にはない。

 溜息をつくと、静かに懐中時計の蓋を閉めた。


 カチャリ。

 軽い音が、部屋に響いた。


「私は愚かしい存在ですね」

「ティニア様……。あんまり、自分を責めないで」


 白髪というよりは白銀に近い髪を持つ、十歳前後のアルビノの少女——フリージアは、ベッドから起き上がった。

 何も言わぬティニアの服の裾を、軽く引っ張る。


「ティニア様、大丈夫?」


 無邪気な少女の表情は曇ったままだ。


「ご、ごめんなさい。起こしてしまいましたね」

「あの、おかえりなさい」

「ただいま……」

「ティニア様、なんだか元気がないように見えます。あたしにまで、気を遣わなくても……」

「気を遣うなんて、そんな事ではないのですよ」

「ティニア様、いつもと違う口調だから……。大丈夫ですか?」

「あ…………」


 フリージアの指摘に、ティニアは目を見開いた。

 頭を強く左右に振ると、目を閉じた。眉間に皺を寄せ、何かを耐えるように。


「ごめん。そうだよね。変だよね」

「あの、ティニア様」

「……何?」

「アルベルトお兄ちゃんに、想っていることを相談してみるのはどうでしょうか。お話するのって、とっても大切だから」


 フリージアは無邪気に微笑む。


「うん、そうだね」

「はい。お兄ちゃん、きっと待っていると思います」

「ありがとう。……ちょっと行って来るね」


 ティニアは懐中時計をサイドテーブルへ置くと、部屋を出た。


 アルベルトの部屋の前に立つと、躊躇いながら何度もノックをしようと試みる。


 何度も深呼吸をすると、漸く再びドアに手を近づける。それでも手は震え、ノックをすることが出来ない。ティニアは目を閉じるともう一度深呼吸をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。