㉕-5 来訪者
アルベルトが街路の角を曲がると、右眼に眼帯をした男が孤児院のドアへ向かうところだった。
「おい!」
アルベルトの呼びかけに、その男は動きを止める。
「おい、お前! 孤児院ヘ何の用事だ」
「………………」
男は問いには答えず、そのまま孤児院のドアにノックする。アルベルトも長身だが、男とさほど変わらない。それでも圧倒されるかの様にアルベルトを片目で睨みつけた。
「おい、聞こえてんだろ!」
「…………」
男にたじろぐ様子はない。
恐らく——男は強い。
拳銃を所持している可能性もある。
紛れもなく、軍人であろう。
そう感じ取ったものの、アルベルトに退く理由などない。
孤児院のドアと、男との間に割って入ろうとした時だった。
孤児院の扉が、開いてしまう。
「あっ…………」
出てきたティニアは、驚きの声を上げる。何かを口にしようとしたとき、後方のアルベルトに気付くと、視線を移した。
「ティニア、こいつが孤児院に入ろうと——」
「…………」
ティニアもアルベルトの問いには答えず、気まずそうに俯く。彼女は何も答えないまま、無言が支配した頃、奥から孤児院で働くティニアの同僚、シャトーの声が響いた。
「どうしたんだい、誰?」
「アルベルトだよ」
(名前など、普段は呼ばないくせに)
そうティニアが振り返ろうとした時、男はティニアの腕を掴むと強引に抱き寄せた。抱き合うような二人に、シャトーは顔を真っ赤に目を見開く。
「おい、てめえ!」
「こいつの身内のものだ。借りていくぞ」
ティニアは無言のまま俯く。それが頷きであったのかも不明瞭である。一瞬呆気にとられたアルベルトだったが、ティニアの声だけが耳に入る。
「……シャトーさん、出てきます。すみません」
「え!?」
シャトーの返答も待たず、ティニアは男に肩を抱かれると目線を合わせないまま、孤児院を後にしようとした。
「待てよ。何なんだよ、そいつ」
「フリージアを、ちゃんと連れて帰ってね。今日は遅くなるから」
「待てよ!」
言葉より先に、アルベルトはティニアの腕を掴もうと手を伸ばした。
いつもであれば、躊躇なくその腕を掴んでいただろう。
しかし、男の纏う殺気を前に、たじろいでしまう。
そんなアルベルトに気付き、ティニアは手を伸ばそうとした。
男はアルベルトの腕を叩き落すと、いつでも迎え撃てるよう静かに身構えた。
一連の流れは、まさに一瞬だった。
「やめて、乱暴しないで!」
ティニアはアルベルトを庇うように、男に立ち塞がった。叫ぶような、懇願した言葉だった。男は頷くと、慣れた手つきでティニアの肩へ手を回した。
「……大丈夫、知り合いだから。帰りは遅いから待たないで寝ちゃっていいから」
「ティニア!」
アルベルトの声が聞こえていないわけがない。
ティニアは男に抱きかかえられ、振り返りもしない。
アルベルトの横では、シャトー婦人も目をまん丸にしている。
アルベルトは、ドアを蹴り上げそうになり、思い留まる。
「あいつ、何者だよ!」
「さ、さあ……。知り合いっていうから、知り合いなんじゃ……」
「そんな訳あるか!」
アルベルトはすぐに二人の後を追ったが、シュタイン・アム・ラインに二人の姿は無かった。
男に叩かれた腕の痛みなど、目にもくれず——。




